第7話 内部告発者――芝 虹太 1

文字数 7,825文字

  五月十七日 午後四時
 真横から西日を浴びる北高校屋上。緑色のゴムを敷いた床に、長い影がのびる。
 一人の男子高校生が金網に寄りかかって座っていた。名前は芝虹太(しば こうた)。痩せ型で、少し肩をすくめているような微妙な猫背だ。
 タブレットの画面に陽が入らないよう、太陽に背中を向けて、一心に文字を入力している。時々ちらり、と金網ごしに街を見おろし、一般市民の避難が進む橋梁のほうを眺めていた。
 この島には、みどり大橋とガーデン大橋、本土とつながる二つの橋がかかっている。今、北高校の五階の屋上から彼に見えているのは島の北側にかかっているみどり大橋だった。
 橋の前には、車両と歩行者が、それぞれ長い列をつくっていた。橋梁では検問が張られて通り過ぎる人々を一人一人チェックしている。検問の周辺には、拳銃とライフルで武装した少年少女たちの姿が見えた。検問、それは非常時にプラチナベビーズを本土へ逃がさないための砦なのだ。この島は彼らを閉じこめる檻なのだ。
「特殊武装班の人数が足りねえな。向こうの橋に行ってんのかな」
 男子高校生はつぶやいて、またタブレットで文字を打つ。ふいに下のほうから怒号が聞こえて、みどり大橋に視線を戻した。
 スクエアフレームの眼鏡の位置を直す。橋の前は騒然としていた。武装した少年たちが、一人の少年をとりかこんでいるのが見えた。ベージュのブレザーは南高校の制服だ。明るい色の短髪。写真で見たことのある少年だった。監視対象者。プラチナベビーズだ。
「そりゃ、混乱するわ。事前の本人への告知って必要だよな」
 プラチナベビーズの少年がうろたえて何か叫んでいるのが見えた。ある日突然、自分が他の人間とは違う、と知らされるのはどんな気持ちだろう。虹太は同情とも自嘲ともとれる笑みをもらした。
 北高校のチャコールグレーの詰襟はすでに脱ぎ捨てて、制服のズボンの上には赤いパーカーを着ている。防寒用に部活用ロッカーにつっこんでおいたものだ。
 虹太はタブレットをホーム画面に戻し、時刻を確認した。
「そろそろサイトの更新をしないとな」
 先ほど文章を書いていたノートアプリを立ちあげなおした。ふと視界の端に動くものの気配を感じて、虹太は顔を上げた。
(ここには誰もいないはずなのに)
 一般人はみな本土へ避難に向かっている。今この島に残っているのは、監視組織の関係者とそれを監督するトゥエルブ・ファクトリーズの社員たち、そして五名のプラチナベビーズだけのはずだ。
(もちろん、俺みたいな例外はいるけど)
 ゆっくり頭をめぐらせて、点検するように屋上をひとまわりりながめた。
 居た。その人物は、東側の突き当たりの金網の前に立っていた。白のセーラー服、四角い襟とスカートはチャコールグレー。たなびくスカーフは空にとけそうな淡い水色。北高の女子の制服だ。
 内股のポーズをきめて小首をかしげている。片腕をいっぱいに伸ばして、タブレットを高い位置に持ち上げ、見下ろすように自分に向けていた。
「みなさん、こんにちはー! リルハは今、ハーバーガーデンの北高屋上にいまーす。今から……」
 脳天から出すような甲高い声でしゃべり始めた。
「あんた、こんな時に何やってんの」
 思わず声が出た。
「しっ」
 邪魔、と言いたげに彼女が威圧の声を出す。顔は相変わらずタブレットに向かって、雑誌のカバーガールのような笑顔をしたままだ。
(俺は犬かなんかかよ)
 虹太はむっとして黙りこむ。
「……もう、なんで邪魔するの? 動画撮ってんのわかるでしょ?」
 彼女はタブレットを下ろすと、苛立った口調で近づいてきた。同学年で見覚えのある女生徒だった。
