第1話

文字数 1,991文字

 ロックが単なる音楽の一(いち)カテゴリに堕してから久しい。
 というか、ロックのどんなカテゴリも、実は最初出現した時には、常に主流に対するアンチテーゼであったのかもしれない。
 その非主流的(オルタナティヴ)な姿勢をその時々の若者たちが「カッコイイ」と認識し、熱狂的な支持を捧げ、アーティストたちを結局は量的に主流へと押し上げてしまう。
 まあ、「売れたらオルタナではない」というような考え方もやや原理主義に過ぎるかもしれないが。
 シド・ビシャスにせよ、カート・コバーンにせよ、現実の死因はそれぞれであるが、彼らの人生をやや短めにカットしたのは、ロックという音楽が、その成立過程において根源的に内包しているこの矛盾なのではなかったろうか。 
 「NITRODAY」のミニアルバム『少年たちの予感』。あくまで「予感」であって、今の「実感」ではないのだな。
 技量的には充分完成され、感覚も大人っぽい(?懐古趣味なだけ?)彼らが敢えて「少年たちの」と、タイトルに断りを入れてきた意味はなんだろう。
 年若い彼らに不足しているものは「過去」ぐらいだろうに。
 様々な情報は溺れるほど溢れている現代。だが、現実の経験則だけは生きてきた年月以上には貯まらない。
 予感。この先、どんな未来に遭遇するのか予測は不能。前進は正しいのか。岐路に立ったらどう判断するのか。或いは道の先が突如行き止まりになっていないとも限らないではないか。なのに現実は自分の意志に反してところてん式に「時間」にぎゅうぎゅうと背中を押され、逆らっても逆らってもジリジリと「成長」という面倒くさい過程に陣地を明け渡さざるを得ない。
 視界不良は恐怖と不安を煽る。今現在彼らが「少年」でしかないとしたら、未だ来たらざる日々の実感を推測するには経験値が足りなさ過ぎる。そのもどかしさを小室ぺいは「ぬるい炭酸(少なくとも美味しそうではない)」に準えているかのようだ。
 小室ぺいの書く詞は集合的無意識の海の中からランダムに拾い集めてきた五感の記憶の断片みたいで、まるでデジタルイメージのコラージュだ。
 一見関連なさそうなのに、全体としてヒキの画像で見るとダイレクトな皮膚感覚が直接、情緒に訴えてくる。
 例えばアルバム最初の曲『ヘッドセット・キッズ』なども凝った作りだ。
 どうやらこの曲の主人公はヘッドセットを装着して、意識と身体を完全に切り離し、脳のみ別の場所とコンタクトしているらしい。
 ブルートゥースで繋がっている音源デバイスはポケットに入れてあるようだ。聞いてる中身はウィーザーの奇作アルバム「ピンカートン」。少なくとも最後のバラード「バタフライ」を聞き終わるまでは現実と接点を切っていられる。
 でも彼はそれが一時しのぎのごまかしに過ぎないこともちゃんと弁えているのだ。もしかして、この主人公はそんな自分の頭の良さを少し呪っているかもしれない。
 奇しくもウィーザーの「バタフライ」の歌詞にはマザーグースの「クック・ロビン」が象徴的に使われている。
『ヘッドセット・キッズ』→『バタフライ』→『マザーグース』と、まるで和歌でいう「本歌取り」の入れ子状態みたいな構成で奥行が醸し出され、妄想の世界観なのに3Dだ。
 (しかし、ここで「ピンカートン」を出すということは「このアルバムよ、似たような長寿作品になれかし」という願望をそこはかとなく感じるような……)。
 uri gagarn の威文橋(ninoheron)とのコラボ曲「ブラックホール」も意欲作。
 こちらはブラックホールの吸引力に負けてしまいそうな、負のエネルギーの縁に立って「どうせならこのまま飲み込まれてしまってもいいかも」という、葛藤の曲だろうか。彼らの前作までの風狂感を残しつつも、ラップとの化学反応で別次元へと昇華した。
 吸引力繋がりで「掃除機」が出てくるユーモアもウケる。もういっそ、でっかいブラックホールで地球ごと吸い込んじゃうか? 「予感」ごと、未来ごと……。
 「ラウドなギターとラウドなドラムと絶叫ボーカル」。デイヴ・グロールの定義そのままに、後半収録の4曲は、ライヴ音源の疾走感がまるごと真空パックされている。
 彼らが奏でる爆音は、彼ら自身が己の不甲斐なさに苛立って掻き鳴らす内向きの叫びのようでありながら、実は生命力に溢れた、他者を励ます「励起性」に富んでいる(漢字読み間違えないでね。"レイキセイ"だから)。
 だって、自意識の壁に四方を囲まれてずっと自室から出られないような、かなり鬱々とした重度のディプレッション野郎でも、「少年たちの予感」アルバム全8曲を通して聞いたら、とりあえずドアの一枚くらいは蹴破って外に出られそうではないか。
 死人もびっくりして棺桶から飛び出してきそうだもん。

 

 

 


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