第101話 善意の第三者 終 ~責任の取り方~ Aパート
文字数 5,050文字
曇天の中でした三人でのお昼。時間間際まで話し込んでいたと言う事もあって、教室に戻って来た時、特に声を掛けられたりとか、例の2グループから何かを言われたり、囲まれたりと言うような事は無かった。
ただ私の方を見た咲夜さんの目が赤かったのを、実祝さんが下唇を噛みながら心配そうに見ているのが目に入る。
そしてその様子を、蒼ちゃんが無表情で見ていた。
一方で私の方もこの後、午後の授業が終われば統括会がある。その時までには優希君が口にしてくれていなかった雪野さんとの口付けの事も含めて、私自身がどういう顔で統括会に挑むかを考えないといけない。
更に優珠希ちゃんから涙ながらにお願いされたと言う事もあって、優希君と雪野さんの二人から逃げることも出来ない。
だからその二人とも、どうやって向き合うのか、自分の心にどう折り合いをつけて付き合うのかも考えないといけない。そうしないと、どう考えても今日の統括会は荒れるし、最悪は何も決まらないまま、まとまらないまま雪野さんの交渉、終業式を迎える事になりかねない。
そうなってしまうと雪野さんの件はおろか、最悪私たちの統括会としてのチーム自体が崩壊しかねない。
そんな気持ちを胸に、咲夜さんに声を掛けられないま午後の授業が始まる。
午後の授業が終わった終礼までの時間、蒼ちゃんの方から私の方へ来て、
「今日は戸塚君の所に行かないといけないから先に言っておくけど、くれぐれも答えを急いだら駄目だよ。ちゃんと空木君の話も聞いて愛ちゃんの気持ちも“素直に”伝えてから。だからね」
私に釘を刺しにかかる。
「それは分かったけれど、優希君が私と話をしたくないと思ってしまってたら、もうどうしようもないよ」
今までは私に対して熱のこもった視線を向けてくれていたのに、今朝の私から逸らされた視線。抵抗なく私の手を離してしまった優希君……極めつけは、口づけの事を隠されていたとしても優希君の事を信じたいのに、信じられる、拠り所となるものが何もない。
こんな状況の中でただ信じ続けられるほど私は強くはない。
「それは絶対に大丈夫。空木君の気持ちは変わってないよ」
その上、来週には咲夜さんが色仕掛をしてまで優希君に告白させられると言う。
今の状況でそんな色仕掛けまでされたら……
「……」
でもその事は、今の咲夜さんに対する蒼ちゃんの態度を見ていると、とてもじゃ無いけれど言えない。
「どうしても不安なら蒼依も横で聞いてようか?」
「……ううん。大丈夫。ちゃんと話をしてみるよ。蒼ちゃんも戸塚君の所に行くんだよね」
本当は隣で、私の手の届く範囲に蒼ちゃんにいて欲しい。だけれど、もういい年している私が、自分の恋愛に親友を巻き込むのもさすがにおかしいと思い直す。
「愛ちゃんがすごく辛くて悲しい気持ちは分かるけど、空木君の前でだけは絶対に意地を張っちゃダメだよ」
そんな私にいつもの“しょうがないなぁ”の視線を向けてから、いつの間にか咲夜さんグループに囲まれている咲夜さんを
「……」
表情を消して一瞥してから自分の席へと戻って行くのを私と
「……」
実祝さんまでもが残念そうに見ていた。
「悪い。遅くなった。それじゃあ終礼を始めるぞー」
私の弱々しい笑顔でも役に立ったのか、それとも大人になったら自然と切り替えが出来るようになるものなのかな。
朝の雰囲気を全く感じさせることなく
「……」
私の方を一目見て終礼が始まる。
「テスト前にも言った通り、この夏休みに進学講座を実施するから、受講するものは来週の月曜日までだからなー忘れずに言いに来いよー」
先生のいつもの間延びした連絡事項で、今週は色々な事があり過ぎて先生に進学講座を受講することを言いそびれている事に気付く。
「そしたら、来週の3日間で初学期は終わりだからなー。後、岡本ー今日の統括会忘れるなよー」
朝の事、保健室での事なんてなかったかのように、私に今日の統括会の連絡をしてくれる先生。今朝の教室に戻って来た時の雰囲気を考えても、本当に先生がうまく言ってくれたと分かる。
