第6話

文字数 2,059文字

 午後の授業を受けず、急いで学校から帰った。
「蘭子様!」
「血相抱えてどうしたの?」
「何か私に隠していらっしゃいませんか?」
 どうしても、気になって仕方ないのだった。
「コピー」
 蘭子様は悲しそうな顔をした。
「言ったら私のこと嫌いになるわ」
「嫌いになど」
 私の言葉を遮って蘭子様は言う。
「あなたのその真っ直ぐな所が私には痛い」
 蘭子様を悲しませている自分がつらい。
「蘭子様、申し訳」
 謝ろうとしたらまた遮られた。
「謝らなくていいから。聞いて」
 私は肯く。
 
 蘭子様はぽつぽつと話し始める。
「あなたの前にクローンがいたの。名前は純子」
 そう言って蘭子様は一度ため息をつく。
「昨日、ちょっと口を滑らせたわよね」

 そのような形で、蘭子様は、純子様のお話をしてくれた。
 純子様は、蘭子様ととても仲が良かったという。いつも兄弟のように一緒に過ごしたと。
 たまに学校の友達や、家族を騙して入れ替わる遊びもしていたという。

 ある時、純子様が学校に行く途中で誰かに襲われたらしい。金持ちだからと、蘭子様を狙ったのだが、代わりに同じ姿の純子様が被害に合った。純子様は、蘭子様がお会いしたときはもう虫の息だったとか。
 その時、純子様は自分の命が終わることよりも、蘭子様の無事を喜んだという話だ。
 クローンは自分の命よりもオリジナルの命を優先するプログラムが施されているとか。
 蘭子様はそれを嘆いた。
 そして、もうクローンとは仲良くしないと決めた。
「その後生み出されたクローンがあなたよ」
 蘭子様は言った。
「名前をつけたら情がわいてしまう。だから、コピーと呼んだの。二度と同じ思いはしたくなかった。なのにあなたは、自分のことより私のことばかり。そんなプログラムいらないのに」

 私は蘭子様に、そう言わしめることが悲しい。
「私はそうは思いません」
 もう一度強く言う。
「蘭子様のお役に立てるなら、私」
「それが嫌だって言ってるの。純子の最後のセリフよ。
『蘭子様がご無事で良かった』
 私、鳥肌が立ったわ。そして運命を呪った。なのに、お父様は、またクローンを作ってきたのよ。いらないって言ったのに。だから、私のことなんか守りたくなくなるように、きつく当たったの。なのに、あなたは……」

 私は、そんな風に言う蘭子様の気持ちがわからない。
「もう。たくさんよ」
 私では蘭子様のお役に立てない。
「私はお側にいない方が」
「じゃあどうするの? 和田君のところにでも行くの?」
「いいえ」
 私は樹君が何を望んでいるかわからない。一緒にいることはできない。

「旅に出ます」
「旅?」
「蘭子様のお気持ちがわかるまで、帰りません」
「あなたわかってるの?」
 蘭子様は強い口調で言う。
「女の子一人で、簡単にどこにも行けないわ。お金だってどうするのよ。食事や、寝る所だって探さなきゃいけない」
 蘭子様の言うとおりだ。
「蘭子様にご迷惑はかけません。どうか、私のことを忘れてください」
「何言ってるの?」
「蘭子様、今までありがとうございました」
 誰もいないところでひっそりと、息の根が止まるまで過ごそう。そう思って言った。

「永遠の別れみたいなこと言わないで」
「蘭子様は私がいない方が幸せになれます」
「馬鹿!」
 ボカンと、顔を殴られた。
「何もわかってない。短絡的。やっぱり2歳なんだわ」
「痛いです。蘭子様は私が痛い思いをするのをお望みですか?」
「だから違うって言ってるでしょ。純子と同じじゃない。馬鹿の一つ覚えみたいに蘭子。蘭子。私のことだけど。もう」
 蘭子様はまたため息をつく。
「旅になんか出る必要はないわ。あなたが出るって言うなら、私が代わりに出る。その代わり、私が野垂れ死んでもあなたは助けられないから」
「それは嫌です。困ります」
 蘭子様は困った顔をした。
「私のことでしか感情動かされないのね。盲目的なのも純子と同じだわ。やってられない」
 やっぱり私には蘭子様の言うことが理解できない。
「あなたが、普通に、今まで通り生きてくれた方が都合がいいの。役に立ってくれなきゃ困るんだから。いるだけでも十分なのよ」
 蘭子様はいらいらしたように頭をかきむしった。
「はあ。めんどくさい」
「蘭子様?」
「約束して。自ら命を絶ったりしない。私が死ねと言わない限り死なない」
「はい」
 蘭子様との約束は必ず守る。
「絶対言わないから、最後まで生きるのよ」
「最後とは?」
「寿命が来るまでよ。純子みたいに早死にするなんてもってのほかだから、わかった?」
「はい。努力します」
「それでいいわ」

 蘭子様はご機嫌が戻ったようだ。私はほっとする。
「何かすることはございますか?」
「好きにしていいわ。今は。また夕飯お願いね」
「はい」
 私は笑った。また役に立てるのがうれしい。

 蘭子様は深くため息をついたけれど、その意味は私にはわからなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み