第3話 ミラ

文字数 2,561文字

 部屋の奥のドアを開けると、そこは宇宙空間だった。透明なチューブが遥か彼方まで続いて、その中に宇宙船が停泊している。宇宙船は青白く光るイルカの姿をしていた。宇宙にイルカ? と銀嶺は笑い出しそうだったが、黙って睡蓮の後に続いてタラップを渡る。乗り込むと、白い卵形のソファーが並んでいた。銀嶺と睡蓮は隣り合ってソファーに座った。宇宙船など初めての銀嶺は少し緊張していた。


「大丈夫ですよ。リラックスして下さい」

と睡蓮が気遣った。


 窓からは無数の煌めく星ぼしが見えていたが、宇宙船の発進と共にただの光の線になった。なんだ、つまらないわ、と銀嶺は思い、シャンバラに着くまで眠ることにした。



「銀嶺さん、起きてください。惑星シャンバラですよ」

睡蓮に起こされた銀嶺は窓の外を覗き込んだ。海の青と陸地の緑と茶色が目に映った。

「何だか地球に似てるわね」

と呟く。大気圏の外側が更に薄い透明な膜で覆われているのが見えた。

「あれは何かしら?」

「高級勢力の高波動エネルギーフィールドです。今私たちが移動してきた航路もエネルギーフィールドで出来ています。真善美のエネルギーで魔界から守っているのです」


 宇宙船はゆっくりとカイラスに降下して行った。カイラスは三方を巨大な山脈に囲まれ、海に面した大きな三日月形の都市である。大きな湾が海岸線を(えぐ)っていた。常夏の日差しを受けてさざ波ががキラキラと輝いている。規模こそ違うがまるで海賊の隠れ家の様だった。湾内にスペースポートが浮かんでいる。カイラスに近付くにつれ、濃密なアストラルエネルギーが銀嶺を包み込んだ。それは暖かくて心地の良いものだった。


 カイラスのスペースポートは巨大である。丁度地球のエアポートを更に大きくしたようで、何隻もの鯨の姿をした船が停泊していた。銀嶺は思わず見とれたが、睡蓮は

「シティに貴女の住居を用意してあります。カイラスステーションまで軌道トレインで行って、そこからタクシーで行きましょう」

とターミナルへ向かった。


 軌道トレインは二人掛けの青いソファーが進行方向を向いて並んでいる所は地球の電車と変わり無かったが、壁と天井がシームレスのガラス張りだった。銀嶺は、まるで透明な蒲鉾の中に居るみたいね、と思った。あっという間にカイラスステーションに到着し、タクシーに乗り換える。


 水色のタクシーが銀嶺達を乗せてシティへ向かった。銀嶺は窓から過ぎ行く街を眺めた。建物は白で統一されていて、街全体が白亜の城の様だった。

 街の中心部に程近い円柱形のビルの前でタクシーは止まった。

「ここです」

そう言って睡蓮はタクシーを降りた。見上げると天辺に円盤形の構造物が乗っている。銀嶺も後に続いてエレベーターで最上階まで上った。部屋に着くと最上階のワンフロアが丸ごと部屋だった。展望台の様な窓が付いており、遠くまで景色を眺めることが出来る。

「暫くカイラスを楽しんで、死の痛みを癒すと良いです。ここはアストラル界ですから、相手の事を強く念じれば通じます。何かあったら連絡してください。私はこの後仕事がありますので、二週間後に白檀という者が迎えに来ます。それまで楽しんで」


 睡蓮は部屋を出ていった。銀嶺は改めて部屋を見て回った。リビングには半円形の白いソファと丸いテーブルが置いてある。片隅に円錐形のアロマポッドが置いてあり、薔薇の香りが漂っていた。ベッドルームにはやはり白い大きな円形のダブルベッドが設置されていた。キッチンとバスルームは無かった。

「そうか、もう物質肉体じゃ無いんだから、必要ないんだわ」

銀嶺は呟くと、街へと出かける事にした。


 中心街はカラフルな服に身を包んだ大勢の人で賑わっていた。経済活動というものをしていないため、ビジネスマンの姿は無い。高級勢力の支配下に有るため、澄みきったエネルギーが街全体を包んでいる。こんなに大勢の人で溢れているのに、淀みが無いなどということが有るものだろうか? 辺りには沈香(じんこう)の様な落ち着いた香りが漂っていた。その香りを嗅ぐと、銀嶺のアストラル体は穏やかなネルギーに満ちた。さて、何処へ行こうかしら? とキョロキョロ辺りを見回していると、

「貴女、地球人ね?」

と声をかけられた。声の主は若い女性だった。人参色のボブスタイルの髪に、ヘイゼルの瞳をしている。紺色のシャツにラメの入った黄緑色のスリムパンツを履いていた。

「そうよ。地球から来たの」

「だと思ったわ。私はミラ。アーティストよ」

「私は銀嶺よ。ウォーカーになる為に高級勢力の方に連れて来られたの」

「それって凄いわ! でも魔界と戦うのは何も戦士だけじゃないのよ。私もその一人だわ。美しいものを作るのも魔界との戦いよ。で、何処へ行くの?」

「それが、着いたばかりで良く分からないの」

「だったら、私のアトリエに来ない? 今描いている絵を見せてあげるわ」

「そうね、どうせ何処へいけば良いのか分からなかったんだし、良いわ」

「こっちよ、付いてきて」


 銀嶺はミラに付いて歩きだした。大通りから細い路地を入った所にアトリエは有った。小さな白い箱の様な建物だった。促されて中へ入ると、板張りの床の上に大きなイーゼルに立て掛けられたキャンバスが目についた。草原が描かれていた。奥には森が広がっている。草原にはライオンや豹や鹿が描かれていた。木陰に裸の男女が楽しそうに語らっている。

「エデンの園を描いてるのよ」

ミラは説明した。

「地球にも伝わっていると思うけれど、かつてアストラル宇宙には世界の母が見守る高エネルギーの楽園があったの。でも魔界の侵入を受けて滅んだわ。高級勢力達は再びエデンを復活させようとしているのよ。その為に皆戦っているわ。私たちアーティストが美しいものを作り出して、人々のアストラルエネルギーを高波動に上げれば、高波動エネルギーフィールドもレベルアップする。それで魔界を防げるわ」

ミラは興奮した面持ちで話した。人参色の髪が、更に赤くなる。銀嶺は絵を見つめた。胸に高揚したエネルギーが沸き上がるのを感じた。

「エデンの園……。聞いたことは有るけど、只のお話だと思っていたわ」

「ウォーカーになるなら、エネルギーを上げておかないと。カイラスにはオペラハウスも有るし、美しい庭園も有るわ。今のうちに出来るだけ美に触れておく事よ」
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