ダブルコスモス

文字数 1,080文字

 納屋を片付けていたら、手金庫が出てきた。
 金庫とは、ちと大仰かもしれない。両手で包み込めるほどの箱に、南京錠がちんまりとしている。
 おそるおそる、四桁の数字をあわせてみる。
 おいそれと、カチリ、とはいわないのであった。

 祖母の手にかかると、あっけなく開いた。
「ばあちゃん、じいちゃん、父さん、母さん、私、誕生日は全部やったけど」
 ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑う。
「宝の地図?」
「まさか」
 茶封筒の表には、祖父の字で一言。
 保子さま。
 中味は大量の種子であった。
「なんだあ。ラブレターかと思ったに」
「まさか」
 私が祖母ならば間違いなくがっかりするところだが。
「片付けが捗って助かったわ。じいちゃんは色々整理しておいてごしなったけども、わし一人ではどうもならん。ありがとね」
 手作りの紫蘇ジュースを呑み干す。
 玄関脇に、祖父の好きだった百日紅(さるすべり)の赤と白が一本ずつ。盛りを過ぎた花が空に揺れ、揺れている。

「ばあちゃん、あれ何の種なん」
「あれ、あんたわからんかね」
「いじわるせんと教えてよ」
 ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑った。
「来年、見せてあげられると思うよ」

 一人になった祖母を心配したが、なんのなんの、四十九日を過ぎると精力的に動き始めた。
 わしも歳をとるけん、二階は不便だと思ってね。だけん、バリアフリーの平屋にした。ずっとフローリングいうのに憧れちょったんだわ。全部使ったけんね、もう遺産はないと思ってごしない。
 全て一新して、あっけらかんとしたものであった。

 一周忌の日はからりと晴れた。
 昔からあった広縁(ひろえん)が、リビングとお揃いの板にふきかえられている。そこに仏壇がしつらえられて、庭の眺めは特等席だ。
 夏の終わりの風が吹き抜け、色とりどりの花を揺らす。
「秋桜だったのかあ」
「よう咲いて。わかるかね、普通より花が小さい(ちさい)よ」
「なんでなん」
「じいちゃんの特製だがね」
 祖父は植物をいらうことが好きであった。祖母のために新たな品種を作ったということか。
 やるな、じいちゃん。

 二人で夕飯を食べ、洗い物をしているうちにすっかり暗くなった。
 まばらな家々、ぽつぽつと街灯。
 星がこんなによく見える。
 雲に隠れていた月がひょっこり現れる。
 あ、満月だ、と思う間もなく、
「ばあちゃん! ばあちゃん、早よ!」
 庭は、月の光を浴びて輝いていた。
 水を撒いたから。
 濡れた花びらに光が当たると、発光する品種なんだ。
 庭一面の星。
 秋桜の宇宙。
 コスモスのコスモス。

 ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑ったけれども、頬に星のように光るものが見えた。
 やるな、じいちゃん。





<了>
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