第15話  登山のイメージ

文字数 3,286文字

(日本のブードゥー経済学について説明します)

1)現状認識とルート検索

山に登るときには、現在位置を確認できなければ、迷子になります。

現在位置と山頂の位置関係から、最短ルートや、最適ルートを検索して、登山計画を立てる必要があります。恐らく、これが、ベストな戦略です。

次善の策として、現在位置が不明の場合には、ひたすら上に向かって歩く方法があります。この方法では、山頂とは異なった丘に到達するリスクがあります。それでも、山頂とは異なった丘に到達した時点で、現在位置の確認ができますので、ルート検索の手順に取り掛かることができます。

最悪の策は、ランダムウォークで、ひたすら動き回る方法です。この方法でも、山の高さが低く、ルートが単純な場合には、山頂に到達できる可能性はゼロではありません。しかし、可能性がゼロではないからとりあえずやってみるという戦略は、多くの場合には、生還できませんので、お薦めできません。

最近は、GPSで位置が簡単に確認できますので、山で道に迷って遭難することは少なくなりましたが、1990年頃までは、上記の判断は生命に係る重要なものでした。

2)生産性の罠

IMFによる2022年10月時点の推計によれば、2022年の1人あたりGDPは、アメリカが、75,179.59ドルで、日本が、34,357.86ドルです。

以下では、日本とアメリカの1人当たりGDPを例に、山登りルートの検索を検討します。

以下では、1人当たりGDPを労働生産性と見なします。これは、とても乱暴で、労働生産性を考えるに、部門毎に分けて検討する必要があります。

また、検討は、この世界は、日本とアメリカだけで構成されているという極端に単純なモデルです。実際には、中国、韓国など、日本の産業と競合する国との比較を考える必要があります。

とはいえ、検討の論理展開は、以下と同様に進められると思います。

以下は、山登りルートの検索の検討事例として、読んでください。

2022年の1人あたりGDPは、アメリカが、75,179.59ドルで、日本が、34,357.86ドルです。

これが、現在位置になります。アメリカは山頂に向かって日本よりかなり高い位置にいます。

潜在成長率は設備などの資本、労働力、生産性の供給サイドの3要素から算定されます。日本は少子化と高齢化で、今後の労働力の増加は見込めません。資本と生産性の区分は経済学の計算の便宜上生まれたもので、独立性は低いと考えます。

ロボットを導入して、人が減れば、生産性はあがります。この効果は、ストック評価としては、資本になります。ロボットをつくって、人間の代わりをすれば、生産性はあがります。一方、ソフトウェアの開発言語を変更したり、クラウドを使うことでも生産性があがります。
エンジニアの視点では、生産性の向上は簡単に計測できる分かり易い概念ですが、資本や資本の減価償却は、とても分かりにくいです。特に、ソフトウェア中心の経済では、難しくなります。

発展途上国のように、資本が圧倒的に不足している場合には、資本を投入すれば、潜在成長率は上がります。そのステージでは、かつての日本や中国のように、経済成長が年率10%を越えることもあります。しかし、先進国になれば、資本を拡大することでは、経済成長しなくなります。実際に、日銀の金融緩和は、企業の内部留保を増やしただけで、資本への設備投資には繋がっていません。日本は人口が減って、消費が減少していますから、設備投資による過剰生産は回避されます。設備投資が拡大するのは輸出競争力のある場合だけです。輸出競争力は、同じ製品をより安く供給することで実現されますので、賃金を下げるか、生産性を向上させるしかありません。過去20年の日本は、前者を選択して貧しくなりました。これは、先進国を脱落する選択になります。

経済学は、生産性を与件の変数と考えるだけで、生産性をあげるツールを提供するわけではありません。

経済学の教科書には生産性を上げる方法は書かれていません。

教科書をよく勉強した経済分析家は、生産性の変化を無視して、経済を論じます。しかし、生産性の変化は、教科書に書かれていないから、無視できるわけではありません。

年頭には、経済分析家が、今年の経済見通しを書いています。そこで、生産性の変化について、述べられているかチェックしてみてください。

エンジニアは、生産性をあげるツールを考えます。

スノーは、「二つの文化と科学革命」のなかで、人文的文化と科学的文化があるが、その間には解消できないギャップがあるので、科学的文化に基づくエンジニア教育を拡充しなければ、英国の経済は停滞すると言いました。


日本では、「二つの文化と科学革命」は、曲解されて、「二つの文化の間のギャップの解消の重要性を指摘した」と理解されています。この曲解は、STEAM教育では「文系・理系といった枠にとらわれず」といった表現になり、科学技術基本法の改定では「人文科学のみに係る科学技術」が書き込まれます。

スノーの「二つの文化と科学革命」を、「生産性」をキーワードに読み解けば、「生産性」を上げられる科学的文化の教育を加速して、「生産性」を上げられない人文的文化の教育を減速しなさいということです。「生産性」にブレーキを踏まないで、アクセルをふかしなさいということです。

出生率の低い先進国では、潜在経済成長率は、資本、労働力ではなく、生産性だけで決まります。

科学技術が、経済成長に効果があるのは、科学技術が生産性の向上に寄与するからです。

生産性向上に寄与しない「人文科学のみに係る科学技術」に予算をつけることは、「二つの文化と科学革命」に反します。

筆者は、個人的には、禅が好きです。知り合いに禅宗の僧侶もいます。精神的な安定を得るには、副作用のある投薬よりも、座禅の方が効果があると思います。

しかし、禅は世界を変えずに、世界の見方を変える世界です。禅を極めても、飢え死にしそうな人に一粒の麦も与えることはできません。禅は、生産性には寄与しないのです。

筆者は、人文科学を否定しませんが、人文科学が「生産性」向上に寄与できるという意見には賛成できません。

マルクスは、分配の問題を取り上げました。しかし、マルクスを参考にしても、そこには、生産性を上げる方法が書かれている訳ではありません。資本論を読んでも、設計図が引けるようにはなりません。

シュンペーターは、イノベーションの重要性を指摘しました。その指摘は重要です。しかし、シュンペーターの本を読んでも、やはり設計図が引けるようにはなりません。

スノーが、「二つの文化と科学革命」のなかで、人文的文化と科学的文化があるが、その間には解消できないギャップがあるといい、エンジニアを育成すべきだといった指摘は以上の点を考えれば、妥当です。

まして、人文的文化が、科学的文化と対等であって、代替性がある(ギャップが埋められる)というのは、シャーマニズムでしかありません。そこには、ブードゥー経済学があります。

日本を発展途上国から、先進国にふたたび引き戻すことができるとすれば、それは、生産性の改善以外のルートはありません。

生産性は、数字ですから、数字をチェックすれば、進捗状況がわかります。

政府の経済対策には、生産性の数字が出てきません。

生産性の数字を4半期ごとに、チェックして、常に、改善を行えば、経済は発展します。

2023年1月に、アメリカのビックテックは、大幅なレイオフを行いました。これは、売り上げが伸びない場合には、生産性を確保するために、余剰人材を吐き出しています。

2023年1月に、日本企業は、春闘の賃上げするといっています。

春闘をいくら上げたら、もっとも生産性があがるのでしょうか。

筆者には、春闘の賃上げ幅に最適解はなく、日本企業の経営者は生産性を見ていないとしか思えません。

ビッグテックはレイオフする一方で、高度人材の給与を上げて、人材確保に走っています。

ここでは、生産性を最大化する資金配分を行っています。

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