リンメル治療院

文字数 3,017文字

朝起きたら、
自宅に治療院が開設されていた。

「…?????
 なんだこりゃ???」

来客用の部屋のドアに、ダンボールの看板が取り付けてあり、たどたどしい文字でこう書いてあった。


「リンメル治療院」


寝ぼけた頭をポリポリと書いて、僕は思った。
たぶん、寝ぼけてるのだ。
これはきっと、夢だ。
たぶん、そうだ。



「いらっしゃませニャー。」
突如足元から聞こえて来た声が、そんな淡い期待をぶち壊した。
「リンメル治療院、今日から開設しましたニャー。」

ウチのネコが喋っていた。
しかも、「受付」と書いたダンボール箱を机と椅子がわりにして座っていた。

「…メル、おまえ、なにやってんだ?」
「やだなあご主人、今言った通りですニャ。リンメル治療院、本日から開設だニャー。」
「…も一回、寝てくる…」
「はーい、お休みなさいニャー。」

右手で顔半分を覆って、僕はふらふらと階段を上って自室へ向かった。
ついに幻覚幻聴を来したか?!
やっぱこれから残業少し減らそう…。
朝9時の起床だったが、もう少し寝ることにした。





「メル、どうしたニャ?」
「あ、兄さん。ご主人がなんだか青い顔してまた寝るって言ってたニャ。」
「ご主人、働きすぎだニャ。もう少しぼくたちを見習って1日に最低でも15時間は寝るべきだニャ。」
「リン兄さんはよく寝るからにゃあ。」

「ねえ、何やってるの?」
「あ、奥さま。おはようございますニャー。」
あら、なにこれ。ウチの猫がしゃべってるわ。
「なあに、これ?」
「見ての通り、リンメル治療院ですニャ。本日から開設しましたニャー。」
「そうなのー?おめでとうー。」
ぱちぱちぱちぱち。
「奥さま、ありがとうございますニャ。」
「それでメル、これって何するところなの?」
「はい!よくぞ聞いてくださいましたニャ。この治療院は、訪れる全ての人に癒しとリラックス、回復をご提供することを使命としておりますニャ。」

すると、すぐそばの玄関からカリカリと戸をひっかく音が聞こて来た。
「なにかしら?」
私が扉を開けると、そこには猫が4匹ほどお座りをしていた。
「メル、この子たちは?」
私が振り返っている隙に、猫たちは家の中にぞろぞろと侵入してしまった。
「あ、ちょっと!」
「奥さま、ご心配なく。この者たちはパートさんたちですニャ。」
「パートさん?」
「はい、そうですニャ。」
猫たちは「リンメル治療院」と書かれた部屋に入ると、めいめい身繕いを始めた。



ピンポーン♪
「あら、誰かしら。はーい。」
インターフォンをのぞくと、帽子をかぶった初老の紳士が立っていた。
「リンメル治療院さんはこちらですか?」
「はい、お待ちしておりましたニャ。中へどうぞニャー。」
「きゃ、メル!いつのまに?」
「それでは、失礼いたします。」

がちゃ、と玄関を開けて、初老の男性が入って来た。
「どうぞどうぞ、こちらへどうぞニャ。」
私がぽかんと見ていると、男性はメルの言われるままに靴を脱いで部屋へと入って行った。私は自分の家の中で何が行われているのか見ようと、男性には悪いが一緒に部屋に入らせてもらった。



「いらっしゃいませニャ。今日はどうされたニャ?」
「はい、最近仕事を退職してから、どうも体の調子がすぐれなくて…。」
「そうでしたニャ…どこか痛いところはありませんかニャ?」
「はい、腰と、肩と首まわりが凝っています。」
「わかりましたニャ、では上着をこちらにかけて、うつぶせに横になってくださいニャ。」

部屋にはいつの間にか敷布団がしいてあった。これ、猫たちが敷いたの?!どうやって???

男性が横たわると、猫が2匹で協力して男性に毛布をかけた。
その後、猫たちが男性を取り巻いた。何するんだろう?

すると、猫たちが一斉に男性をフミフミしだしたのだ。
「おお…これは…」
男性の首、肩、背中、腰、太もも、ふくらはぎ、足の裏を猫たちが丹念にフミフミしている。なかなか他では見られない光景だ。男性から快感のため息がこぼれた。どうやら気持ちいいようだ。

すると、ひときわ身体の大きな猫が、男性の背中の上を歩き出した。
「ああ、そこそこ。はあぁ…気持ちいい…。」
大きな猫は肩甲骨や背骨に沿って足を置いている。…一体、そんなワザをどこで学んだやら。
そしてその猫は、腰のあたりでどっかりと座り込み、丸くなった。

「メルちゃん、これは?」
「はい、ホットパックですニャ。」
「ははぁ…なるほど。」
「あぁ…じんわりとあたたかい…」
「効いてるみたいね。」
「はい、それはもうですニャ♪」
メルはなんだか嬉しそうだ。

しばらく男性をフミフミしていた猫たちが、今度は爪を突然シャキーン!と出した。うわ、何をするつもりだ…やめてよ家の中で流血騒ぎとか。
すると猫たちは、男性の肌に爪を立て始めた。
「ふおっ?!これは…鍼治療ですかな?」
「メルちゃん、そうなの?」
「はい、我々ネコはどこに爪を立てれば相手を仕留められるか、よくよく存じておりますニャ。」
「それってダメなんじゃ?!」
「言い換えれば、どこに爪を立ててはいけないか、も熟知していることになりますニャ。ご安心くださいニャ、我々はちゃんと治療のためのツボを心得ておりますニャ。」
「そ…そういうもんなの…?」
確かに、男性はスヤスヤと寝息を立て始めた。痛くはないようだ。





「ああーーーーーっ!スッキリしましたよ!肩と腰の重さが取れました!」
「そうでしたニャ。それはなによりですニャ♪」
「お支払いは…」
「はい、基本料100カリカリ、マッサージ300カリカリ、ホットパック150カリカリ、爪治療450カリカリ、しめて1000カリカリになりますニャ。」
「現物一括でよろしいでしょうか。」
「はい♪よろこんでニャ。」
(ちょっと、カリカリって何よ?)
(もちろん、奥さんが毎日出してくださるアレですニャ。)
(アレ??)
男性がカバンから出したのは、猫のカリカリ餌だった。
「これで足りるでしょうか。」
「十分ですニャ!ささ、こちらのお会計皿に乗せてくださいニャ!」
「はい、では。」

ざーーーーーーっ。カラカラカラカラカラ。
ぅわーーーーーっ。がつがつがつがつがつ。
猫たちが一斉に群がる。


「ありがとうございましたニャー。」
メルがひらひらと手を振る…というよりは、なんだかまねきねこみたいな仕草だ。

「ねえメル、なんでこんなこと始めたの?」
「はい、あらゆるものが移りゆくこの激動の時代、我々猫も自立を視野に入れて活動をせねば、と思った次第でありますニャ。」
「ははぁ…なるほど…。」
ウチの家計はそれほど切羽詰まってはいないのだが。
「働きづめで体調を崩している現代の人間たちはたくさんいるですニャ。そんな中、ストレスフリーで肩のこらない生き方を、我々猫なら身をもって示すことができるのではニャいか、そう考えた結果がこのリンメル治療院なのですニャ。」
「ははぁ…おみそれしました…。」



「そういえばさっき、現物一括とか言ってたじゃない。あれって…」
「はい、分割払いもありますニャ。」
「あるの?」
「分割は、毎朝この会計皿に決まった量を入れてもらうことですニャ。」
「え、それってつまり朝ごはん…。」
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