第1話 女の子と二冊の本、僕のポケットとスマホ

文字数 1,158文字

 今日は木曜日で、現在の時刻は7時26分である。金曜日なら良かったのに、と僕は布団の上でスマートフォンのロック画面を見ながら思った。そうであれば明日は休みなので、何とか頑張ろうと思える。

 もっと欲を出すのなら土曜日が良かった。しかしいくら願っても木曜日を土曜日にすることは不可能なので、僕は大人しく学校へ向かうことにした。

 僕は教室の窓側にある自分の座席に着き、鞄を机の横にあるフックに掛けた。 朝のホームルームまでの教室は騒がしく、何組の誰々が格好良いとか、部活の顧問が面倒な人であるとか、実に高校生らしい会話で溢れていた。

 その賑やかな会話たちは、僕を少し寂しい気分にさせた。そう、入学式から一か月が経ったが僕には友達がいないのである。

 僕は朝のホームルームまでの時間を机に突っ伏して過ごすことにした。午前の授業が終わり、1人で弁当を食べ、再び午後の授業を受けた。放課後、僕は読みかけの本が残り20ページくらいだったので、読み終えてから家に帰ることにした。

 本を読み終えた僕は席を立ちあがり、教室から出て廊下を歩いた。階段を降りるため曲がり角に差し掛かったところで、ちょうど出合い頭で誰かと衝突してしまった。しまったな、曲がり角を歩くときは、角に対して膨らむ様に距離を取って僕は歩くべきだったのだ。幸い、お互い走っていたという訳でもないので、ぶつかった時の衝撃はあまり強くなかった。

 僕と衝突したのは同じクラスの女子であった。顔に見覚えがある。溌剌美人、気が強そうな子だ。衝突したときに彼女が落とした2冊の文庫本が僕の足元にあったので、僕はそれを拾った。
僕は本を彼女に差し出しながら「すみません。大丈夫ですか」と言った。
彼女は「こちらこそごめんなさい。ありがとう」と言い、本を受け取った。

 本を渡した際、軽く僕の指先と彼女の指先が触れた。その直後、僕のスラックスの右ポケットに入っていたスマートフォンがガタンと音を立てて床に落ちた。

 妙だな、と僕は思った。彼女に本を渡したとき、僕が動かしていたのは腕くらいである。あるいは僕は女の子の手に触れたので自分でも気づかずに嬉しくて飛びあがり、そのはずみにポケットからスマートフォンを落としてしまったのだろうか。



 流石にそんなことはあり得ない。恐らくあり得ない。絶対にあり得ないと思えない自分が情けない。僕は念のためにちらりと女の子を見た。大丈夫そうだ、彼女は僕に怪訝な顔を向けてはいない。

 僕は床に落ちたスマートフォンを拾い、再び右ポケットに入れようとした。しかし、入れることができなかった。僕のスラックスから、右ポケットが消えていたのである。

「あ、あれ?」と僕は言って、右ポケットのあったはずの位置をよく確かめてみた。確かに僕のスラックスから右ポケットは消えていた。
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