 一度見たら、なかなか忘れられない外見だ。スタイルの良さもさることながら、全体の印象が群を抜いて垢抜けている。今日は、アッシュブラウンに染めた髪を耳の下でゆるく二つに結んでいた。毛先は綺麗に一つにまとまって、ふんわりと胸の上で内巻きになっている。潤んだ瞳を縁取るのは、あきらかに手を加えているであろう長くて分厚い睫。すべて計算されつくして、見事に「カワイイ私」を演出している。スカートの短さも、ハイソックスの長さも完璧だ。
「こんな所で動画なんか撮ってどうするんだよ。っていうか、あんたはなんで避難してないんだよ」
 女生徒は濡れたように光る唇を、つん、と尖らせた。
「だって、こんなのおかしいから。津波の危険? 北マリアナ諸島沖でマグニチュード7を超える地震? そんなのガセでしょ? ネットで調べたらすぐわかるもん」
「そうだよ。嘘だよ。でも、それはここの島民の符牒なんだよ。津波の危険があるって言われたら、問答無用で非難するの」
「符牒?」
「あんた、親からなんもきいてないの?」
 そこまで話した時だった。ドオン、という爆音に校舎が揺れた。二人は同時に飛び上がってあたりを見回した。爆発音の発信源は屋上の南側だ。トゥエルブ・ファクトリーズの研究棟、研究者の宿泊棟そして監視施設、三つの建物が上空から見てアルファベットのYの字を描くように配置された場所だった。
 一つの建物の四階から、外壁の破片がこぼれ落ちるのが見えた。外側に捻じ曲がった鉄筋がふちどる外壁の穴から、空中にぱらぱら散っているのは何かの書類だろうか。
 虹太は、ひゅうっと口笛を鳴らした。
「太一さんも派手なことすんなー。つうか、あれ、味方の施設じゃないの? ……内部分裂か、それとも……」
 へなへな、と隣の女生徒が膝をついた。
「なんなの? 今のなんなの?」
 わああっと地上で群集の声が響いた。今の轟音で、橋梁に並んでいた一般人にパニックが起こったのだ。もう検問などそっちのけで、一斉に橋を渡りだした。橋脚から斜めに渡された橋を支えるワイヤーが、大きく揺れるのが見てとれた。
 特殊武装班少年たちの怒号。威嚇の声が響く。
「あれって、五組の今井じゃないの? なんで銃なんか持ってんの? あいつら、何やってんの?」
 女生徒の声が不安をはらんでうわずっていく。虹太は何度目かのため息をついた。
「今さらそんなこと訊く奴がさ、この島に居残ってちゃダメなんだよ……」

 虹太は、食堂のテーブルに紙コップを二つ置いた。一つはコーヒー。一つはミルクココアだ。誰も居ない食堂は、晩春にもかかわらずひどく寒く感じられた。窓の外の風景は少しずつ藍色の濃度を上げていく。
 女生徒は机に突っ伏していた。虹太は彼女の斜め前に座って、頬づえをついた。
「じゃ、順番に情報開示ね。俺は二年四組の芝虹太。はい」
 女生徒はぴくっと顔を上げた。
「あ、名前知ってる。特進科じゃないのに一年最後の実力テストで十位内に入った人でしょ?」
 意外な反応だった。自分に興味を持っている人間なんていないと思いこんでいた。
 ふーん、君がそうなのかぁ、とつぶやいて、女生徒は紙コップに手を伸ばした。
「ありがと。……私は皆月璃瑠羽(みなつき りるは)。リルハって呼んでいいよ。二組だけど、今はあんまり学校には来てないから。本当は通信教育課程にコース変更しようと思ってたんだ」
「で? なんでここに残ってんの?」
「動画でレポートしようと思って」
「レポート?」
「この島はなんかおかしいって、前から思ってたから。今だって『津波の危険』って嘘の情報でみんなを避難させて……。本当は何が起こるのか確かめたいって思ったから。それを動画で撮ってネットに載せたら、話題になって、みんなが私のことを知ってくれるかもしれないって思ったから」
「つまり、目立ちたかったの?」
