Ⅳ.田園

文字数 870文字

 十五年ぶりに降りた駅は、すっかり様変わりしていた。駅ビルには、若者に人気のカフェ、地方チェーンのドラッグストア、地元の銘菓が並んだお土産コーナーが並び、それなりの賑わいをみせている。それでも、縦ではなく横に広く面積を使ったレイアウトに田舎の駅らしさが残っていて何とも言えない懐かしさがある。
「すみません、ここに行きたいんですけど」
「あー、ここやったら、南口から出た方がよかですよ。歩くにはちょっと遠かけん、タクシーば使いんさい。駅ば出て左手側にタクシー乗り場のありますけん」
 駅員に、スマートフォンで目的地を見せると、懐かしい方言で案内してくれた。子供の頃は自分もこんな喋り方をしていたことを思い出す。
 駅を出ると途端に熱気に襲われた。気温は東京都あまり変わらないはずだが、太陽光を遮る高い建物が無いからか、より暑く感じる。
 急ぎ足でタクシーに乗り込むと、六十歳は優に超えているであろうお爺ちゃんドライバーに、目的地を伝える。念のため、スマートフォンで地図を見せようとしたら、このあたりの人間なら誰でも知っているよと言わんばかりに、「よかよか」と左手で制された。
 全体的に背の低い建物が並ぶ田舎街の景色を眺めながら、二十分少々タクシーに揺られていると、目に飛び込んでくる景色の大半が青々とした田んぼへと変わっていく。農作業着姿であぜ道を歩く人。ときには田んぼと田んぼの間を車が走っていたりする。駅にどれだけ洒落た店が出来ようと、この田園風景は昔のままだ。
 目的地に着くと、母が入り口で出迎えてくれた。
「父さんが奥で待ってるよ」
 家を飛び出した後、母とは何度か東京で会ったが、父とは十五年振りの再会となる。
 母に連れられて向かった大広間の奥、白い木箱に付けられた小さな扉を開くと、薄く化粧をした父が眠っていた。十五年前は大きくて恐ろしかった父が、随分と小さく見える。
「久しぶり、父さん、勝手してゴメン」
 ただこれだけの言葉を伝えるのに十五年もかかってしまった。この言葉は父に届いているのだろうか。父からの返事は無い。
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