冬に美味しいほっこりシチュー

文字数 2,417文字

静流(しずる)


(かちん。)

静流が自分のイライラの効果音を聴いた(気がした)のは、初冬の夕食どきだった。最近同棲を始めた相手が、こんなセリフを言ったのだ。

赤夜(せきや)


あー美味しい! 俺自分が小さい時、こんなオカンが家にいたら良かったな~!

(――オカン? 今、言うに事欠いて「オカン」っつった!?)
静流の機嫌を損ねた当人、赤夜は恋人の様子に気がつかず、美味しいおいしいとサーモンのムニエルをぱくついている。
(――なんだよオカンって! お世辞でも「お嫁さんにしたいなあ☆」とか言ってくれんのが恋人じゃねーの!?)
静流は口には出さないものの、正直無性に腹立たしい。
(うん、決めた。明日はこいつの嫌いなもんで晩メシ作ってやるからな!)
と思いながら、静流は無言で自作のムニエルを口へと運ぶ。と、自分の分を食べ終わった赤夜が、物欲しそうに静流の手もとを見つめてきた。
……あーもう。はい、あーん。
……って何が「あーん」だ、自分……。何だかんだと言いながらも赤夜を甘やかす自分自身も腹立たしく、静流はさし出したサーモンのひと切れをひるがえって自分の口へと押し込んだ。
あー! 俺のムニエル!!
「俺の」じゃねーだろ! 大体作ったのもオレだし!!

犬も食わないやりとりと暖房の暖かい空気を閉じ込めて、窓の外にしらしら初雪が舞い出した。


* * *


翌日の夜、食卓には見慣れないメニューが登場した。

おおお! なんかオレンジ色のシチューだ! なにこれ、これもサーモン入り!?
じゃねーよ。サーモンは入ってませんー
えー? じゃあ何この色?
さあな。食べて当ててみ?
不敵に微笑(わら)う静流にスプーン片手にうながされ、赤夜はおずおずオレンジ色のクリームシチューを口にした。
………………。
……ど、どうだ? ……まずいか?
……んー美味しい! おなかが喜ぶ優しい味~!

思わずほっと息をついた静流が、(ほっとしてどうすんだ馬鹿)と内心で己を叱る。

いや、でもまあ美味しけりゃそれはそれで……と思ってしまう自分が腹立たしいけど、自分ながら微笑ましい。複雑な気分でオレンジ色のシチューを食べる静流を見つめ、赤夜はふいにしみじみと口を開いてこう訊いた。

……なあ、静流。怒ってたんだろ? 俺が「お前みたいなオカンがほしい」って言ったこと
え? い、いや、別に……
今さら話を蒸し返されて、正直そのことを忘れかけていた静流はかえってあせってしまう。栗色の瞳をそらす恋人に、赤夜は淡々こう告げた。
俺な、昔……子どもの頃な、両親に育児放棄(ネグレクト)されてたの
――ネグレクト?

そう。俺の母親は、本当は父親の再婚相手でさ。父親はほとんど家にも帰らず女漁り、血のつながらない母親も家を空けちゃあ酒浸り……。

だから俺はね、母親の手料理って記憶にないの。幼い頃に命をつないでいたのはさ、賞味期限が切れた袋パンとか、ご飯が糸を引く古いコンビニ弁当だったの

静流の手はとうの昔に止まっている。宙に浮いた行き場を失くしたスプーンから、オレンジ色のシチューが涙のように垂れ落ちる。赤夜はしみじみ自分のスプーンを口に含んで、幸せそうに吐息をついて、こう続けた。
あの時は、「美味しい」なんて感覚求めてらんなかった。嫌いなもんも残さず食べた。だってそうしなきゃ、生き延びていられなかったもんな。……で、なんだかんだで成長した俺は、「食いもんはエサと同じだ」と思って生きてきたんだよ。そんな俺に……

言いかけた赤夜は、静流の目の涙を指さきでそっと(ぬぐ)ってやった。

何も知らなかった。静流は何も知らされていなかった。そんな過去が恋人の明るい笑顔の奥にあったと、今初めて知ったのだ。

……そんな俺に、お前は『美味しい』を初めて教えてくれたんだ。
「美味しい」に「幸せ」がだぶって聴こえて、静流はたまらず目をつぶる。つぶったままで声を殺して細い肩を震わせた。
……ごめん……オレ……何にも知らなくて……!
いいよ。俺こそもっと素直に言うべきだった。『お前みたいなお嫁さんがほしい』って
赤夜の言葉に、肩の震えが大きくなる。よけいに泣き出した恋人は、やがてくっくっ笑い出した。
……静流?
……ごめん、そんでマジごめん……そのシチュー、お前の嫌いなニンジン入り!
んげぇえ!? マジで!? このオレンジ色ニンジンの!!?
やられたなー……とひたいに手を当てて天井を仰いだ恋人は、にっと嬉しそうに笑った。
じゃあさ、静流。明日っから俺の嫌いなもんばっかり入れて料理作って。そんで俺に「美味しい」って言わしてよ!
……うぇえ!? ちょっ待って、それはマジで荷が重いー!
がんばれ、静流! 俺のオカンに……じゃない、良いお嫁さんになるために!!

甘く圧をかけられて、静流は「荷が重い」と連呼しながら、大きなやりがいも感じていた。

スーパーで野菜を選ぶとき「お子様も大丈夫! 甘~いニンジン!」を選んで買ったり、ネットでレシピを選ぶときも、「ニンジンが苦手な子どももこれなら食べてくれます」というコメントを重視したり……。

実を言えば最初の方から、目的は「腹いせ」ではなくなっていたのだ。

(――そっか。肩書きなんて重要じゃないよな。オレはこれから「オカンみたいなこいつの嫁さん」を目指せば良いんだ)

すっとした頭で改めて口に運んだクリームシチューは、たまらなく優しい味がした。窓の外に真白く積もる雪さえも、あたたかに見えた夜だった。(了)

(追記)

試しに作ってみましたが、ニンジンのすりおろしを入れたシチュー、美味しいです。ふつうのと味は一緒ですが、色は綺麗なオレンジ色。

市販のルー(と言って良いのか……? 顆粒(かりゅう)タイプのやつ)使って作りました。最初の具材炒める時に、適当なタイミングでニンジンのすりおろし適量入れるだけ(5皿分でニンジンは「一本の半分」入りました)

ネットのレシピコメント「ニンジンが苦手な子どもでも~」という言葉に納得。よろしければお試しを!

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登場人物紹介

おはこんばんちは! 作者の絵平 手茉莉です!

この話は投稿型サイト「小説を読もう」に同タイトルであげた小話の「チャットノベル版」です! さくっと読めますが、ジャンルとしてはBLなので苦手な方はご注意を!


※一応本編の最後に「オレンジ色のクリームシチューの作り方」も書きました!(簡単・キレイ・美味しいです!)

*静流《しずる》


料理上手の二十代美青年。「ざっくりした性格」にあこがれているのだが、実は「花言葉」の本を何冊も隠し持っていたりする「なよなよした自分」が自分で不満。最近恋人の赤夜《せきや》と同棲を始めた。

*赤夜《せきや》


静流の恋人(同い年)。静流がふだん見せる「ざっくりした言動」も、ふっと気を抜いた時に見せる繊細《せんさい》な物言いも全部大好き。最近になって静流と同棲を始めたが、作ってくれる全ての料理が美味しすぎて本当にもう! たまらん!! と幸せをしみじみ噛みしめている。

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