第190話 着地

文字数 2,034文字

 大の字に広げた身体が冷たい空気をかき分けながら落下を続ける。ユウトは眼下に広がる景色を見渡した。

 初めて見る光景にユウトは言葉が思いつかない。着地の方法を模索しながらも圧倒的な世界のありようが視界を通して思考に押し寄せ、呆然とするばかりだった。風を切る轟音と刺すような冷たさにさらされながら、ゆっくりと着実に迫る大地はユウトの目に焼き付く。この世界で目覚めてからの日々と経験したことは夢や妄想ではないのだと、今一度ほほをたたかれたような痛みを感じた。

 ユウトは呼吸を思い出し、ゆっくり息を吸い込む。そしてラトムとヴァルに声をかけた。確証はなくともユウト、ラトム、ヴァルそれぞれが打てる手を持ち寄り、提案、修正を行って流れを確認する。ラトムとヴァルの了解を受けて作戦は確定した。

 そのころには雲の切れ間から星の大釜の円形をした窪地をユウトは視認する。隣接する野営基地にそこから街道の線が伸びている。はるか遠くには大石橋が掛かっているであろう大河があり、その逆には大工房の街並みと崩壊塔が見えた。

 ユウトは瞬きをしてもう一度、星の大釜を見下ろしてその手前にいるヴァルを見る。そして大の字に広げていた身体を閉じた。頭から突っ込むような形を取り、ラトムも翼をたたんで降下速度を上げるとヴァルとの距離が縮み始める。ユウトは腰に携えた光魔剣を握りながらついにヴァルと接触した。



 星の大釜に集う人々はつい先ほど起こったことの意味が飲み込めないまま、いまだその大半が空を見つめている。そんな中、レナにしがみ付いていたハイゴブリンの四姉妹が恐る恐る、もう一度空を見上げた。

 すると姉妹たちは不安そうにしていたいぶかしげな瞳をめいっぱいに広げると空に向かって指を伸ばす。そして口を開いた。

「見てっ!あそこ!」「光・・・なにか光ってる」
「ついたり、きえたり」「落ちてくるよ」

 姉妹たちの言葉にレナとリナは指さす方を目を細めて探し、すぐに目を見開く。その光は付いては消えを一定間隔に繰り返しながら徐々に光の強さが増していった。

 一人、また一人とその光に気づくものが現れる。そしてついにその光を発する者をレナは捉えた。

「ユウトだッ!」

 レナは声を張る。その声に姉妹たちは一瞬驚いてレナを見た。レナは視線を外さず、笑顔で光を見続けている。四姉妹はレナの笑顔を見て、もう一度光の方を見上げた。

 レナの声が星の大釜に響くのと同じくして、光の主がユウトであることに気づく者が増えてくる。ヨーレンとカーレン、ディゼルとノエンにデイタス、レイノス、クロノワとユウトの存命を確信してほっと息を吐き、胸をなでおろし、口もとをほころばせた。

 そして物見矢倉の観客たちも空を昇って行った白騎士が戻ってきたことに驚き、沸き立つ。

「彼は・・・大丈夫なのですか?落下しているように見えますが」

 空を見上げながらドゥーセンはマレイに問いかけた。

「まぁ、問題ないでしょう」

 マレイはふっと困ったような顔して笑い、言葉を続ける。

「あれの身に着けている装備は特別です。あのまま地面に叩きつけられても死にはしないでしょう。それに周りの助けもありますから」

 マレイの視線は大釜の底へと向けられた。

 ヴァルの鉄の身体が地を走り、大釜の中心と思しき場所で足を止めると空に向けて両手を伸ばす。その様子は何かを受け止めるような構えを取り、その様子を見たカーレンも走り出していた。



 いよいよ地上が迫る中、ユウトはヴァルの身体を傾けながら両足を付け、波乗りをするかのように落下を続ける。ユウトは手に持った光魔剣を使い、出力を調節することで最短の光の刃で光だけを灯していた。腰ではラトムが翼を広げ姿勢を整えている。

「減速ヲ開始スル。回復デキタ推力ハ十分デハナイ。多少ノ衝撃ガ予測サレル」

 ヴァルの声が響いた。

「ああ、たのむ。あとはこっちで何とかする」

 するとそれまでの落下速度が少しづつ落ちてくる。そこへ近づいてくるものがあった。

 カーレンの短剣が数本、飛翔してヴァルの表面に張り付く。落下速度はさらに弱まるのをユウトは感じ取った。

 しかしそれでもまだ、落下の勢いを殺しきるには足りない。ユウトは身構えて、ヴァルとの接地面との間に魔膜を張ると魔力で満たした。

 ついに目の前に地面が近づく。頭を持たない鉄の人型が手のひらを差し出し、ヴァルを受け止めた。金属のぶつかり合う甲高い音が響く。衝撃が伝わり始めた。

 ユウトはその一瞬の間を見計らい、魔力を込める。膜は衝撃を受け止めると弾けた。解放された魔力が風を周囲に巻き起こし一瞬で土を巻き上げた。

 あたりを覆う土煙は風に流されほどなく晴れる。そしてそこに現れるのはこぶしを高く突き上げる白騎士の姿だった。

 ユウトは肩で息をしながら精一杯、握りしめたこぶしを震わせながら堂々とした姿を維持する。ヴァルを受け止め、体制を崩していた鉄の人型がゆっくりと立ち上がり、手のひらの上で立つユウトを高く掲げ上げた。
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