第13話

文字数 1,555文字

 自宅の前で降ろされ、お袋と少し会話を交わした後、二人の教師は帰っていった。軽自動車のマフラーからは、不自然なくらいのどす黒い排気ガスが放出され、もう限界ギリギリなのだと心配せずにはいられない。
 お袋と二人してそれを見送った後、そそくさと玄関の敷居をまたぐ。
 リビングに入るなり、お袋は怒りの角をはやした。
 彼女としては、息子が毎日負傷して帰るので、いじめられていると思っていたらしく、
「最近、やたらと怪我して帰ると思ったら、そういうことだったのね!」
 ゲーム部の件は内緒にしていたので、お袋はカンカンだった。
 素直に謝る僕。
「……ごめんなさい。なかなか言い出せなくて……実はさっきまで辞めようと思っていたんだけど、やっぱり続けることにしたよ」
「……そうだったの、お母さんはてっきり……」そこで一旦、言葉を区切り、しばらく口を閉ざした後、「……徳也の好きにしなさい。でもね、お母さんは良いけど……」と、言葉を濁す。
 そうだった。
 問題は親父の方だ。
 転勤したばかりなので、かなりの激務らしく、最近はとんと顔を合わせていない。
 ソファーに沈み込むと、僕は軽くまぶたを閉じながら思い悩んだ。
 改めて説明するが、奴はかなり頭が固く、これまで勉強に関する以外の趣味は、断固として認めてくれなかった。
 そのため幼いころから習字やそろばんを習わされている。
 転校する前までは英会話の塾にも通っていたが、それも成績は芳しいほうではない。
 ゲームなんてもっての外。
 相談どころか、一言口にしただけで、どやされて殴られた上に、小遣い禁止などの処置がとられる羽目になるのは目に見えている。
 これはどうしたものだろう。
 母に知られた以上、黙っておくわけにはいかない。
 口止めしたところで、所詮は無駄なあがきに過ぎず、親父の耳に入るのは時間の問題だ。
 そこである考えが浮かんだ。
 三つ下の妹、彩乃だ。あいつに頼むのは癪(しゃく)だが、彩乃に説得してもらえば何とかなるかもしれない。
 親父のやつ、僕には厳しいくせ、妹には相当甘い。
 もしかしたら、上手く言い包めてくれるかもしれなかった。
 だが、それは諸刃の剣ともいえる手段。
 あいつは妹のくせに、僕を見下している。きっと交換条件を持ち出してくるに違いない。
 僕が中学の時、あいつのクラスメートの女子に片思いして、相談した時の話だ。
 彩乃は自分が恋のキューピットになってあげる条件として、現金千円を徴収された。
 当時の小遣いは二千円だったので、半分巻きあげられたことになる。
 それでも交際することになったので、さすがは我が妹だと、感謝の弁を述べた。
 が、三ヶ月もしないうちに、見事ふられてしまう。
 散々バカにされたのは言うまでもない。
 それ以来、悩み事の相談や、親父を説得させるたびに報酬を要求されるようになった。
 例えば去年の秋、僕は中間テストで落第点を取ってしまった。それが親父にバレてしまい、食事を抜かされそうになった。その時、あいつが仲裁に入ってくれて、どうにか食事にありつけることができた。
 その時の要求は、習いたてのヴァイオリンを聴かされるという難題だった。まるで錆ついたのこぎりをこすり合わせるような最悪な音色で、鼓膜のしびれが三日ほど取れなかった。
 他にも、夜食を自腹で作らされたり、足の爪を切らされたりと、枚挙にいとまがない。
 一つひとつは大したことではないが、それでも兄としての威厳が失墜していったのは間違いなかった。
 さて、今回はどう来るだろうか?
 当のあいつは、ただいま学習塾の真っ最中で、帰宅はいつも夕飯ギリギリ。相談するとしたら、食事を済ませた後となる。
 悩んでいても仕方がないので、僕はリビングを出たあと部屋に戻り、夕食の時間までひと眠りすることにした……。
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