「うーん。純粋に興味もあるし、できたら注目されたいし。両方かな」
 リルハは、てへっ、といわんばかりの仕草で上目遣いに虹太を見た。虹太は相変わらず、無表情に眼鏡の奥から彼女をみつめる。媚びても反応がないと悟ったのか、リルハはもとの落ちこんだ顔つきに戻った。
「……はいはい、浅はかでした。反省してます。だから、今度はシバっちゃんの番でしょ? 今何が起きてるのか教えてよ」
虹太はコーヒーが気管に入りかけて、咳きこんだ。
「……シバっちゃんって」
「いや? じゃ、コウタくん? コウちゃん?」
 あわててパーカーの袖で口元を拭う。
「いやいや、シバっちゃんでいいよ」
 親戚のおばちゃんかよ、と虹太は内心つぶやいた。何度か咳払いをして落ち着くと、虹太は話し出した。
 まず、手短にプラチナベビーズの誕生について説明した。
「プラチナベビーズは、僕達とは違う遺伝子を持っているらしい。彼らを人間と認定するかどうか、日本政府は判断を留保した。それを受けて、国際弁護士の霜月耕一はプラチナベビーズの人権擁護団体をたちあげた。この島を作って、プラチナベビーズの行動観察実験を行い、彼らが他の人間と変わらないことを証明しようと試みたんだ」
「霜月さんていう人が、この島をつくったの?」
「霜月耕一の一人息子、類(るい)はプラチナベビーズの一人なんだ。霜月氏は、実験動物のように研究室に囚われている息子が可哀想で仕方なかったんだろう。他の子供たちと同じように、教育を受ける権利と自由な人生を与えたかったんだろうな。プラチナベビーズの人権擁護団体は、他の賛同者やスポンサーを募ってこの計画を進めていった。しかしまあ、こんな大掛かりな実験だ。資金は大幅に足りないままだった。そこで……どういうツテがあったのかはわからないけど、大口のスポンサーとしてトゥエルブ・ファクトリーズが名乗りを上げた」
「トゥエルブ・ファクトリーズって?」
「うん。トゥエルブ・ファクトリーズは、もともとは合衆国の鉄鋼、機械工業の十二社の工場が連合して作った会社らしいけど、今や世界的規模の多国籍企業に成長している。彼らがこの実験に資金援助して、この島がつくられた。君たち一般市民は、ここに住んで実験に参加するかわりに、住居費や進学費に多大な援助を得られる仕組みになっている。高校生以下の子供たちは、学校でプラチナベビーズに直に接触する可能性があるから、この実験について情報を与えるのは禁止されている。だから、君がなんにも知らないのは、ある意味、君のご両親がその誓約事項を忠実に守った証明、ということになる。で、さっきの避難勧告。あれは、プラチナベビーズがなんらかの方法で逃亡、もしくは一般市民に対する侵略を行った場合、制圧のため一時的に一般市民をこの島から非難させるための、嘘の『津波情報』ってこと。ここまではオッケー?」
リルハは眉間に皺を寄せたまま、こくこく、とうなずいた。
「ここには、プラチナベビーズを監視するためのいろんな仕掛けがある。島内にはところどころに監視カメラが設置されているし、プラチナベビーズの身の回りには『監視者』が配置されていて、彼らの家族や友人のフリをしながら、彼らの思考、行動パターンを記録することになっている」
「ていうことは、この学校にもプラチナベビーズはいるの?」
「三年生にいる。例の霜月類だ」
 リルハは考えこむように首をかしげた。そして、長い睫にふちどられた大きな目をさらに見開いて虹太を見る。
「シバっちゃんは、なんでそんなに裏事情に詳しいの?」
 虹太は吸いこまれるようにその目を見た。つやつやと濡れた紅茶色の虹彩に、自分の姿が映っているのが見えた。
「俺? 俺も監視者だったから。今はもう、クビになったけどね」
「クビ?」
「契約を解除された。でも守秘契約は残ったから、全て終わるまで自由にはなれない」
