第2話

文字数 809文字

 夏の暑さも盛りを迎え、蝉の鳴き声が一段と大きく聞こえる午後。翔太がソファベッドに寝転がり、録画していたテレビを見ていると不意にドアのチャイムが鳴った。覗き穴をのぞき込むとレナが立っている。
「今日はお花ありますか」
「ごめん、今日も無いけど」
 翔太がそう答えるとレナはまた黙ってその場を去ろうとした。その小さな後ろ姿に向かって翔太は「ちょっと待って」と声をかけた。
「今から駅に行くから、買ってきてあげるよ」
 翔太がそう言うとレナは若干警戒したような表情を浮かべたが、同時にうっすらと期待のような表情も見えたような気もした。翔太はスマホで時間を確認した。「4時はここに戻ってくるから、その時お花あげるから。いいね」と言った。レナは少し時間を置いて、こくんと頷いた。
 丁度取り置きの写真集が入ったと駅前の書店から連絡を受けていた。今度の休みに引き取りに行く予定だったが、別に今日行っても構わない。翔太は本屋の用を手早く済ませ、近くの花屋へ向かった。花屋はアシスタント時代によく通ったものだが、自腹で花を買うのは初めてだった。とりあえず500円分の花束を頼んでみると、思ったよりたくさんの花が買えた。ヒマワリとバラが一本ずつ、あとカスミソウの入った花束を手にアパートに戻ると、翔太の部屋の前でレナが座って待っていた。
「はい」と言って手渡すと、「ありがとう」と初めてお礼を言われた。
「どういたしまして。早くお母さん良くなるといいね」と翔太は言った。それから「家には誰かいないの」と前から気になっていたことを訪ねた。レナは「瑛子おばさんが、夜ご飯作りに来てくれる」と言った。
「あと、お母さんに、知らない人からお花もらったとか言うと心配されない?」
「多分、大丈夫」とレナは答えた。
 多分、という言葉が少し引っかかったが、「ならいいか」と翔太は言った。それからレナはくるりと後ろを向いて、花束を片手に自分の部屋へと駆け出して行った。
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