第8話

文字数 2,766文字

 僕は一度実家に帰ることにした。そりゃ両親に合わせる顔なんざないが、それでも迎え入れてくれるだろう。さてこれからどうするかな…このまま音楽を続けるか、それとも今さらだけど大学に入るか…ともあれ家の門をくぐると秋乃が出迎えてくれた。
「あれ、兄ちゃんじゃん、どうしたの?連絡も寄こさずに急に帰ってくるなんて。」
「ああ、秋乃か。背、伸びたな。それと、どことなく大人っぽくなった。」
 見た目と雰囲気の変化のせいか、一瞬気づかなかった。女の子って半年でこうも変わるもんなんだな。
「そりゃもうあたし高校生だし。そういえばさ、兄ちゃんのサインちょうだいよ。」
「ああ、良いぜ。後で書いてやる。」
「やったあ!!兄ちゃんが有名人になればサインがネットオークションで高く売れる♪」
 あ、全然変わってない。中身は依然として僕が良く知ってる生意気な妹のままだ。
「あのなあ…」
 そもそもそのサインが高く売れる保証なんてないぞ?どちらかと言うとただの紙切れで終わる可能性の方が高い。第一まだギターを続けるかわからないし…そんなやりとりを秋乃としていると奥から母さんが出てきた。
「あら千春、帰ってきてたの?帰るなら事前に連絡寄こしなさいな。」
「ああ、母さん、ごめん…」
 僕から何かを察したのか、母さんに突然近況報告を促された。
「それはそうと夢の方はどう?まさか今さらになってミュージシャンを諦めたなんて言わないでしょうね?」
「だ、大丈夫に決まってるだろ?見てろよ、今に武道館ライブもやって紅白にだって出てやるから!!
 突然の尋問につい強がって答えた。因みに武道館ライブは赤字になるから事務所側には嫌われるらしいけど。
「ふーん、だといいけど。」
 母親というのは鋭いもんだ。

 自室に籠って中高生の頃の事を回想していた。懐かしいなあ、前はここで作詞―作曲の方は流石に出来なかったが―してたっけな。アパートにはもっていかなかった古いCDの山もある。後でB'zでも聴くか。それ以外には…僕の目に例の黒電話が入ってきた。そうそう、そもそもこの黒電話がきっかけで僕はミュージシャンを目指すことを決意したんだよな。弥生さんは今頃どうしてるかなぁ…なーんて、彼女は僕よりも余程ミュージシャンとして成功しているんだし、他人の心配している場合じゃないな。などと思っているそのとき、突然黒電話が鳴り出したので咄嗟に電話に出た。
「はい、只今電話に出ました。」
 あれ以来ちっとも使っていないし、もちろんかかってきたこともなかったから焦ったのなんの。
『あ、やっと通じたみたい。』
 どことなく声に聞き覚えがある。
「も、もしかして、”ミツキ”さん?」
『うん、そっちこそ、”チハ”君で合ってるかな。』
「は、はい!チハです!!
 やっぱりだ!やっぱり電話の主はミツキ、いや、弥生さんだ!!
『いやあ、6年ぶりに家に帰ったもんだからさ、久しぶりにこの電話を使ってみようと思って。そしたら案の定チハくんが出てくれたから良かったよ。』
 6年...てことは...
「そっちは3年後ですか?」
 弥生さんが高校卒業と同時に歌手を目指して家を出たと考えれば計算は合っている。
『良くわかったね。うん、チハくんのおかげで念願だったプロ歌手になれたよ。それをずっと伝えたかった。』
「観月やよい、ですよね?」
『え、ああ、ばれた?てか何でわかったの?』
「俺があなたと黒電話で通話をし始める前はそんな歌手いなかったからです。」
『ふうん、この電話って未来が変わったりすることがあるんだ。ところで歌手にならなかった私はどんなだった?なんて知るはずないか…』
「ええ、親父さん、いや、お父さんのラーメン屋で楽しそうに働いていましたよ。俺、そこの常連でしたから。」
『ええ!?その未来だったら私とチハくんは知り合いなの!?いいなあ、そっちの私にちょっとだけ嫉妬しちゃった。』
「今さら歌手にならなきゃ良かったなんて言わないでくださいよ?」
 そのせいで僕は弥生さんに直接会えなくなった。本当のところを言うとミツキが弥生さんだと知ったとき、まずいことをしてしまったと思った。もっともそのおかげで僕も燻ってた思いを奮い立たせミュージシャンになる道を選んだけど、今はそれも続けられるか怪しい状態だ。残念ながら今のところ黒電話を通して4年前の弥生さんの背中を後押ししたことで起きた変化で僕にとって良いことは何一つない。だからこそ、だからこそ弥生さんにはミュージシャンとして花道を歩いてほしいし、そのことで後悔はしてほしくない。
『うん、後悔はしてない。たぶんラーメン屋を継いでたよりも今のほうが何万倍も楽しいだろうし。ところでそっちの調子はどう?』
 後悔はしていないとの解答にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今一番聞かれたくないことを聞かれた。
「実は俺もあれからミュージシャンを目指して友人と上京したんですが、その友人と喧嘩してしまって…」
 僕は渋々喧嘩に至る経緯を話した。
『そうかあ…でもそれはチハくんが悪いんじゃない?』
 正直慰めて貰えると思っていたからうろたえた。そんな僕を知ってか知らずか、弥生さんは続けた。
『怒らないで聞いてほしいんだけど、プロって自分のやりたいことばかりはできないの。私も今やっている音楽が本当にやりたっかたものかと言うとそんなことないし。聴いてくれてるかわからないけど、私の出す曲ってバラードとかポップス寄りでしょ?ここだけの話私はもっとハードロックとかパンクとかそういう激しいのやりたかったんだよね。前にも言った気がするけど、私が憧れてたミュージシャンってその辺だし...つまり何が言いたいかと言うと、私はそのお友達の気持ちもわかるかなあ、って。』
 弥生さんもそんなことで迷っていたのか、そう思うとなんだか今までの自分が稚拙で愚かに思えてきた。ちなみに観月やよいのシングルやアルバムが出される度に買うようにしてたから、弥生さんの曲調はだいたいわかる。
「そうなんですか。すぐにでも友人に謝ろうと思います。」
『うん、それが良いと思うよ。』
「それで…」
『それで?』
 弥生さんから相づちが飛んできて、それから一呼吸間を開けて言葉を紡いだ。
「3年だけ待っていてくれませんか?必ず3年以内にデビューして弥生さんと共演してみせます!!
『え、どうしたの急に?』
 なけなしの勇気を振り絞ってのお誘いだったが、出鼻を挫かれたのでどうにも調子が狂う。
「だから、その…ミュージシャンとして共演なんかできないかなあと…」
『うん、3年後に逢おうね。あんまり待たせないでよ?君とずっと逢いたかったんだから。』
「あ、ありがとうございます!!…って、ずっと?」
『うん、君の声を初めて聴いたあの時から、ずっと。じゃ、そういう事だから』

―三年後で待ってるよ―
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