自販機

文字数 1,111文字

 うだるような暑さの真夏。軽自動車に男4人も乗っていては、いくらエアコンをガンガンに効かせたところで暑いものは暑い。避暑のために海へ行こうと言い出した時にはナイスアイデアだと思ったが、こいつらが全員元柔道部の重量級選手だったことをすっかり忘れていた。事故っていないのにエアバッグが起動したような車内は灼熱地獄の様相を呈す。
 海水浴場までは峠を越える必要があり、従ってコンビニなどは極めて少ない。峠に入る前に最後のコンビニで全員ポカリを買ったのだが、10分もしないうちに全て空になってしまった。蒸発してしまったのかもしれない。
 峠もちょうど真ん中あたりまで来たが、「まだ半分もあるのか」という絶望が車内を包み込む。数百キロの重りを乗せたワゴンRは唸りを上げて一生懸命峠を登っていた。彼にはエアコンに費やす余力は残っていない。
 ふと、自動販売機が見えてきた。小さな駐車場と自動販売機とトイレだけがある簡素な休憩所だったが、我々にとっては地上のオアシスに映った。ワゴンRは磁石のように休憩所に吸い寄せられ、我々人間は金属製の拷問器具と化したワゴンRからピンボールのように飛び出た。
 購入する順番をジャンケンで決め、負けた私は最後になった。ようやく私の番が回ってくると、スポーツドリンクは全て売り切れになっていた。ワゴンRの方を見やると、全員が2、3本のスポーツドリンクのペットボトルを持っている。浅ましいやつらだ。
 私は小銭を投入し、「つめた〜い」のお茶のボタンを押した。ガコンという音がしたので商品を取り出すと、それは「あったか〜い」ココアの缶だった。確かに冷たいお茶のボタンを押したはずだ、と思い、もう一度小銭を投入し「つめた〜い」のお茶のボタンを押した。ガコンという音がしたので商品を取り出すと、それは「あったか〜い」ココアの缶だった。
 私は「つめた〜い」のお茶と「あったか〜い」のココアの電気回線が逆に接続されているのではないかと推測し、「あったか〜い」のココアのボタンを押せば「つめた〜い」のお茶が出てくるのではという仮説を立てた。それに基づき、小銭を投入し、今度は「あったか〜い」のココアのボタンを押した。ガコンという音がしたので商品を取り出すと、それは「あったか〜い」のココアだった。
 「何やってんだ。さっさとしろ」そう言われた私は咄嗟に「あったか〜いのココアを押したらあったか〜いのココアが出てきて…」と弁明したが、「何言ってんだ」と一蹴され、無理矢理ワゴンRに押し込められた。ただでさえエアコンが効かないエアバッグ状態の車内で、「あったか〜い」のココアを3本も抱える羽目になった。心の暖かさは一切失われていた。
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