「じゃあ、シバっちゃんは、この学校で霜月類を監視してたの?」
「まあ、そうなるけど、直接ではないよ。友人のフリをして近づくのはヒューミント班。俺はシギント班のテック(技術者)だったから。監視カメラだとか盗聴システムだとか、この学校に配置されたそういう機器がちょっとした不具合を起こしたときに、さりげなく調整やメンテナンスするのが仕事だったんだよ」
 リルハが急に眉をひそめて、非難がましい目をむけた。
「盗聴、盗撮魔だったんだ」
 虹太は、ふ、と笑って腕を組んだ。背もたれに寄りかかる。
「ずいぶん悪意のある解釈だな。まあ、そんなおかしなところには設置してないよ。そもそも、監視対象が男子なんだし」
「監視者の子は、私たち学生の中から選ばれてたの?」
「違うな。もともと島外で秘密裏に募集やスカウトがかけられて、研修を積んでから、ここへ配置される。寮があるだろ。あそこの寮生はほとんど『監視者』だからね」
 リルハは内容を咀嚼するように、難しい顔をしてしばらく黙っていた。
 やがて、はあああ、と大きく息を吐く。
「そんなことになってたんだ。知らないって怖いなー」
「そう。さっきあんた、レポートする、とか言ってたけど、あんな動画アップするなんて不可能だからな」
「なんで?」
「ここでは、インターネットに接続する前にプロキシを介している。普通は外から不正アクセスかけられないようにプロキシを使うんだけど、ここではどちらかというと、内部から情報が漏れないように網を張ってるんだ。あんたのタブレットから送信された情報も、中身を精査されてはじかれる」
 リルハは、ぎょっとした顔つきになる。
「じゃ、普段のメールの中身も全部誰かに見られてるの?」
「いやいや、そんなことはないよ。SNSやメッセージアプリなんかも入れたら、どんだけの文字情報が飛び交ってると思ってるの? いちいち人がチェックするなんて無理だからね。キーワードになるような単語で、危険な内容をひっかけるんだよ」
「ふーん。じゃあ、さっき屋上でシバっちゃんが打ってたのはメール? あれは平気なの?」
 虹太の頬がぴくり、と引きつった。見られていたのか。
「ああ……あれ。いや、あれは別に」
 思わず口ごもった。その様子にリルハが、テーブルに乗り出して顔を近づけてくる。餌を投げられた鯉のようだ。興味しんしん、とその顔に書いてある
「情報開示、でしょ」
「いや、今は関係ないことだし」
「ええ~。じゃ、彼女? 島外の彼女? 遠恋? 会いに行けないの? なにそれせつない!」
 たたみかけてくる。わざとらしい煽りに、虹太はもう一度やれやれとため息をついた。
「小説をね。書いてるの」
 リルハは、ぽかん、と口を開けた。想像もしていなかった答えだろう。
「ほら、そういうリアクションだろ」
 だから言いたくなかった、と虹太は眼鏡の奥からにらんで見せる。
「小説?」
「携帯小説の投稿サイトに連載してるの」
「連載? すごいね」
「別にすごくねぇよ。登録したら誰でもできるんだから」
「何書いてるの?」
「今は恋愛モノがメインだけど、コメディも。ああ、でも人気あるのはコメディほうかな。……恋愛のほうは難しいね。『展開が平凡だ』ってコメントついたし。正直、ものすごくへこんだし。まあ、こっちはわかってくれる人だけ、わかってくれたらいいかな」
「コメント?」
「感想とかレビューを他の人が書きこめるんだよ」
「どんな題名なの?」
「笑顔の君と」
 次の瞬間、リルハが盛大にココアを噴き出した。
 虹太は呆然となった。とりあえず、飛沫の飛んだ眼鏡を外して拭く。
「お、お前……面と向かって噴くとか、すげえ失礼だろ」
「いや……いやいや、いい題名だと思うけど、面と向かって言われたから噴くんだよ」
