第7話:新婚旅行と妻の出産

文字数 1,600文字

 そんな話をしている昼を過ぎ、初島で有名な、いきの良い魚を出す食堂に入った。そこで、刺身定職を食べたが、刺身はもちろん貝からダシをとった味噌汁が実にうまかった。その後も島内を散策して14時の船で熱海港に帰った。そしてタクシーでホテル・ニューアカオへ向かった。目の前は、すぐ海で、このホテルの眺望は、熱海で一番と言われる理由が良くわかった。

 屋上の露天風呂の景色は、素晴らしいとフロントで言われて、入ってみると、海の青と水平線まで、眼前にあらわれた。この素晴らしさには、目を奪われた。その後、夕暮れ時の海をソファーに座って見渡せるところもあって多くの写真を撮った。豪華のシャンデリアも素晴らしく気分は最高。その後、夕食の料理も豪華な船盛りとビーフ・ステーキで味も最高。

 翌朝、早朝、陽が上がるのを海の見える露天風呂で眺めようと言い、出かけると、雲間に陽がさしてきて、荘厳な雰囲気に包まれた。5分もすると初島が見え、マリンブルーの海がひときわ、美しく見えた。その後、珈琲を飲んで、ゆっくり、朝食をとった。そして9時過ぎにホテルのフロントで清算を終えて、熱海駅でお土産の大きなキンメダイの干物を購入。

 その後、熱海駅から列車に乗り込んで、10時過ぎに小田原駅で降り、タクシーで小田原城へ向かった。そこで40分ほど場内を散策して、タクシーで小田原駅に戻り、近くのレストランで昼食を食べた。そして小田原名物、ういろうと蒲鉾「かまぼこ」を買った。12時過ぎのロマンスカーで、13時過ぎに町田へ到着し、横浜線に乗り換え八王子に到着。

 そして中央線に乗り、藤野駅で降りてタクシー15時前、栃木家に到着。翌日の夜、桧山家に行き、お土産を渡してきた。やがて、1981年が終わり1982年となった。初詣に栃木夫妻が、地元の藤野神社に行き、健康と金運と家内安全、子宝に恵まれますようにと、お参りしてきた。その時、栃木健吾が、芳江にボーナスだけでも実家のご両親に渡したらと言った。

 すると、旦那さんの優しい言葉に芳江は涙を浮かべた。ありがとう、そうさせていただくわと言った。そして1982年が始まり奥さんは、山梨信用金庫で毎日、入出金の計算をする毎日で通常は18時、計算が合わないと20時過ぎる。しかし信金から家まで10分と近く、非常に便利。その後、暖かくなり始めた3月20日の朝、芳江さんが食べたものをもどした。

 気持ちが悪いと言うと、栃木健一の母が、おめでたじゃないかと言い9時に産婦人科へ行くと妊娠ですと言われ、予定日は9月28日ですと告げた。この知らせを聞いた栃木は、実家と奥さんの実家に電話して妊娠と出産予定日を知らせた。奥さんの実家では、大喜びしていた。そして、栃木健吾は、奥さんを気遣って炊事、洗濯、風呂など家事を手伝うようになった。

 やがて、雨が続き梅雨に入り、あけると、まぶしい日差しの夏となり、大きなおなかを抱えて、汗だくで、仕事を終えて家に帰ってくる。すぐシャワーを浴びて夕食をとるようになった。夕食は、料理が得意の栃木健一が作るようになった。その後、お盆休みに、なると、こんなに、おなかが出るものかと思うほど、奥さんのお腹が大きくなった。

 9月に入り、9月20日から出産休暇を取り、1982年9月27日に産婦人科病院に入院し28日、3kgを超える男の子を出産し、賢くなって欲しいと、賢一と命名。10月2日、自宅に帰ると栃木の両親、栃木良二と栃木澄子が、孫の賢一が寝ると、その顔を嬉しそうに、眺めていた。

 そして、俺たちが、子供の面倒を見るのを手伝ってやるから芳江さんは、安心して仕事に行きなさいと言ってくれた。赤ちゃんの賢一は、祖父の目に似ていていると言われ、父が、特に可愛がり、すぐに抱っこして、あやした。賢一も祖父母に慣れて、機嫌が良い時は、声をあげて笑うようになり、実家が、すっかり明るくなった。
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