第15話

文字数 1,393文字

 彩乃が戻るのを見計らい、僕は買ったばかりの紙袋を下げながら妹の部屋をノックする。もちろん三回だ。
「……何?」
 ぶすくれ顔の妹は、ドアを開けながら睨みつける。
「……実は相談したいことが……」
「断る!」
 バタンと音を立てて勢いよくドアが閉まる。
 いつものことだが、いつまで経っても慣れることはない。これでも小学生までは、僕を慕ってくれていたのに――。
 などと、感傷にふけっている場合ではなかった。
 どうにかして僕の代わりに、親父を説得させなければならないからだ。
 そこで禁断の手を使うことにした。
「……エルミカ堂のシャードーナツがあるんだけど、僕一人で食べちゃおっかなー?」
 手に下げた紙袋の中身は、先ほど購入したのはシャードーナツというエルミカ堂の看板商品。トウガラシが練り込んである赤色のドーナツである。
 どうして“シャー”なのか? 
 それはエルミカ堂の店主がアニメ好きで……。
 分からない人は、お父さんにでも聞いてくれたまえ。
 
 ガチャリ!
 これまた勢いよくドアが開くと、笑顔の彩乃がおいでおいでと手招きしている。妹は辛いものに目がなく、同然シャードーナツもお気に入りなのだ。
 無事、入室を許された僕は、この家に引っ越して以来、初めて彩乃の部屋の敷居をまたぐ。
 当然だが、家具は依然の家とほぼ同じで、違いと言えば、以前よりも本棚が増えたことと、カーテン色がライトグリーンからオレンジに変わったくらいだ。
 だが、広さは全然違う。以前は六畳間だったが、現在は八畳ほどにグレードアップしていた。僕は前と同じ四畳半だったので、格差が広がっているのは歴然だった。
 箪笥の上には相変わらずトロフィーやプレートが四つ並んでいる。全て彩乃が獲得したものだ。
 左から順に、合気道地区大会準優勝。暗算検定旭川三十三位。ジグソーパズル世界大会七百十五位。そしてピアノコンクール参加賞だ。
 どれも微妙っちゃ微妙だが、それでもあやとり検定三級しか持たない僕よりも、よっぽど優秀と言える。
 特に合気道はそれなりの実力があり、護身のために始めたはずが、わずか二年で準優勝まで上り詰めていた。女子は全部で五人しか参加しなかったとはいえ、それでも攻撃スキルはマジヤバい。
 ルックスについても少し触れておくと、それなりに可愛い部類に入ると思う。旭川では毎週のように告(こく)られていたみたいだし、『妹に渡してくれ』と、ラブレターを預かったこともしばしば。もちろんすぐに破り捨てて、ゴミ箱行きにしたが。
 お袋の話によると、モデルとしてスカウトされた経験まであるらしい。
 だが、生まれてこのかた、ずっと一緒に暮らしているわけで、恋愛感情はおろか、一ミリも可愛いなどと思ったことはなかった。
「……で、相談て何?」
 ベッドに腰かけ、シャードーナツを頬張りながら、彩乃は顔を向ける。
「……実はな……」
 僕はゲーム部に入部したいきさつをかいつまんで説明した。パンティー云々の話題は、もちろん伏せて、である。
「ふ~ん。つまり、お兄ちゃんの代わりに、私がお父さんを説得すればいいってわけね?」
 物分かりの良い妹でホント助かる。暗算検定旭川三十三位も

ではない。
「ありがとう。恩にきるよ」
 妹に対して、我ながら殊勝な態度ではあるが、それくらい媚を売らないと動かないことを知っている。
「ところで報酬の件だけど……」
 やっぱりそう来たか!
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