第8話

文字数 597文字

 梓は混乱した。
 何? これはどういうことなの? わからない、いや違う。同じ男性と二人の女性。これはもしかして……。

 誰にも言うまい。亨のお父さんと、顔も知らぬ自分の父親はもしかして同一人物なのではないか。こんな偶然あるはずない。京都の街はとても狭いがいくら何でも、こんなこと……。
 もしも、亨と自分が兄妹だったなんて。亨はそれを知っているのではないか。知っていれこんなことありえない。亨と自分の母は亡くなってもうこの世にいない。悲劇とさえ思われた、お腹の子供は生むべきではないのではないかと梓は頭を抱えた。
 今までの幸せは、考えられないような狂気へと変わっていく。しかし、梓は思う、今の幸せを失いたくないと強く激しく思った。思わず野良猫を睨みつけた。お前さえいなければ、こんな写真を見ることなどなかったのにと。
 
 座り込んだまま一時間ほど経過した。梓は我に返った。握りしめた数枚の写真のしわを伸ばしてそっと引き出しの中に戻した。自分さえ何も言わなければいい。こんな写真だけが何の証拠になろうかと梓は自分を奮い立たせた。今は愛おしい亨の帰りを待つだけだ。
 顔も見たことがない父親のことなど、気にするほうがどうかしているのだ。こんなに幸せなのに、どうかしている、マタニティーブルーだと思い込んで梓はそのまま、二十年以上一人でこのことを胸の中にしまい込んで亨の妻であり、天音の母として懸命に生きた。
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