青空

文字数 1,395文字

 目が、覚めました。
 それは朝のあたたかい日差しを浴びて、伸びをしながら目を覚ますという気持ちのいいものではありませんでした。
 それは、突然やってきたのです。
 時刻は確かに朝でした。私はベッドから起きると、いつもの習慣でベランダに出てタバコを吸いました。ベランダのすぐ前は大通り。朝から車が走っています。道路の向こう側には無機質なマンションの棟が並んでいます。その上に、真っ青な空が一面に広がっていたのです。
 そうです。無機質な道路やビルの上には、真っ青な空が広がっていたのです。
 それを見て、最初に感じたのは違和感でした。なぜ、私はこんなところにいるのだろうか、という違和感です。青空の原始的な自然に比べて、なんとも張りぼてのような人間の生活様式。なんとも安っぽい建造物。すべてが青空に比べて醜く感じてしまったのです。
 私は、タバコを胸一杯に吸い込みました。
 そして、目が覚めたのです。私の居場所はここではない、と。
 野生の人間とでもいうのでしょうか。私はとにかく帰りたくなったのです。タバコの灰が、足元に落ちました。煙はぐんぐんと空に昇っていきます。私も空に昇りたくて仕方ありませんでした。でも、人間にはそんなことできません。
 目が覚めても、私はなにもできないのです。いつも通りに時間だけが失われていくのです。
 そう思うと私には、なにもありませんでした。
 ただ、過ぎていく時間を眺めることしかできないのです。
 こんな苦しみがほかにあるのでしょうか? こんなに悲しいことがほかにあるのでしょうか?
 もう、私には生きていく自信がありません。
 それでも生きることに望みを捨てるなと、一体だれが言い出したのでしょう。
 私は、きっとそんな人間がこの世界を醜くしたのだと確信しています。
 愛とか、夢とか、キレイごとばっかり。
 そのせいで、私の頭は狂ってしまったのです。
 精神が壊れている人間に、これ以上どうしろと? 努力しても肩書きしか見ない社会では、仕事すら見つからない。お金がないと動物以下の扱いをうけ、食べるモノすらろくにない。悪循環に、底はない。出口もない。光は届かない。
 いや、もういいんだ。頑張ったよ。うん、でも、頑張らなかったら、よかったなあ。
 最近、毎日死にたくて仕方なかった。でも、やっと答えが分かったんだ。
 ここは、私のいる場所ではなかった。
 こんなに空が青いのに、私の心は一生晴れないだろう。
 こんなに空が青いのに、私には一生届かないのだろう。
 お願いです。どうかお願いです。
 私を殺してくれませんか?
 私を死なせてくれませんか?
 病気でも事故でもなんでも構いません。
 こんなにも空が青いのに、私の頭は狂ってしまうのです。
 目なんて、開けなければよかったんだ。
 だから、お願いです。あの世で一人ぼっちにしてください。光のない世界に私を連れて行ってください。もう嫌なのです。もう限界なのです。空が青いと、ますます私は惨めになるのです。あの世が今以上に苦しくても構いません。だってそうじゃありませんか。どうせ苦しむのなら、空が見えない方がいいに決まっている。
 タバコの火を指先に感じる。
 あと、もう少しだ。
 あともう少しで、私は帰れるんだ。
 真っ青な空、いつか、煙のように黒く染めてやるから、それまで待っておけ。
 一緒に、狂った世界をつくっていくんだ。
 タバコの火が消えていった。
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