「じゃ、言わせるなよ!」
 漏れる笑いを必死にこらえているリルハ。
 急に恥ずかしさがこみ上げて、虹太は乱暴に席を立った。紙コップを持って席を立ち、等間隔で並んだ椅子の間を早足で歩き出す。
「ごめんね~。シバっちゃん、ごめんて~」
 リルハの声が背後から追いすがってくる。うろたえぶりが目に浮かんで、虹太は仕方なく少しだけ歩調をゆるめた。
 廊下に出ると外はすっかり暗くなっていて、並んだ窓が鏡面のように内部の明りを映していた。そこに映るのは、赤いパーカーの少年とセーラー服の少女。
 虹太は窓に額を寄せ、自分の影を透かして外の様子を見た。
「さ、もう避難しろ。そろそろさっきのパニックも落ち着いた頃だろ」
「もう暗いよ」
 虹太は、橋梁の近くまでリルハを送ってやるつもりで校舎を出た。あとからリルハがついてくる。渡り廊下を外れて、校庭をよこぎる。夜風はふわりと花の香りがした。
「シバっちゃんはどうするの?」
「俺は寮生だけど、寮には戻らないよ。特殊武装班の連中に拘束されんのもいやだし。自由に動きたいしね」
「特殊武装班って?」
「ああ、さっき銃を持ってた奴いただろ? 監視者の中でも、いざという時、プラチナベビーズを制圧するために武装してる連中だよ」
「シバっちゃんの仲間じゃないの?」
「だから、俺はもうクビになったんだって」
 花時計のようにぐるりとマリーゴールドが植わった花壇の脇を通り、モザイクタイルのアプローチを歩く。
 校門の鉄扉を開いて、先にリルハを通らせた。みどり大橋まではまっすぐ進んで五分もかからない。二車線のメインストリートを歩く。普段はすがすがしいケヤキの高い梢が、今は街灯をさえぎり闇を濃くしていた。
「今、俺が話したこと、橋渡ったら全部忘れるんだぞ」
 リルハが、はっとして虹太のほうを振り返った。
「あんたは、関係ないままでいたほうがいい」
 リルハはこくり、と小さくうなずく。
「ありがと。本土に着いたら、シバっちゃんの小説読むよ」
「いいよ、別に」
 ぶっきらぼうな言い方になった。あ、まだ怒ってる、と笑い出したリルハが、みどり大橋の袂へ向かって走りだした。
 そこは不気味なほど静かだった。先ほどの混雑が嘘のように人影が消えていた。街灯が橋の前を白々と照らし、何かのステージのように見えた。ナイター照明に照らされるスポーツ選手のように、前を走るリルハの影が三つになった。
「待てよ!」
 虹太は違和感を感じた。警備する人間が一人もいない。
 電子音が鳴った。今まで聴いたことのない警戒音だ。音源を捜しながら、リルハの後を追って駆けだした。
 虹太が一、二歩踏み出したとき、警戒音は二つになった。ぎくり、と立ち止まる。二つ目の音源はすぐわかった。尻のポケットに入れた虹太のタブレットだ。
「バカ、戻れ!」
 びくっ、とリルハが立ち止まった瞬間。次に彼女が立っているはずだった場所の道路の舗装が、粉々に砕け散った。
 ひっ、と言葉にならない声を上げて、リルハが後ろへ飛び退く。その腕をつかんだ虹太が、さらに後ろへと引きよせた。とっさに振りかえって見回すが、暗くて射撃元はわからない。こうして見渡してみると、道路を挟んで高木と立体駐車場の高い塀に囲まれているこの場所は、どこから狙撃されてもおかしくない気がした。気がつくと、タブレットの警戒音はすでに鳴り止んでいた。追撃はないようだ。ほっとして、リルハの腕をつかんだ右手をゆるめた。
「怪我してないか?」
 リルハはうつむいて、つかまれていた右腕の肘上をさすっている。
「あ、ごめん。痛かった?」
 そっと顔をうかがうと、リルハは声も出せずに泣いているのだった。
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