第10話 新婚カップル!?

文字数 2,209文字

 その日は、美玖がアルバイトがあるということだったので、彼女達のマンションを一緒に出た後、すぐに分かれた。

 自宅に帰ってからは、部屋の掃除と、彼女に手伝ってもらうためのイラストの追加案、あまり使っていなかったグラフィックツールの説明書の購入など、相当気合を入れて準備をした。
 それだけ期待と興奮している自分がいたのだが、夜になると、何かおかしい、うまくいきすぎている気がする、と、逆に不安になり、なかなか寝付けなかった。

 そして翌日。
 ソワソワしながら待っていると、彼女はほぼ指定時間通り、朝の9時にやって来た。

 モノトーンのネコのイラストが描かれた白いTシャツに、ベージュのチノパン。
 大きなリュックも背負っている。
 彼女は家事の手伝いもしたい、ということで作業しやすい格好なのだが、やっぱり美少女は何を着ても可愛い。

 早速、彼女がA4のスケッチブックに描いてきてくれたイラストを見てみる。
 今回は、パソコンに取り込むので線画だけ、ということだったのだが、ヒロインの天女をものすごくきれいに描いてくれている。

 アニメ系というよりはちょと写実的な美女だが、これはこれで需要がありそう。
 特に、ヒロインが身に纏っている羽衣の質感は、線だけなのに布の柔らかさまで伝わってくるような出来栄えだ。
 俺が興奮気味にその才能を褒めると、少し照れていたが、

「でも、前に見せてもらったあの数万円もするイラストと比べると、まだまだ全然足りないです。あそこまで高い完成度にできるのか、不安です……」

 と自信なさげに言うので、

「大丈夫だよ、このPCを好きに使っていいから」

 と、デスクトップPCを見せた。

「……画面が大きいですね……でも、私、あんまりパソコン使ったことなくて……」

 少し戸惑っていたが、これから少しずつ慣れていけばいいから、と安心させた。
 まずは線画を、プリンタ付属のスキャナで取り込む。
 自分が書いたイラストがパソコンの画面に表示され、それだけで

「すごいですね、面白いです!」

 と喜んでくれる美玖。
 女子高生にパソコンを教える新米教師みたいで……いや、くだらない妄想はやめよう。
 俺が見本として、グラフィックツールで、その線画に大まかな色を乗せていく。
 単色ベタ塗りだが、簡単に色がついていくことに、美玖は興味津々。

 目の部分だけ、レイヤーを使って薄い色から濃い色の重ね合わせ、グラデーションの付け方、虹彩や白い光など、本当に大まかにだが彩色していくと、美玖は

「……こんなに簡単に、早く描けるんですね……土屋さん、上手じゃないですか……」

 と感心していた。

「いや、こんなのは基本的なことで、俺は全然上手じゃないから……君ならすぐ上達するよ」

 実際、絵心がある人がグラフィックツールを使用すると、本当にすぐに使いこなしてしまう場合が多い。
 美術的なセンスには、パソコン歴は関係がないようだ。

 それで一旦カラー印刷しようとしたのだが、プリンタのインクが切れていることに気づいた。
 ずっと使っていなかったのでストックもなく、どうしようかと思ったのだが、徒歩で五分ぐらい、駅より近い場所に大型の家電量販店があるので、一緒にそこに買いに行こう、ということになった。
 美玖は最初、一人でお使いに行くと言ってたが、カートリッジは結構高く、間違えるといけないので、少なくとも最初は俺と一緒に行って、大体の場所とかを教えておきたかった。

 ちょっと汗をかきながら二人で歩き、量販店に入ると、一気に涼しくなる。

「ああ、気持ちいいなあ」

「そうですね。それにいろんな電気製品があって、見るだけでも楽しいです」

 なんか、二人でこうして家電を見て回ると、新婚カップル……にはさすがに見えないか。
 美玖が若すぎる……せいぜい、兄と妹、といったところか。

 それでも、こんなかわいい妹と一緒に仲良く買い物をするのも、末っ子の俺としては経験がなかったので、それだけで幸せな気持ちになれる――。

 と、ちょっとにやけながら美玖の方を見ると……動きを止め、斜め前を見つめて、ちょっと目を見開いて固まっている。

 なんだろう……と思い、俺もその方向を見て、ドクン、と鼓動が一気に高鳴った。
 そこにいたのは、同い年の同僚で、彼氏とケンカ別れしたときに俺と付き合う寸前にまでなったことのある、中村美瑠だった。
 彼女の方も驚いた表情で、俺と美玖を交互に見て、

「……どうしてツッチーと美玖が一緒にいるの?」

 と、不思議そうに尋ねてきた。

「えっ……姉さん、土屋さんと知り合いなの?」

 今度は、美玖が俺と美瑠を交互に見つめた。

 ……姉さん!?
 いや、だって、名字が違う……。

 と、ここで思い出した……美玖は、両親の離婚で姓が変わったこと、そして文部科学大臣賞を受賞したときの名字が、確かに中村だったことを!

「……そういうことか……お母さんは自分のためじゃなく、美玖のために、ツッチーのこと、私にいろいろ聞いてきたのね……」

 えっ……美玖の母親が……美瑠に聞いてきた?

 俺が富士亜システムっていうことに、やけにこだわると思ってたら……ひょっとして、美瑠がいるから?

 いまだ状況がほとんど把握できず、呆然としていると、美瑠は、好奇心旺盛感丸出しの視線と笑顔を俺たちに向けてきた。

「……近くの喫茶店で、詳しく話、聞かせてほしいけど……いい?」

 美瑠のその言葉を、俺は拒絶できなかった――。
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