本当に今までの先生は何だったのか、それ以外はなんてことの無い連絡事項で終礼が終わる。
結局は今日の穂高先生からの聞き取りの結果や、昨日私の足を蹴った女子生徒がどういう扱いになったのか。
今日学校に来ているところを見ていると、停学とかではなさそうだけれど、朝の殺気立った様子を見る限り、何もないと言う事もまた、無さそうだ。
「……」
そう思っていたのだけれど、やっぱり心のどこかで私の事を気にかけてくれていたのか私の方を心配そうに見てくれたから、
「……」
私も先生に少しでも安心してもらえるようにって、小さく笑みを作るのを咲夜さんが安心した表情と“悪い笑み”の両方を浮かべながらこっちを見て来る。
ただ、この前先生に注意されたからか例の2グループは直接言葉にはせずに、まだ
何かを企んでいるのか私と先生を、いやらしい表情を浮かべて交互に見て来る。
一方私の方はこれからが本番と言う事もあって、先生から返って来た優しげな視線を受けた時点で、他の事はそれ以上気にする事なく、部活棟三階にある役員室へと足を運ぶ。
ただ最後まで冷静でいられる自信が無かった私は、目元とお化粧対策として途中洗面所に寄って、湿ったタオルを二枚用意してから役員室のドアを叩く。
「あれ? 彩風さんは?」
私が役員室の中に足を踏み入れた時、疲れた表情の倉本君だけが先に来ていた。
「ああ。岡本さんと二人で話したくて、先に来て待ってた」
倉本君の口ぶりからして、本当に彩風さんの事を見てもいないのかって思ってしまう。
「私と二人で話したいって、倉本君が自分で言っていた通り同じチームの仲間なんじゃないの?」
私はいつもの自分の場所にカバンを置くと、
「岡本さん何かあったのか? ひょっとして空木の奴が岡本さんを泣かせたのか?」
それは知ってか知らずか、ワザワザ私の近くまで来て顔を覗き込む倉本君。
「ちょっと倉本君。顔、近いって」
だけれど色々な事を彩風さんから聞いていて、折れそうになっている彩風さんの心を聞かされて、以前のように顔を赤くしている場合じゃない。
「岡本さんの気持ちも、俺が言ってるチームの事も意識してくれてるのは分かるけど、空木だけは辞めとけ。俺なら岡本さんを幸せに出来る。岡本さんを今みたいに泣かせたりはしない」
私が焦って一歩下がるのに合わせて、倉本君が一歩踏み込んできて、なんと私の両肩を掴んできて信じられない事を口にする。
これじゃああの大学生の男の人と何ら変わりない。それとも男の人って本気で好きになった女の子には、みんなこんな事をしてまで迫ってくるものなのか。
「ちょっと! 優希君は辞めとけって……同じ統括会メンバーで一つのチームだって言っていた倉本君が、そんな事言うの?!」
それに、彩風さんに対してあんまりな態度を取っているにも
「空木は確かに統括会としては信用出来るかもしれない。だけど、岡本さんを泣かせるような人間性の奴が信用に値するわけがない」
いやちょっと待って。それだと彩風さんを泣かせた上、それを気にする素振りすら見せない倉本君も同じなんじゃないのか。
しかも言いながら掴んだ私の両肩を、そのまま倉本君の方に引き寄せようとする。
「ちょっと待って。落ち着いて。離してっ!」
だけれど女の私では、男の人の力に勝てるわけがなく、倉本君の手から逃れることが出来ない。
「岡本さんが空木に想いを寄せてる事を知ってるのに、アイツは雪野に気が行ってるんだろ?」
そして優希君の事をことごとく悪く言う倉本君。それだけでなく、更に私の心を的確に突いて来る倉本君。
本当はその場でしゃがんで泣きたいところだけれど、そんな事よりも何よりも、今この至近距離で私の両肩に手を置いて言い寄られている姿を、優希君にも彩風さんにも見られる訳にはいかない。
「いいから離れてってばっ!」
とにもかくにも先に離れてもらうことが先決だ。
本当に、朱先輩が説明してくれた通り、倉本君が私に本気になってしまっているのを肌で感じる。
