暗夜の礫Ⅲ

文字数 4,361文字

 視覚支援をオンにすると、仲間の輪郭線が描き出され、拡張現実がそれを捉えた。
 ぼくも彼らに続き、迷彩を起動して動きだした。
 機兵に感づかれないよう腰をかがめたまま茂みをかき分けていく。
 広々とした裏庭は細部にまで気の通った手入れをされていて、長官夫人の人柄が透けて見えるようだった。

『持ち場に着いた。待機してる』
『こっちも準備完了』

 ハンスとジャックから待機の連絡が入った。

 どうやって3階に上がろうかと思案していると、庭の中央に設置されている大きな噴水に目がとまる。
 地面から屋根までの高さ16・5m、噴水から洋館までが27・9m、噴水の高さ2m30。
 拡張現実で測定された数値、雨による摩擦力の低下、機動服の身体能力補助、すべてを考慮しても十分に余裕はある。

 端から様子をうかがい、機兵の視界から外れたのを確認してから走り出し、地面を蹴り噴水に飛び乗る。
 勢いを殺さないように腰を沈め、立ち上がる反動で洋館めがけて高く跳び、3階のバルコニーの手すりを超えた。庭を見ると、機兵のセンサーにわずかに引っかかったのか、きょろきょろと背後を見回していた。どうやら気づかれずにすんだようだ。

『到着。チャーリー、どう』
『あと12秒』

 了解、といってぼくはその場でしゃがみ、偵察機の映像を拡張現実に映し出す。  
 蜘蛛の映像を通して見る本館は明るく、細工を凝らした照明が室内を彩っていた。建物は左右対称の造りで1階から天井まで吹き抜けになっていて中央に太い支柱が床から天井を貫くようにそびえ立っている。
 正方形の窓枠のような外形の回廊が各階に巡らされていて、一辺に3部屋ずつ設けられていた。通路をぐるっと回る機兵が2体、寸分の狂いもなく一定の距離を保ったまま対照的に巡回していた。 

 できる限り早く事を済ませる必要がある。
 そのためには邪魔な機兵を排除しなくてはならないが、彼らを片づけるには骨が折れる。
 というのも、彼らは頭部に伝達系を保持しているのだが、頭を吹き飛ばしても胸部の予備バッテリーが作動し代理伝達系となり、動き続けるため、完全に停止させるには頭と同時に胸部のコアを破壊しなければならない。
 それともう1つ。すべての機兵はぼくらと同じように感覚共有機能が設けられていて、視覚、聴覚、触覚などを共有することができる。処理に手間取れば他の場所から無数の機兵が異常を察知して押し寄せてくるということだ。
 つまり機兵の感覚リンクを解除しない限り倒すことはおろか、攻撃することもままならない。それ以前に機兵の戦闘能力は機動服を纏ったぼくらほどではないにしろ、その道の専門家でさえ彼らとの戦闘は避けたがる。できることなら気づかれる前に処理したい。

『チャーリー、まだか』

 ぼくが急かすと、

『もう目の前だよ。3,2,1,ほら着いた』
『まず機兵の感覚共有の遮断。それからシャッターと給仕機だ』
『ちょいとお待ちを。コントロールにつないでっと、よし、オーケー』
『突入開始』

 回線を切ってベルトに備え付けられた「アサルトライフル」と表記された〝メモリー〟を外して出力させる。するとメモリーは一瞬で自動小銃に姿を変えた。

 拳銃、ライフル、ロケットランチャーといった武器はかなりの重量があり、持ち運びには苦労する。行軍となると水や食料などの必需品も当然持って行かなくてはならない。
 これらの問題点を解決するために考案されたのが形状記憶媒体、メモリーだ。わずか10gほどで持ち運びには最適、一度データを記憶させてしまいさえすればいついかなる場所でも出力でき、入力すれば元のメモリーの形状に戻せる、とても便利な代物だ。

 あとはどのタイミングで破壊するか、だ。
 階下の機兵に気づかれることはまずないだろうが、さすがに奥側のもう一体には気づかれるだろう。とはいえあそこに太い支柱があるのは好都合だ。

 機兵が通り過ぎたのを確認し、バルコニーから通路へと忍び込む。
 柱で隠れている向こう側の状況を蜘蛛の映像で補完する。しばらくして奥の機兵が支柱の影で見えなくなった。
 このタイミングだ。
 ぼくは目の前をゆっくりと歩く機兵にすかさず背後から迫り照準を合わせて引き金を引いた。
 青色の淡い光の線が機兵の頭部を貫き、頭部の伝達系が破裂する。
 鉛の弾丸の代わりに指向性エネルギーを用いるこの兵器は弾切れやジャムを起こさない。正確に言えば、チャージが完了するのを待てばいくらでも撃つことができ、威力の調整も容易だ。
 機兵はあわてて振り返ろうとするがぼくは間髪入れずに胸部へと弾薬をたたき込む。人間の外見をしたそれは、血液の代わりに火花を散らし、崩れ落ちた。

 まずは1体。
 まだ油断はできない。奥の機兵がこちらの様子に気づいたのか、右側から向かってくる振動を拡張現実が捉える。

  ぼくは左手で銃身を抱え、手すりを越えて中央の支柱に跳びつくと同時に機動服の〝張力(ヤモリ)〟を起動し、両足で柱と垂直に立つ。そのまま滑るように左回りで柱を螺旋状に駆け上がり機兵の背後をとった。
 腰をかがめて勢いをつけ、張力を解除し柱を蹴る。
 廊下に跳び移りながら、自動小銃を機兵に向けた。
 相手は気づいて振り向くが、もう遅い。
 空中で体を丸め膝で銃を固定し、反動に備え発砲する。乾いた音と共に閃光が発射され、頭、胸と順に打ち抜いた。
 廊下に転がりこみ機兵に銃口を向ける。完全に停止したみたいだ。
 これで邪魔はいなくなった。
 ぼくは「爆薬」メモリーをいくつか取り出し、出力して3階の四隅の壁にそれぞれ取り付ける。

『まんなかのぶっとい奴はどうする』

 ジャックが回線で問いかける。

『ぼくらじゃ設置しづらいからそこはハンスとチャーリーに頼む』
『りょーかい』

 気の抜けた返事をして回線が切られた。
 ぼくも1階へ降りようと手すりに手をかけ下を見ると、すでにハンスが中央の柱に爆薬を仕掛けているところだった。手すりを乗り越え飛び降りると、ちょうどジャックも2階から降りてくる。

『6分ジャスト。思ったよりはえーな。用も済んだことだ、さっさとずらかるか』

 ハンスが抱えていた銃を入力し、メモリーの形状に戻しながら言った。

『チャーリーは』
『ガレージで車いじり』

 ジャックが方向を指で示す。

『じゃあ、すぐに出よう。ウィリアム、輸送機の方も準備をしてくれ』

 エントランスを出て洋館のすぐわきにあるガレージへと向かいながら、上空で待機している彼に指示を出す。ちょうどチャーリーが逃走車両を外に出しているところだった。
 車に乗り込みむと扉が閉められ、車両はひとりでに動き出した。
 発車してから門に機兵が2体いたことを思い出し車を止めるよう訴えかけたが、もう既にガラクタに成り果て、転がっていた。

『サーバー切断』

 チャーリーが左腕についているウェアラブル端末を操作しながら言った。
 同時にぼくらは亡霊から人へと戻る。門に設置されている監視の目が復活しぼくらの車体ははっきりと映し出されたはずだ。
 これで「目撃された」という事実ができあがった。
 車両は門をくぐり林に囲まれ曲がりくねった道をスピードを出して下っていく。まだ別棟に潜伏している偵察機から回線を通して会場の様子が手に取るように分かる。

〈皆様、お飲み物の準備はよろしいでしょうか。それでは乾杯〉

 最後の仕上げだ。

『ウィリアム、頼む』

 ほどなくして背後で怪物のうなり声のような爆発音が、静かな街にこだまする。
 一瞬静まりかえり、やがて恐怖が会場を支配し始めたところでぼくは偵察機とのリンクを解除した。
 これでぼくらの任務は終了、あとは帰るだけだ。ぼくらの

へ。

『こちら監査局特殊監査群機関哨戒班。任務完了。これより階差機関へ帰投する』

 回線を切り力を抜いてシートに体を預けた。
 すると突然、観客の大喝采が頭に響き渡り目の前にスポーツの中継が流れ出した。

「お、まだ試合やってるのか。3―5で勝ってる」

 ジャックが感覚共有をオンにしたのだろう。

「せめて一声かけてくれよ。心臓が止まるかと思った」
「ああ、悪いな」

 まったく悪びれる様子もなく謝辞を並べる彼に怒るのもばかばかしくなる。ぼくは拡張現実を外し、回線をオフにして体をほぐした。すると今度は車内にロックが流れ始める。

「自分の回線で聞いてくれないか」

 ぼくの頼みは音楽にかき消され、歌詞を口づさ見ながら頭を前後に振るチャーリーには、まったく届いていないようだ。うっとおしく思いつつもハンスを見やると、彼は車に積んであった酒のボトルに手を伸ばしているところだった。ぼくに気がつき、ボトルをもう一本取り出して差し出す。

「お前さんもどうだ」

 ぼくは「いらない」と言いかけたが思いとどまって、結局受け取ることにした。
 すっかり仕事を終えた気分になっている仲間はおのおの好き勝手に行動し始める。こうなるとどうしようもない。スポーツ中継を流していた方がまだましに思えた。
 あの洋館ほどではないにしろ、混沌とした車内の中でぼくは耳栓代わりに、再度回線をオンにする。

〈ここで……決まりました。点差は3―6、ペースを完全につかんでいますね〉
〈そうですね。残り時間はあとわずか。これは相手チームも厳しい状況に立たされました〉

 ぼくは腕を組み、眠りにつこうとしたところで、何気なく視線がバックミラーに行く。ミラー越しに見えた、美しかったはずの建物は、巨大な炎の渦に飲み込まれ、その輪郭すら分からなかった。会場にいた紳士淑女たちは恐怖で震え上がっているかもしれない。あるいは、状況を把握できずに、ただ呆然と炎上する館を見ているだけか。
 まるであのときと同じだ。
 ぼくのしていることが、あいつらがやったことと同じように思えて、自己嫌悪にも似たあるはずのない感情が湧き上がる。
 ぼくは逃げるようにバックミラーから目をそらし酒を煽った。

 車の屋根を叩く雨は少し弱まっていた。ウィンドウを伝って落ちていく雨粒に手を伸ばすが、窓で遮られた向こう側には届かなかい。外の濃い闇にぼんやりと映り込む自分は、幼い頃と何一つ変わっていないように思えた。

〈ここで試合終了。3―6で決着がつきました〉

 窓の外を眺めていると車両が街灯に照らされ映し出されていたぼくが闇と共に消える。
 それは、ぼくの存在が消えてなくなったかのように思えて、少しだけ気が楽になった。
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