冬来りなば、春は絶対来るんだぜ

文字数 2,048文字

 しばらくうつむいていた(わたり)が、ガタリと音を立てて立ちあがる。
「……帰る。課題の未提出分、これでチャラだよな」
「待て待て。今日の出題分、次回やってこれんのか?」
「……」
「部活やってったら、締め切り延長してやる」
「……だから、部員じゃねぇ」
 締め切り延長の提案が功を奏したのか、文句を言いつつ、(わたり)が座り直した。
「時間もないし、ざっとな。このスプレッドは”ギリシャ十字”っていうんだ。ふむふむ。お前のせいじゃないことで、お前が責められてるってのが現状かな。壊れてしまったものは、お前のせいじゃない」
 裏声が限界で地声で伝えれば、学生服を着た肩がビクリと震える。
「そこから、もう解放されていい。そうしたら」
 十字の真ん中。
 逆さまになった死神のカードを手に取って、(わたり)の目の前に掲げた。
「再生される」
「何がだよっ」
 バン!と机を乱暴に叩いた、その(こぶし)が細かく震えている。
「再生なんかするかよ!だって、……くそっ」
(まだ、だめか。そりゃそうか。まだ信頼なんかないよな)
「死神の逆位置は再生、または再出発」
 カードを机に置いて、(わたり)(こぶし)に手を添えた。
「お前が抱えたその”崩壊”は、お前のせいじゃないってカードは告げている」
 「愚者」のカードを、顔を伏せた(わたり)の目の前まで移動させる。
「対策として出たカードは、愚者の正位置。意味は”自由”。解放されていいんだ。お前のせいじゃない。お前に責任はないんだ」
「……ふ、くっ」
 湿った吐息を無理やり飲み込んだ(わたり)が、乱暴に俺の手を払って立ち上がった。
「……帰ります」
「そっか。気をつけてな」
 顔をうつむけたまま、それでも一礼してパーティションを出ていく(わたり)は、本来とても律儀な生徒なんだろう。
「……また、来てくれるといいんだがなぁ」
 
 このつぶやきを、神は拾ってくれたらしい。
 あのドンピシャなカードが出た時点で、どうも彼は神に愛されてるんじゃと思ったけれど。
 イカサマなんて一切していない。
 ホントだぞ?


「迷える渡り鳥、よく来ました」
「センパイ、その呼び方、やめてもらえませんかね」
「えー、だって、(わたり)くんだし」

 あれから。
 「部員が少なくて廃部になりそう」と泣きまねをしたら、嫌そうな顔をしながら入部してくれた(わたり)は、チョロいくらいに優しい。
 来るのは半々くらいだし、家でできない課題をPCルームの隅でやって、帰ってしまうときもあるけれど。

「今日は俺、なんで呼ばれたの?課題は出したじゃん」
「連続三回さぼったペナルティ分。さて、子羊。ワタクシに伝えることがあるでしょう」
「裏声ヤメロ。……住所変更のこと?」
「少し遠いと思ったもので。で、あの住所って」
 パーティション内に、しばらくカードを混ぜる音だけが響く。
「……ばあちゃんち」
「オヤジさんも?」
「まさか。母方のばあちゃんだし」
「オフクロさんは?」
「一緒。姉ちゃんの位牌も持ってく」
「そうですか。……子羊、聞きたいことがあるでしょう?」
「……この決断は間違ってない、よね」
 顔を上げると、(わたり)の目が不安そうに揺れている。
「占ってみましょう」
 三つ山に分けたタロットをひとつにまとめて、一番上のカードを引かせた。
「恋人?え、そんなん、俺いらないけど」
「ぶふっ」
 吹き出した俺をにらむ(わたり)にほっこりする。
 いつの間にか、こんなにも感情を見せてくれるようになったんだって。
「恋人の正位置は”正しい選択。成功”」
「……そっか」
 気の抜けた様子でイスにもたれかかって、(わたり)は天井を仰いだ。
「……ばあちゃんが、一度、家族をやめてみればいいって、言ってくれたんだ。姉ちゃんが何を思ってたか、悩んでたかなんか、わからない。なのに、それをぐずぐずオヤジが」
 ふっと口をつぐんで、(わたり)は大きく深呼吸をする。
「……誰のせいでもないって、せんせー、言ってくれたもんな」
「フーミヤさまとお呼びなさい」
「ウザイ」
「ウルサイ」
 ちょっとだけ笑顔になった(わたり)が立ち上がる。
「だからさ、課題とかもう、家でできるんだけど……。俺、またここに来てもいい?」
「部員なんだから、来なかったら課題マシマシ」
「げぇ、理不尽」
 文句を言いつつ、軽やかな足取りで(わたり)が帰っていった。
 
――何の兆候もなく、突然、姉が命を絶った――

 そう(わたり)がポツリと口にしたのは、何回目の「部活」だったか。
 遺された家族は途方に暮れ、特に可愛がっていた父親が荒れたらしい。
 「お前が死ねばよかったのに」という、親として許されない言葉を息子にぶつけるくらい、錯乱した時期もあったと聞いたときには、切り裂かれるように胸が痛かった。
 同じ子供として守られるべきなのに。
 八つ当たりのサンドバッグにされた、(わたり)の理不尽を思えば。
 その甘えた父親を殴ってやりたかったけれど、それで(わたり)が救われるわけじゃない。

 だから。
「よく来ましたね、子羊。さあ、今日は何を占いましょうか」
 ノラ猫のようだった子羊は、ぽつりぽつりと、未来の希望を語りだすようになった。
「カードは可能性でしかない。でも」

 俺はいつでも、お前の味方だからな。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み