第1話

文字数 3,673文字

 寒風吹きすさぶ師走の末。わたしは五歳になる娘と一緒に近所の丘へ散歩にきていた。
 午後21時すぎ、空は雲ひとつなく晴れ渡り、都市部の灯りに邪魔されながらもうっすらと星ぼしの光が瞬いている。放射冷却のせいでおそろしく寒いけれども、愛しい娘を負ぶっていれば心身ともに暖かくなるものだ。
 やがて丘のてっぺんに着いた。標高73メートル、三十代も後半に差しかかった身としてはたいへんな重労働だった。息をあえがせながら娘を下ろしてやり、あおむけに茶色く変色している芝生へ身を投げ出す。
「ねえパパ」五歳になる娘がつぶらな瞳で問いかけてきた。「明日はクリスマスだね。サンタさんきてくれるかな」
「きてくれるとも。香苗がいい子にしてたらな」
「あたしはいい子だからその点は心配ないとして」こういう妙に大人びた発言を聞くたび、彼女の実年齢を疑ってしまう自分がいる。「サンタさんはどこにいるの」
 そんなものはいないと断言して科学合理主義の化身にしてしまうには、娘はまだ幼すぎるだろう。「いいかい、サンタさんはよい子の心のなかにいるんだよ」
「ふうん」明らかに納得していないようす。「でもおかしいよ。それじゃあどうやってあたしはプレゼントをもらえばいいの」
 これには一本取られた。二の句が継げないまま必死に頭を回転させる。
「どこかにはいると思うんだ、あたし。そうじゃなきゃ矛盾してるもん」
 わたしは覚悟を決めた。「よおし、ちょっと待ってなさい。いま確かめるから」
 子どもだと思って侮っていた。こうなれば愛しい娘のためにも、徹底的にサンタクロースの存在可能性について検証するしかあるまい。
 娘に背を向け、紙と鉛筆を胸ポケットから颯爽と取り出す。懐中電灯の明かりを頼りにわたしは猛烈な勢いで計算を始めた。

 まずサンタの存在可能性を推理するにおよび、かの老人がいるものとして話を進める。そのうえでデータを検証し、彼の存在が既知の物理法則に抵触するかどうかを判断すればよいだろう。
 まず子どもの総数だが
 世界の若年人口(1~14歳) 平均値 18.42%
 というデータがある。いっぽう世界人口は70億人というのがだいたいのところだ。したがって
 70×0.1842=12.894
 およそ13億人となる。
 次に地球の陸地面積だが、これは147,244,000平方キロメートルである。子どもたちがまんべんなく地球上に散在していると仮定すると、彼らの占める平均スペースは
 147,244,000÷1,300,000,000=0.113
 つまりほぼひとり当たり0.1キロ平方メートルのスペースに散らばっていることになる。これは周囲百メートル四方に誰もいない状態にぽつんと子どもが突っ立っているという意味になる。シンガポールや東京では信じられないほど地価が上昇しているけれども、まだまだ地球には開発可能な土地がいくらでもあるわけだ。
 それはともかくここで問題がひとつ。まず大前提としてサンタさんはよい子の靴下へプレゼントを突っ込んでくれるとされている。そこで①13億人いる子どもたちのすべてがよい子なのか、②そうでないとしたらその判断は誰がどんな基準で決めているのか。
 これは難しい問題だ。もし②である場合、サンタは彼独自の恣意的な見解を子どもたちに押しつけていることになる。わたしには彼がそんなまねをするとは思えないし、なにより子どもはみんなよい子に決まっているという強固な信念から、13億人すべてがプレゼント取得権を持つものと断言したい! そこで
 1,300,000,000×0.1=130,000,000
 1.3億キロメートルという数字が出てくる。これがサンタが一夜のあいだに移動しなければならない距離である。スケール感の掴めない人のために言っておくと、これはだいたい地球から太陽までの距離だと思ってもらえば大きなまちがいはない。
 さらにサンタの推定活動時間は子どもたちが眠っている時間帯のはずである。先述の論拠から子どもたちはみんなよい子なので、夜更かししている悪ガキはいないものとする。そこでざっくり21時~5時までいい夢を見ているものとしよう。それを踏まえていよいよサンタの飛行速度を算出する。公式は速度=距離÷時間なので
 1,300,000,000÷8=162,500,000
 これはキロメートル毎時なので、秒速に換算し直すと
 162,500,000÷3,600=45,139
 となり、およそ1秒あたり45,000キロ進むことになる。参考のために光速に対する比で表すと
 45,139÷300,000=0.15
 つまり光速の15%もの速度で移動しているものと思われる! もしこの値が小さいと感じるなら、やつが

と言い添えておけば、たぶんたいていの人間は考えを改めるのではあるまいか。
 なおこの数値は控えめな最小値であることを付言しておかねばなるまい。サンタは単に子どもたちのあいだを飛び回っているだけでなく、それぞれの靴下へプレゼントを突っ込まねばならないのだ。
 さらに煙突から家屋へ浸入し(不法侵入罪の構成要件が成立するかどうかはこの際留保する。どの国家も彼を超法規的な措置で免責にするであろうことをわたしはいささかも疑わない)、それがない場合はピッキングなり忍者よろしく壁抜けなりをしているはずだ。
 以上のことを加味すると、彼は既知の物理現象では説明のつかない行動――トナカイを動力源とする超高速飛行、壁抜け、その他いろいろの超常現象――のオンパレードで成り立っていることになる。
 このような結果が出てしまった以上、精神衛生のためにもサンタクロースはいないと結論せねばならない。ではどうするのか。娘にこう宣言するのか。「サンタさんは主流派物理学から逸脱している。よってやつはいない。以上、証明終わり
 そのときわたしは天啓を得た。なぜサンタを一人に限定する必要があるのだ。二人かもしれないじゃないか。二人が許されるなら三人も許されるし、極端なことを言えば無限だっていい。問題はそれをどうやって正当化するかだが、〈無限人のサンタクロース〉という一見ばかばかしい命題ですら現代物理学で説明してしまえる。
 有史以来、サンタを目撃した人間は一人もいない。


 いっぽう量子力学のコペンハーゲン解釈によれば、電子や光子は観測されると確固たる粒子となり、誰も見ていないときは波として空間に拡散する。電子や光子の波は波動方程式として記述され、その位置は誰かが観測するまで確率の雲として薄く広がっているわけだ(わけがわからない? 大丈夫だ、わけのわかっているやつはおそらく一人もいない)。
 これを突き詰めていくと、電子だけでなくすべての物体が確率の波として量子的な重ね合わせ状態になっているのではないかという疑念が生まれてくる。
 当然サンタも例外ではないはずだ。彼は世界中の夜空に確率の波として量子化されていると考えられる。赤い服の心優しい老人は思慮分別を欠いた阿呆に観測されて波動関数が収束しない限り、どこにでもいる。
 おまけに確率として記述されるのならば、やつは事実上どこにいたっておかしくはない。たとえばある瞬間、家屋の内部に――その確率はものすごく低いけれども――侵入していたとしても不思議はない。これがいわゆるトンネル効果である。
 さらに蛇足ながらサンタクロースの不死性すら合理的に説明できる。彼の移動速度は最低でも秒速45,000キロメートルである。これは相対論的な影響が出るのに十分なスピードだ。老人の主観時間は外部時間に比べて著しく遅くなっているはずである。彼が光速の15%でびゅんびゅん飛び回っているあいだに、世界はビデオの早回しみたいにめまぐるしく移り変わっていくわけだ。
 これですべてに説明がついた。即席のパパ探偵としては上出来なほうだろう。わたしは大きく伸びをして、退屈し切って足をパタパタさせている娘に向き合った。

「いいかい、サンタさんはね」彼女のつぶらな瞳は期待に満ちている。「お空いっぱいに広がってるんだよ」
 ぽかんと口を開けた。「どういうこと」
「あー、つまり」正直に言ってこっちが聞きたい。「香苗がいるって思ったところにいるのさ」
「ほんとに」娘はじっと夜空を睨んでいる。「いないよ」
「今日はクリスマスじゃないだろ」
「あ、そっか」
「さあ、もう寝る時間だぞ」
「うん」背中によじ登ってきた。「パパの背中、あったかい」
 娘のかすかな寝息を聞きながら、のんびり家路に着く。わたし自身が信奉する科学合理主義と娘の夢を両立させた名推理に満足しながら。
 標高73メートルの高峰を下りしな、なにげなく冬の夜空を見上げてみる。
 サンタの確率波が電子雲のごとく、地球をすっぽりと覆っていた。
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