親友のミーナ2

エピソード文字数 2,811文字

 ふわあっと、頭に被せられていた薄掛け外される。

「内緒の話はお終い」

 ミーナはニコリと笑ったあと、急に目に大粒の涙を浮かび上がらせた。

「え~ん、エステルぅ~。会いたかった。本当に会いたかったよぉ~」

 ミーナはエステルを抱きしめた。エステルもミーナを抱きしめ返す。

「私もだよ~。ミーナがいないこの一ヶ月、本当に寂しかったんだから~。後宮にいるなんて、知らなかったし、誰も教えてくれなかったんだよ~」
「え? 教えられてないの!?」
「うん……」

 ミーナは、くそおおおと拳を振り上げた。

「あんの、バカ兄貴!! エステルにはちゃんと手紙を渡してねって頼んだのに!!」
「え?」

 ミーナの説明はこうだった。

 ミーナは服飾の大店の娘だが、第二夫人の娘だ。第一夫人に子供はなく、他に兄弟といえば第三夫人の産んだ兄だけだ。商才はミーナの方があったが、男であるので兄が跡取りに決まっていた。その兄が、商売で大損をしたのだ。
 すぐに大金が必要だったため、ミーナが後宮に入る支度金で返済することになった。要はミーナも後宮に売られたのだ。でもミーナはこのまま家にいても、家を継ぐのは兄だし、変なところに嫁がされるよりも後宮の方がまだましだと考えていたため了承した。
 返済日は迫っていたために、エステルに連絡も取れないまま後宮入りしたが、エステルへ事情を説明した別れの手紙は、兄に渡したのだそうだ。その手紙はエステルには届いていないどころか、ミーナの行き先を店の従業員に尋ねても教えてもらえず、追い返されただけだ。

「なんで教えてもらえなかったのかな?」
「それもやっぱり兄貴のせいよ」

 エステルは知らなかったが、ミーナの兄は、よりにもよってモルデカイに「エステルを妾にもらってやる」と言ったそうだ。エステルを溺愛するモルデカイは、ミーナの兄をコテンパンにしたことがあるらしい。多分、それを根に持ったバカ兄貴は、この機会に仕返しをしたのだろうとミーナは言った。

「もしかしたらミーナに嫌われちゃったのかもって思ったけど、そうでなくて安心した」
「エステル!! 私がエステルを嫌いになるなんてことは絶対にないからね! 信じて!!」
「ミーナ! 私も、ミーナ大好きだよ!」

 再び二人は抱きしめあった。

「それにしてもミーナも、いろいろと大変だったんだね……」
「まあね。あのバカ兄貴のせいでね」

 ミーナはひょいと肩をすくめる。

「でも街じゃ私の方がどんなに金儲けをうまくても、跡取りのバカ兄貴を超えると怒られけれど、ここでなら私が商売しても誰もとがめないわ!」

 服飾の大店の娘として、店の裏方を任されていたミーナの瞳がキラーンと輝く。

「後宮で商売なんてできるの?」
「できるのよ! 後宮も人間が暮らしているところだもの。何にだってお金が動くわ。その中でも一番動かす金額が大きそうなのは王妃の金庫番ね」
「へえ、金庫番かあ。きっとミーナならなれるよ」

 エステルは本気でミーナを応援した。店の裏方とは言っても、仕入れから接客、棚卸まで全てをやってきたミーナを見ている。さっきの王の話では、王妃が決まるのはいつになることやらとは思うが、ミーナなら誰よりも上手に王妃の金庫番をできるだろう。

 ミーナは両手で、ギュッとエステルの手を握った。

「エステルが王宮に来たのは、天の助けだわ!」
「私?」
「そうよ。エステルなら王妃になれるわ」
「えええ!! 無理、無理、無理!」
「いいえ。なれる!」
「なれないってば~。というか、なりたくない~」
「王様が本当にアッチの趣味があるのでもない限り、絶対にエステルに目を留めるに違いないもの! いきなり王妃は無理でも、妃になるようお召しがあったら、私を侍女にして『妃の館』に連れて行ってね!」
「?」
「そうよ。妃の館に行くのは妃だけじゃないもの、王の女が妃の侍女として妃の館に行くこともできるわ!!」
「???」

 エステルの様子を見て、ミーナは「ああ」と手を打った。

「そっか、エステルは職人の家だから、後宮の中のことは全然知らないのよね」
「うん」
「じゃあ、ざっと教えるわね」
「ありがとう!」

 王宮に上がった女は、まず教育のために準備の館に入る事はさっきエステルも聞いた。その準備の館を出るにはいくつか方法がある。ひとつ目は、王のお召しを受けて『妃の館』に部屋を移すこと。二つ目は、『妃の館』に部屋を移す者の専属侍女としてついていく者。最後に、ある程度の年齢になり王のお召しの可能性のかくなった者は、専属でない普通の侍女となるか下働きになる。とはいっても、下働きは軽い罪を犯した者や、二目と見ることができないような容姿や傷跡のある者がいるらしく、下働きを希望する女はほとんどいないそうだ。
 妃の館にも階級がある。
 まず王妃。これは王の気持ちだけで決められるものではないが、後宮の中で一番位が高い妃だ。次いで側妃。王の子を産んだり、特別な寵愛を受けたりする妃の事だ。それ以外でも、一度でも王のお召しを受けた者を妃と呼ぶ。そして準備の館にいる女は、みな王の女と呼ぶことになっている。

「なんか……、頭がこんがらがってきた」
「初めて聞く話だから、仕方ないわよ」

 ミーナは、ふふっと優しく笑った。

「そうそう。でも普段は目立たないようにしていた方がいいわ」
「うん」

 もともと目立つつもりなどないエステルは、軽く返事をした。その返事を聞いたミーナは、片眉をピクリと持ち上げる。

「エステル。あなた、自分から目立つことをして後宮狩りに捕まったのを忘れたの⁉ いつも変な正義感で突っ走って、目立つことばかりしているじゃないの!!」
「はい。そうでした、ごめんなさい」
「まったく! 無自覚なんだから!! 少しは自重しないと、ここでは大変なことになっちゃうんだからね!!」
「は~い」

 まだ信じられないというように、ミーナは半目でエステルを睨む。

「それとエステルは後宮狩りで連れてこられたんだから、自分から言わない限り身元が分からないでしょ? だからユダヤ人だってことは言わない方がいいわよ」
「え! どうして!?」

 ユダヤ人を奴隷にしたバビロンを滅ぼしたこの国、ペルシア帝国の初代王・キュロス大王は、ユダヤ人を奴隷の身分から解放し市民の身分を与えてくれている。それから王は五人も代替わりしたが、ユダヤ人は市民のままだ。
 しかしそれは街での話。後宮は王宮の一部だから、少しユダヤ人に対しての見方が違うのだという。ユダヤ人の預言者は、王の施政の批判を街頭ですることがある。だからユダヤ人は反乱の種だと王宮の人は警戒しているとのことだった。
 しぶしぶエステルはユダヤ人であることを隠すことに同意した。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック