~ACT2 変化~①
文字数 2,088文字
ヴァルリがリールと再びペアを組んで数ヶ月が経っていた。南の都ミュラーでの魔物退治以来、他の魔物たちは息を潜めておとなしい。ピュールヘルツたちは王宮内で訓練を行い、実戦へ出ることがなくなっていた。
魔物が出没しない現状に、ヴァルリとサミューは平和で何よりだと言っていたが、リールは不審に思い、そして今日、国王ラジェルの執務室を訪れていた。
「国王様、失礼します」
「リールか。来る頃だと思っていたよ」
ラジェルはそう言ってリールを迎え入れると、秘書を下がらせて部屋に鍵をかけた。
ラジェルの執務室は広く、入ってすぐの正面に大きく取られてある窓が目に入る。窓の向こうには常緑広葉樹の森が広がっており、それは帝都の自慢の1つだった。
その窓のすぐ前に国王ラジェルの執務机が置いてある。いつも綺麗に整頓されているそこは、今は資料の類いが乱雑に置いてあった。
ラジェルの執務机から向かって右側には、壁に背をする形で秘書の机が置いてあり、その向かいの壁には大きな木製の書棚が置いてあった。書棚の中にあるはずの書類はバラバラと飛び出している。
そこでリールは眉をひそめた。
「不用心じゃありじゃありませんか? ラジェル」
突然名を呼び捨てにされたというのに、ラジェルに不快に思った様子はない。むしろ昔なじみの友の呼び方に、
「敬語も使わなくていいよ」
そう言って微笑むラジェルの顔は、忙しさからか少しやつれているように見える。肌の張りが失われ、目の下には大きな隈が目立っている。誰の目から見ても、ラジェルがしばらく寝ていないのは明白だった。
「ラジェル、全然寝ていないのかい?」
「そうでもないさ。1時間程度の睡眠は確保している。こっちはそんな時間すら惜しいと言うのに、ケイトがうるさいんだ」
少し悔しそうに下唇を噛むラジェルに、リールが呆れて声をかけた。
「ケイトが正しいさ。国王が突然倒れた、なんて事態は避けたい」
「しかし、私が寝ていたために突然この国が滅びた、なんて事態の方が避けたいことだろう?」
穏やかではないラジェルの言葉を聞いたリールが眉をひそめた。
リールがラジェルの執務室を訪れたのは、魔物の動きがないことを不審に思ってだが、どうやらこの事態はアトランス帝国を大きく揺るがす事態となっているようだ。
状況はリールが思っていた以上に深刻で、この嵐の前の静けさのような状況について、ラジェルは一体どこまで知っているのか。
「リールがここに来た理由は分かっているよ。私が調べて分かったことは、包み隠さず君に話そう」
ラジェルは自分の執務机の上に腰を下ろすと、ゆっくりと話し出した。
「この数ヶ月、魔物がおとなしい理由はまだ不明だ。でも、今回のこの現象にライアが関わっていることが分かった」
「ライアだって?」
ライアの名を聞いたリールが一瞬目を丸くする。ラジェルはそんなリールへはっきりと頷いてみせると、
「リールも知っての通り、ライアは私の、弟だ」
ラジェルはそう言い切る。
それを聞いたリールが慌てたように口を開いた。
「でもライアは、10年前に転落死をしたはずじゃ……?」
「私もそう思っていたよ。ライアは突然発狂し、崖から転落死したんだと。でも、あの当時ライアの遺体は見つかっていない」
「まさか……。いやでも、僕もあの現場を見たけれど、一般人が落ちて助かる高さでは……」
「一般人、ならね」
ラジェルの言葉にリールはますます目を丸くする。その目はラジェルの言わんとしていることを理解した上での、それでも信じられないと言うものだった。
話し込んでいる間に、ラジェルの執務机が真っ赤に染まっていく。日が傾いていたのだ。リールは自分を落ち着かせるためにも窓の外へと目をやった。そこには美しい夕焼けが広がっている。
「まるで血のようだね」
思わず呟いたリールの言葉に、ラジェルも窓へと目を向ける。
そこにはあまりにも見事な、真っ赤な夕焼け。あまりにも美しすぎて、禍々しささえ感じてしまう。
2人は無言のまま、しばらくその夕焼けを眺めていたが、
「結論から言おう」
ラジェルが口を開き、リールは一気に現実へと引き戻される。
「ライアは生きている。そして今は、隣国ネスの首都、ロザイオンで占い師をしているそうだ。私が調べられたのはここまでだ」
「なるほどね。色々なことをすっ飛ばして説明してくれちゃって」
リールが苦笑しているのを見て、ラジェルは悠然と微笑んだ。
「リールにはこれだけで十分だろう?」
その言葉を受けたリールも笑みを返す。
「当然。何年君の友人をやっていると思っているんだい? これだけ教えて貰えれば十分だ。ラジェル、君はもう休め」
リールの言葉にラジェルは頭 を振った。
「まだ情報が少なすぎる。動いて貰うのはもう少し先になるだろう。詳しいことは秘書のケイトを通して連絡するが……」
「分かっている。しばらくは僕とヴァルリ、サミューとピューサで行動したら良いんだろう?」
