第1話「海辺の出会い」

文字数 2,482文字

 波の音で、彼は目を覚ました。
 どこかの砂浜の上。
 冷たい水が、裸足の足先に触れている。
 衣服は着ていたが、ぼろぼろで、とてもまともな服とはいえなかった。
 彼は身を起こそうとしたが、体に力が入らない。
(…俺は…?)
 何故ここにいるのか、ここはどこなのか?
 波の音を聞きながら、少しずつ、記憶が戻ってきた。
(俺は…浄化…されたんだ…。)
「大丈夫?」
 倒れたまま、顔だけを動かして、声がした方を見ると、一人の少女が立っていた。
 少女はこちらへ近付いてきた。
 頭に黄色いバンダナを巻き、肩の所で切り揃えられた赤い髪。
 そして、青色のワンピースに、白いエプロンを身に付けていた。
 清楚で可憐な、美しい少女だった。
「立てる?」
「…体に力が入らないんだ…。」
「この薬を飲んでみて。」
「……。」
「大丈夫よ。毒なんかじゃないから。」
 戸惑いながらも、少女が差し出した丸薬を飲み込むと、体に力が湧いてきた。
 彼は身を起こし、立ち上がることが出来た。
「…今のは?」
「一時的に力を上げる薬よ。あなたは体力をひどく消耗しているみたいね。
私の所へ来て。治してあげるから。」
「いや…。」
「あなたは魔物でしょう。ここにいるのは危険よ。」
「何故、俺が魔物だと分かった?」
「私には、そういう力があるの。さあ、ついてきて。」
 半ば強引に、少女は彼の腕を引っ張るようにして、林の中へと進んで行った。
 林を通り抜けて森に入り、更に進むと、少し開けた場所に出た。
 そこには二軒の家が建っていて、手前側の家は平屋で、色とりどりの花が咲いた広い庭には、果物の生っている木が数本立っていて、池もあり、その近くで魔物とみられる小さな者が2体、仲良く並んで座っていた。奥側の家は二階建てで、そばには小さな畑があった。
 少女は、平屋の家に向かう道を通り、池の近くにいた魔物たちに手を振った。
「新入りかい?」
 魔物が彼を見て話しかけてきた。
「そうよ。仲良くしてね。…そういえば、名前を聞いてなかったわね。私はユリカというの。あなたは?」
「…ツルギ。」
「そう、ツルギ。この子達は、コビト族のラーフとリーフ。この家で療養してるの。今は他にも、ヴァンパイアのブラドもいるわ。皆怪我をしたり、病気の治療でここに来ているのよ。さあ、中に入りましょう。」
 家の中へ入ると、ヴァンパイアらしき顔色の悪い青年が出迎えた。
「ユリカさん…。…あれ?その方は?」
「新しくここに来た、ツルギよ。」
「ツルギさん、ですか。僕はブラドという者です。よろしく。」
 ブラドはにこやかに、ツルギに挨拶した。
 ツルギはぎこちなく頭を下げた。
 部屋にはベッドが幾つか並んでいた。
 ツルギは、窓際のベッドに案内された。
「この建物は、療養所なの。それで、ここがツルギのベッドよ。薬を飲んで、しばらく寝て休むといいわ。食事は朝、昼、夕の3回、私が作って持ってくるから、心配いらないわ。」
「なんで、そこまで…。」
「私は、傷ついたり、病気になった魔物たちをここで治療しているの。」
「そんなことして、生活が成り立つのかよ?余計なお世話かもしれねーが。」
「奥には私の家もあるし、小さいけど畑もあるの。庭も見たでしょ?そこで薬草と果樹を育てて、近くの町に売っているの。友達が錬金術師だから、その材料を私が育てて、買ってもらってるのよ。」
「ふーん…。…俺も何か手伝えないか?畑仕事とかなら、出来ると思うぜ。」
「ええ!?治療のことなら、気にしないで。お金とかいらないから。」
「そういうわけにはいかねえよ。それに…俺、行くところもねえし…。」
「それは困ったわね。魔界へ戻る方法はあるけど…。」
「いや、もう、魔界はこりごりだ。この世界に住めるなら、その方がいい。俺は確かに魔物だが、今は…力を失ったみたいなんだ。ほとんど人間と同じさ。」
「知り合いに、魔物博士がいるから、魔物の力を取り戻す方法を教えてもらいましょう。」
「そんなことが、出来るのか!?」
「分からないけど、魔物博士なら、なんとかしてくれるかも。魔物博士の家はここからだと少し遠いから、そのときは私も同行するわ。とにかく今は、体を回復させる方が優先よ。」
「ありがとう。…悪いな。俺なんかに付き合わさせちまって…。」
「気にしないで。それに…俺なんか、なんて言わないの。皆お互い様なんだから。」
「あ…ああ…。」
「少し休んだら、お風呂に入った方がいいわ。新しい着替えを用意しておくから。あと、髪の毛も切ってあげるね。あとは…。」
 ユリカはてきぱきと動き始めた。
 ツルギは風呂に入って体を洗ったあと、ユリカに髪を切ってもらった。
 黒いぼさぼさの髪がきちんと切り揃えられたばかりか、ユリカの提案で、似合った髪型にしてもらった。
 ツルギは見違えるほど男前になった。
「素敵よ。こうして見ると、ツルギは私と同じくらいの歳頃なのかしら。私は16歳だけど…。」
「俺は魔物だぞ。人間の歳とは比べられないだろ。」
「そういえばそうね。」
 ユリカは笑った。
「う…。なんか急に体がだるくなってきた…。」
「そろそろ薬の効果が切れる頃ね。寝た方がいいわ。お休みなさい。」


 数日の間、ツルギは療養所で過ごした。
 その間、ユリカはツルギばかりでなく、魔物たち皆の世話をしていた。
 魔物たちは朝ごはんを食べた後、テーブルを囲んで話をしていた。
「僕たち、本当はもう治ってるんだけどね。」
 コビトのラーフとリーフが言った。
「ここの居心地がよくて、まだ治ってないふりをしてるんだ。」
 おいおい、とツルギは心の中で思ったが、あえて何も言わないことにした。
「ユリカさんは、天使のような人ですよ。」
 ブラドがツルギに話しかけてきた。
「ああ…ユリカさん…。心も姿も美しい…。僕は恋の病にかかってしまいました…。」
「恋の病?そんなものがあるのか?」
 ツルギは呆れたように言った。
「ありますよ。常にユリカさんのことが頭から離れないんです。」
「…それは確かにビョーキかもな。だが、それも分からなくもない。」
 ツルギは、窓から外を見た。そして、外で作業しているユリカの姿を見て微笑んだ。
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