スターフィッシュ

文字数 1,038文字

 二十四時五十分。星の降る夜、長女が生まれた。

 体重二千八百グラムの、輝ける、玉のような女の子。

 出産当時、妻は二十歳。片や私は二十五歳。

 彩りを持った人生を謳歌してほしいという親心で、私たちはこの子に彩歌(あやか)という名を授けた。彩歌は反抗期という反抗期もなく、私たち両親の願い通りすくすくと、少しばかり口は悪いが好奇心旺盛な、誰からも愛されるような子へと成長した。

 早いもので、そんな愛娘が今日、二十回目のバースデーを迎える。

 振り返れば本当にたくさんの出来事があった。娘の誕生をきっかけに、それまでドラマーとして在籍していたプロ志向のアマチュアバンドを脱退。モラトリアムにけじめをつけ、苦労の末に地元零細企業への就職を決めたかと思えば、パワハラ、サビ残、休日出勤の日々。それでも妻のため、娘のため、くたびれた背広でもって馬車馬のように働き続けた。

 あれからもう二十年が経つのか……。

 感慨に浸りつつ、社宅のベランダでひとり紫煙(しえん)をくゆらせる。時刻は二十四時四十九分。熱帯夜。あと一分で娘は正真正銘、大人の仲間入りを果たす。

 本来ならば家族そろって今日という日を迎えていたはずなのだが、いかんせん私は東京に単身赴任中の身で、あまつさえこのご時世である。安易に帰省はできない。ならばせめてメッセージだけでもとスマホを握ってはみたものの、やはりというべきか、なんだか少し照れくさい。

 フィルター手前まで吸ったタバコを灰皿に押しつけたあと、再びスマホと(にら)み合う。どんなスタンプを添えてやろうかと頭を(ひね)る──と、そのときのことだ。不意に、画面に一通のメッセージが表示された。

 ……彩歌だ。

 私は目を(みは)り、(きょ)()かれた思いでじっと液晶を見つめる。

 パパ、久しぶり! そんな一文から始まったメッセージは数行にわたり、私への感謝の言葉がつづられていた。

『パパとママのおかげで無事にこの日を迎えることができました』

『ありがとう』

『大好きっ』

 こんな展開、まさか夢にも思わなかった。何せ彩歌は父親似の、相当な照れ屋さんなのだから。

 胸に込み上げるものを自覚しつつ、通話アイコンをタップしている親指にふと気づく。彩歌の声が聞きたい、直接「おめでとう」を伝えたい、そんな衝動がおそらく己を突き動かしたのだろう。

 スマホを耳に押し当てる。

 五度目のコールで電話がつながる。

 心を決める。

「もしもし、彩歌?」

 お誕生日、おめでとう──。

 二十四時五十分。星の降る夜、娘が二十歳を迎えた。



「スターフィッシュ」完
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