「話が早くて助かるよ」
リールの言葉にラジェルは微苦笑を浮かべる。
リールはラジェルに臣下の礼を取ると、そのまま執務室を後にするのだった。
魔物が出没しない現状に、ヴァルリとサミューは平和で何よりだと言っていたが、リールは不審に思い、そして今日、国王ラジェルの執務室を訪れていた。
「国王様、失礼します」
「リールか。来る頃だと思っていたよ」
ラジェルはそう言ってリールを迎え入れると、秘書を下がらせて部屋に鍵をかけた。
ラジェルの執務室は広く、入ってすぐの正面に大きく取られてある窓が目に入る。窓の向こうには常緑広葉樹の森が広がっており、それは帝都の自慢の1つだった。
その窓のすぐ前に国王ラジェルの執務机が置いてある。いつも綺麗に整頓されているそこは、今は資料の類いが乱雑に置いてあった。
ラジェルの執務机から向かって右側には、壁に背をする形で秘書の机が置いてあり、その向かいの壁には大きな木製の書棚が置いてあった。書棚の中にあるはずの書類はバラバラと飛び出している。
そこでリールは眉をひそめた。
「不用心じゃありじゃありませんか? ラジェル」
突然名を呼び捨てにされたというのに、ラジェルに不快に思った様子はない。むしろ昔なじみの友の呼び方に、
「敬語も使わなくていいよ」
そう言って微笑むラジェルの顔は、忙しさからか少しやつれているように見える。肌の張りが失われ、目の下には大きな隈が目立っている。誰の目から見ても、ラジェルがしばらく寝ていないのは明白だった。
「ラジェル、全然寝ていないのかい?」
「そうでもないさ。1時間程度の睡眠は確保している。こっちはそんな時間すら惜しいと言うのに、ケイトがうるさいんだ」
少し悔しそうに下唇を噛むラジェルに、リールが呆れて声をかけた。
「ケイトが正しいさ。国王が突然倒れた、なんて事態は避けたい」
「しかし、私が寝ていたために突然この国が滅びた、なんて事態の方が避けたいことだろう?」
穏やかではないラジェルの言葉を聞いたリールが眉をひそめた。
リールがラジェルの執務室を訪れたのは、魔物の動きがないことを不審に思ってだが、どうやらこの事態はアトランス帝国を大きく揺るがす事態となっているようだ。
状況はリールが思っていた以上に深刻で、この嵐の前の静けさのような状況について、ラジェルは一体どこまで知っているのか。
「リールがここに来た理由は分かっているよ。私が調べて分かったことは、包み隠さず君に話そう」
ラジェルは自分の執務机の上に腰を下ろすと、ゆっくりと話し出した。
「この数ヶ月、魔物がおとなしい理由はまだ不明だ。でも、今回のこの現象にライアが関わっていることが分かった」
「ライアだって?」
ライアの名を聞いたリールが一瞬目を丸くする。ラジェルはそんなリールへはっきりと頷いてみせると、
「リールも知っての通り、ライアは私の、弟だ」
ラジェルはそう言い切る。
それを聞いたリールが慌てたように口を開いた。
「でもライアは、10年前に転落死をしたはずじゃ……?」
「私もそう思っていたよ。ライアは突然発狂し、崖から転落死したんだと。でも、あの当時ライアの遺体は見つかっていない」
「まさか……。いやでも、僕もあの現場を見たけれど、一般人が落ちて助かる高さでは……」
「一般人、ならね」
ラジェルの言葉にリールはますます目を丸くする。その目はラジェルの言わんとしていることを理解した上での、それでも信じられないと言うものだった。
話し込んでいる間に、ラジェルの執務机が真っ赤に染まっていく。日が傾いていたのだ。リールは自分を落ち着かせるためにも窓の外へと目をやった。そこには美しい夕焼けが広がっている。
「まるで血のようだね」
思わず呟いたリールの言葉に、ラジェルも窓へと目を向ける。
そこにはあまりにも見事な、真っ赤な夕焼け。あまりにも美しすぎて、禍々しささえ感じてしまう。
2人は無言のまま、しばらくその夕焼けを眺めていたが、
「結論から言おう」
ラジェルが口を開き、リールは一気に現実へと引き戻される。
「ライアは生きている。そして今は、隣国ネスの首都、ロザイオンで占い師をしているそうだ。私が調べられたのはここまでだ」
「なるほどね。色々なことをすっ飛ばして説明してくれちゃって」
リールが苦笑しているのを見て、ラジェルは悠然と微笑んだ。
「リールにはこれだけで十分だろう?」
その言葉を受けたリールも笑みを返す。
「当然。何年君の友人をやっていると思っているんだい? これだけ教えて貰えれば十分だ。ラジェル、君はもう休め」
リールの言葉にラジェルは
「まだ情報が少なすぎる。動いて貰うのはもう少し先になるだろう。詳しいことは秘書のケイトを通して連絡するが……」
「分かっている。しばらくは僕とヴァルリ、サミューとピューサで行動したら良いんだろう?」
「話が早くて助かるよ」
リールの言葉にラジェルは微苦笑を浮かべる。
リールはラジェルに臣下の礼を取ると、そのまま執務室を後にするのだった。