春柳の月十二日 曇り時々雨

文字数 1,263文字

今日は、これまでのことを整理しなおして書こうと思う。
俺に転生前の記憶が蘇ったのは五年前、十歳の時だった。
シシルス王国に生を受ける前、俺は日本人でサラリーマンで三十二歳の独身男性だった。
最後の記憶は雨と少女とトラックだ。
記憶にかなり欠損はあるが、時々フラッシュバックのように断片を思い出す。
仕事のこと、家族のこと、学生時代のこと、思い出す内容はサイコロで決めたように規則性がない。
最初のころは、今の自分が知らない人間にじわじわと塗り替えられていくようで恐ろしかった。
だが、だんだんその記憶が積み重なっていくにつれ、それもあまり気にならなくなった。
どちらも自分の人生なのだと思えるようになった。
この世界では、異世界から転生してくる人間は時々いるらしい。
大精霊の加護とか魔導風水とか二つの月の満ち欠けとかあれこれが関係するらしく、同じ土地には同じ異世界からの転生が多いという。
実際、ここシシルス王国にも記録に残っているだけでも過去三百年で二十人、日本人が転生しているらしい。
俺は二十一人目だ。
……そう主張したのだが、誰にも聞いてもらえなかった。
いわく、転生者は遅くとも三歳までに覚醒する。
いわく、転生者は例外なく特別な才能(スキル)を持っている。
いわく、日本語はすでにこの国の学問の一つとして定着しており、日本語を読み書きできるだけでは転生者の証拠とは言えない。
……俺が十歳で日本語を独学で学んだとでもいうのか。
ともあれ俺は『転生日本人にあこがれるイタい少年』とご近所様に烙印を押されてしまった。
たしかに俺に特別な才能(スキル)はない。
剣も魔法も同い年の子供の中ではマシだが、トップレベルには及ばない。
そう、この世界にとって俺は特別ではないのだ。
おいおいおいおい!
だったらなんで異世界転生なんてしたんだよ!
特別じゃないなら前世の記憶なんて持ってる必要ないじゃないか!
誰だよ、こんな中途半端な仕事しやがったのは!
お前か! 神!!
……いや、神なんて見たことないが。
せめて知識無双くらいしてやれないかとも考えたんだが、しがないサラリーマンにそんなことができるはずもなかった。
そもそも二十人も日本人が転生済みなのだ。
俺の知っていそうな雑学レベルの知識なんてすでに網羅されている。
ちなみに大学の卒論は日本の自家用車の名前の民族的見地からの考察だ。
このシシルス王国の――中世ヨーロッパ風のファンタジー世界で何の役に立つというのか。
そんなわけで俺は、八つ当たりかもしれない神への呪いを胸に、この五年間を生きてきた。
この世界ではまだそれなりに貴重品である紙を、自分の小遣いで買えるようになってからは、とりとめのない前世の記憶をこうして日記に綴ったりしているが、これだって両親からすればただの妄想小説だろう。
しかし。
しかしだ。
そんな俺にも日の当たるときが来た。
明日、王立魔法学院の入学試験を受けることができるのだ。
試験には面接も含まれる。
その時、聞いてみるのだ。
俺が日本人の転生だということを証明する方法を。
きっと明日はいい日になる。
いや、明日からはずっといい日になる。
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