文字数 2,898文字

 ワシは偉い男だ。
 なのに、まわりの人間たちはワシを他の人間と同じように扱う。
 ワシをバカにしているのだ。
 まったく、バカのくせにワシをバカにするとは許せん。
 思い知らせてやらなければ。
 ワシは日々、その機会を狙っていた。
 ワシが道を歩いていると看板があった。
『ゴミを捨てないでください』
 見ると地面に大きな穴があいている。この穴にゴミを捨てるなということか。
 誰に命令しているんだ。
 ゴミを捨てるなだと、捨ててやろうじゃないか。
 ワシは偉い男だからな。
 ワシは家にあった壊れたテレビを持ってきた。ずっと前に買ったやつだ。確か15年くらい前のやつだったな。
 前にそれをゴミ捨て場に捨てようとしたら、近所の人間に注意をされた。
 壊れたテレビを捨てるにはリサイクル料を払わなくてはならないとか言っていたな。
 何でいらないものを捨てるのに、金を払わなくてはならないんだ。
 その後、ワシは隠れてゴミ捨て場にテレビを捨てに行こうとした。しかしゴミ捨て場には監視カメラが取り付けられていて、勝手に捨てるとワシが捨てたとバレてしまう。
 この穴はいい。人通りの少ない場所にあるし、監視カメラも設置していない。
 ワシは穴の中にテレビを捨てた。
 以外に穴が深いんだな。地面に落ちた音がしなかったぞ。
 もっとゴミが入りそうだ。
 よし、他のゴミも捨ててやろう。
 ワシは家にあった生ゴミを持ってきて穴の中に捨てた。

 次の日
 ワシが穴の前を通りかかると、看板には新しい文字が書いてあった。
「ゴミは捨てないでください。あなたのためを思って言っているんです」
 何だ、これは。警告か?
 偉いワシに警告するとは、この看板を書いた奴は身の程を知らない奴だな。
 身の程知らずには、身の程を思い知らせてやらなければならないな。
 それが偉い男の義務というものだ。
 ワシは念の為、辺りを見回した。
 よし。監視カメラはない。これなら捨ててもバレないはずだ。
 ワシは家にあった冷蔵庫を持ってきた。
 10年ほど前に買って古くなったから、新しいのに買い換えようと思っていたやつだ。
 これを穴の中に放り込んでやる。
 ワシは穴の中に冷蔵庫を放り込んだ。
 ふふふ、どうだ。
 まさか冷蔵庫を放り込まれるとは思ってはいなかっただろう。
 偉そうにワシに警告をした罰だ。これで看板を書いた奴も思い知るだろう。

 その次の日
 ワシが穴の前を通りかかると、看板にまた新しい文字が書いてあった。
「あなたがゴミを捨てているのは分かっています。やめないとひどい目にあいますよ」
 何だ、これは。
 脅しか、ワシを脅しているのか?
 どうやら、この看板を書いた奴はよほどの身の程知らずらしい。
 偉いワシがゴミを捨てても、他の人間は文句をいうべきではないんだ。
 なぜなら、ワシはとても偉い人間だからな。
「あの、すみません」
 後ろから突然話しかけられて、ワシはビクッと身体を震わせた。
「はっ、はい」
「あなたですか。その穴にゴミを捨てているのは」
「ゴミ?何のことですか」
「最近、その穴に勝手にゴミを捨てる人がいるんですよ」
「そうなんですか。ひどい人間もいるものですね」
「看板にもちゃんと書いて、注意しているんですが」
「ああ、確かに書いてありますね。看板に書いていてもゴミを捨てる人間がいるんですか」
「そうなんですよ」
「非常識な人間もいるものですね」
「もしゴミを捨てている人を見つけたら、ゴミを捨てないように言ってあげてください。危険ですから」
「はい、分かりました。もし見つけたら注意しておきます」
「それでは」
 そう言って男は立ち去った。
 脅かしやがって、偉いワシをよくも脅かしてくれたな。
 何がゴミを捨てると危険ですだ、バカにしやがって。
 ようしいいだろう。ワシの本気がどんなものか思い知らせてやる。
 ワシは道に止めてあった車を勝手に盗んできた。偉いワシには道に置いてあるものを自由にする権利があるからな。
 ワシは盗んだ車を穴の前に持ってきた。
 そして車のサイドブレーキを解除して、車を後ろから押した。
 車は穴の中に吸い込まれるように落ちていった。
 どうだ。
 まさか車を捨てられるとは思ってはいなかっただろう。
 この看板を書いたあいつは、穴の中の車を見たら驚くだろうな。
 偉いワシを脅した罰だ、思い知るがいい。

 そのまた次の日。
 ワシはジュースを飲みながら道を歩いていた。
 例の穴の前を通ると、看板にまた新しい文字が書いてあった。
「どうしてゴミを捨てるんですか。あなたの命を救うためなんです。ゴミを捨てるのはすぐにやめなさい」
 ワシの命を救うためだと。
 この看板を書いたあいつは本当にこりない奴だな。こんな文章を見てワシがゴミを捨てるのをやめるとでも思っているのか?
 上等だ。もうこうなったらワシをとめることなど出来はしないぞ。
 しかし、この看板の文字を書いたあいつはワシが車を捨ててもあきらめない奴だ。
 普通の奴ではない。
 もっと奴がおどろくような物を捨てなくてはならない。
 何を捨てるのがいいだろうか?
 ワシは頭の中で思案をめぐらした。
 よし、あれにしよう。さすがの奴もあれが穴の中に捨てられているのをみたら、もうワシに意見をしようとは思わないはずだ。
 ワシはジュースを飲み干し、空き缶を穴の中に捨てた。
 その時、穴の中から何か音が聞こえた。
 何だ、何の音だ?
 ワシは穴の中を覗き込むが中が暗くてよく見えない。
 地響きのような音が聞こえるな。
 何の音だろう。
 ワシがよく音を聞こうと、もっと前に身を乗り出してみた。
 すると、穴から何かが出てきた。


 宇宙船の中
「おい、奴はまだ捕まらないのか」
「はい。賢い奴で、穴からなかなか出て来ません」

 我々の宇宙船の中には、宇宙の危険生物の卵や幼虫たちが乗っている。我々の任務はそれらの危険生物を隔離し、処分することだ。
 そのうちの一匹が我々の宇宙船から脱走し、地球に逃げ込んだのだ。
 奴は地面に穴を掘り、その中に隠れている。
 奴は穴の中に落ちてきたものを何でも食べる。そして成長して身体が大きくなったら、穴の外の生き物を襲うのだ。

「あっ、隊長」
「どうした」
「また、地球人が一人食べられました」
「またか。どうして食べられたんだ」
「穴の中に地球人がゴミを捨てたので、奴がゴミを食べて成長して大きくなったので食べられたのです」
「お前、ちゃんと警告したのか」
「はい。穴の所に看板を立てて『ゴミを捨てないでください』とちゃんと書いておきました。それでもゴミを捨てるのをやめないので、直接やめるように言いにも行きました」
「じゃあ、何でゴミを捨てるんだ」
「分かりません」
「我々には、地球人が何を考えているかさっぱり分からない。」
「隊長、また穴の中にゴミを捨てている地球人がいます」
「またか。地球人は一体何を考えているんだ」
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