「だとしてもそれは倉本君には関係ないじゃない。それに私、あの時もちゃんと言ったはずだけれど、倉本君の力になるって言うのは統括会として協力するだけで、それ以外には何もナシってちゃんと言った」
勘違いするとしたら蒼ちゃんから指摘してもらった“倉本君の力になる”と言ってしまった事が原因なんだとは思うけれど、
「俺は普段から岡本さんには感謝してるんだ。だから俺とのデートを一回で良いから受けて欲しい。俺の気持ちが岡本さんに届いたら岡本さんも俺の事、俺の本気を分かって貰えると思う」
――あの会長さんにこれ以上優しくしたら駄目だよ。
でないと愛ちゃんがもっとしんどくなるよ―― (93話)
倉本君の言葉を聞いて、蒼ちゃんの言葉を思い出――
「清……くん?」
私が蒼ちゃんの言葉を思い返す暇もなく、物音がした出入り口の方に目をやると、どこから聞いていたのか、役員室の出入り口でショックで力が抜けてしまったのか、カバンを床に落とした彩風さんが目に涙を浮かべて立っていた。
彩風さんの気持ちが手に取るように分かる私は、彩風さんの姿に倉本君の力が緩んだ隙に倉本君から離れて、彩風さんの元に駆け寄る。
「倉本君の事はあくまで統括会メンバーとしてしか見られないから、そう言う気持ちは無いよ。それに彩風さんも来てくれたんだから、もうこれ以上、私にはこの話をする気は無いから」
そして彩風さんのカバンを私が持ち直して
「大丈夫だから。私には優希君だけだから、倉本君の誘いに乗る事なんて絶対ないからね」
彩風さんの背中に回り込んで、優しく頭と肩を撫でながら倉本君に聞こえない様に小声で彩風さんをなだめる。
「……」
ただ彩風さんも、倉本君が自分以外の女の人、この場合は私に倉本君の気持ちが向いている事が問題なのだから、やっぱり元気が戻ることなくいつもの私の隣の席に腰掛ける。
「……霧華。大丈夫か?」
さすがに良くないとだけは思ったのか、純粋に彩風さんが気になったのか彩風さんの前に移動して、腰をかがめて、椅子に腰かけて顔をうつむけた彩風さんを覗き込む倉本君。私に対しては好意を全面に押し出して迫ってくる倉本君。
あんなせまり方をされたらほとんどの女の子は困ると言うか、戸惑うと思う。なのに幼馴染と言うのはそう言うのも特別な距離感なのか、彩風さんに対しては包み込むような距離感と言うのか、そう言う雰囲気を感じる。
「知らないっ!」
ショックだったのは分かるけれど、それにしても彩風さんの態度がそっけないと言うか、冷たすぎる気もする。
でもまあ、私も優希君相手に話すら聞かずに自分の言いたい事だけを言ってその場を立ち去った事もあるから、そう言う態度になってしまうのも分からなくはない……のかもしれない。
それでも頭だけは倉本君の
彩風さんがそんな態度を取るからなのかどうなのかは想像が付きにくいのだけれど、そのまま倉本君が彩風さんから離れてしまう。その直後にやっぱりと言うか、予想通りと言うか、優希君と雪野さんがペアで入って来る。
「……」
その優希君が私の方を見てくれるけれど、私の方には雪野さんと並んで歩く優希君を見る余裕なんてない。
ただ一瞬目を合わせてしまった時に驚いたのが、誰かと喧嘩でもしたのか、優希君の顔が所々赤くなっているのと、真っ白のカッターシャツがよれているのが視界を
「……お待たせ、しました」
そして雪野さんに至っては優希君と一緒のはずなのに、目が赤い。
その上、さっきまでショックを受けていたはずの彩風さんが、普段からは考えられないくらい剣呑な雰囲気をまき散らしながら雪野さんを見ている。
始まる前からこの空気だと、してもらったお化粧が崩れないのは良い事なのかもしれないけれど、私には全く悲しんでいる暇なんて無いかもしれない。
「じゃあ、今週のって言うより初学期最後の統括会を始める」
そして優希君と倉本君に関しては、一度も視線を合わせる事すらなく、間違いなく大荒れになる統括会が始まる。
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