第12話 瓦葺き

文字数 967文字

 
瓦葺き

○江戸日本橋、天保年間の水無月

 江戸の日本橋は、七つどきともなると気忙しい。日光街道へと旅立つ人で賑わうからだ。

 茅場町の「め組」は、瓦葺きの腕が確かな職人がいる事で有名だが、六月は梅雨で雨が降る。仕事も休みがちになるが、大店ほど屋根の瓦葺きを新調したがる。

 「め組」の親方梅吾郎は、若くて威勢の良い職人、松と竹を引き連れて日本橋の呉服屋「伊勢屋」の門前にやってきた。伊勢屋はかなりの大店、三階建てだ。
  
 「いいか、伊勢屋さんはお得意さんだ。しくじるんじゃねえぞ」
 梅吾郎は、早朝から気合いを入れる。

 伊勢屋の店先からは、呉服を積んだ馬が牡根をユラユラさせながら、千住方面へと出てゆく。

 「だって、親方。いつも通り俺が一番下に居て瓦を梯子で担ぎ上げ、軒先で竹が受け取り、そんでもって屋根に上がった親方がふくってすんぽうでしょう」
 松がのんびりした調子で応えた。

 「馬鹿野郎!そんなんだから、お前たちはいつまでたっても一人前になれねえんだよ。今日は、そうだな松っ、おまえが屋根にあがんな。俺が中間の軒先に入るからよ」

 松が確信のない様子で梯子伝いに屋根に上がり、続いて親方が軒先に上がり準備は整った。

 「よーし、竹っ。瓦を担ぎ上げろっ!」

 竹が、瓦を肩に担ぎ梯子伝いに親方に渡す。

 「よーし、いいか松っ!瓦を投げ上げるからしかと受け止めるんだぜっ!」
 親方は、やっとばかりに屋根に登った松に瓦を投げ上げる。

 松は、慣れない手つきで受け損ない。落ちた瓦が親方の頭に直撃した。

 「馬鹿野郎っ!おまえ、どこに目ん玉つけていやがる。おまえなんかな、豆腐の角にどたまぶつけて死んじまえ!」
 
 「だから言ったんだ。何も変わらないんだって、瓦だけに」
 松は、妙な弁解をした。

 「どうしました。そろそろ仕事を切り上げて下さいね。今日は、旗本の奥方様が呉服を見にいらっしゃる。騒ぎがあっては、店の信用にも
かかわる」
 伊勢屋の番頭が軒先の梅吾郎を望んだ。

 「仕事は、順調に進んでます。なあ」
 梅吾郎は、頭から垂れてる血を手拭いでふきふき、愛想笑いをした。

 番頭は、玄関先の地面に落ちた瓦の破片を手にして首を捻りながら、また帳場に戻った。
 
 

 
 
 
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