〇八・ 副社長: 長野 緑 (ながの・みどり)の嘆息。
文字数 2,907文字
特典付き前売券のプラチナ予約枠はすでに完売したと報告があって関係者一同はエビス顔でほくほくしている。
続く第三弾『かくしか疾走記』の収録現場の進捗状況視察と雑誌取材陣の案内役を兼ねて数日間の島東めぐりをした後、今日でやっとパペルに帰れるという日に。
ちょうどカコさんがブータ号でパサミカワまで来るというので、帰りは同乗させてもらうことにした。
取材陣をパサミカワ空港まで朝早くに見送って、市内に戻ってからレンタカーは手近な営業所に返却し。
徒歩でポッポロ庵支店のスタッフ昼食(時間的にブランチ休憩)を狙って合流する。
ご飯と豚汁と漬物だけの簡素な昼食が。
出張のあいだず~っと続いていた高級高額・高カロリーの連続旅館料理!ぷらす連夜の地元勢による手作り接待宴会な深酒続き!に。
疲れが溜まりまくっていた胃袋に、じ~んわりと浸みて。
とても美味い。
数日ぶりに拝むカコさんの笑顔も、密かに癒される~。(本人には言わんけど)。
ついでにパサミカワ支店の収支予想や新商品販売戦略書なども、手渡しで受け取った。
*
邪魔だが役には立つ自称「空飛ぶ運転手」の。
隣の助手席に(不本意だが)乗り込む。
最初の頃こそ(秘かに)大喜びで。
カコさんと一緒に飛空車に乗りこむ時には。
もちろん。当然ながら後ろの幅広な座席に。
カコさんと一緒に、並んで。
あれこれとおしゃべりしながらの空中散歩♪
…を。楽しもうと思っていたのだが…。
カコさんは、七十代後半、(のはずだ)という実年齢をすっかり裏切っていて。
見た目も若いが、中身は…
完全に子ども!
飛空車に乗った瞬間から、もう全身でわくわくしていて。
飛び立った瞬間から、あっちを眺めて叫び、こっちを見おろして感嘆し。
またあっちにこっちにと、首をぶんぶんと振り回して。
三百六十度を一度に見渡たそうとして、目を回して。
自分で自分にボケツッコミをかましながら、さらなる大騒ぎと、大絶叫を繰り返し…と、
忙しいのだ!
私が隣の席に座ろうとしていた最初の頃こそ、いちおう気をつかって。
反対側が観たければ、遠慮がちに、そぉっと身を乗り出したり。
こちらが振ってみた会話に、きちんと返事をしようと、努力。
してくれたり。
は、していたのだが…
はっきり言って、わたし邪魔?と、すぐに気がついた。
試しに、後ろのシートを断って、前の助手席に乗ると…
カコさん、飛んでる間じゅう。
後部座席の…詰めれば三人は座れるはずの、横幅を。
右に跳び、左に跳ねて… 両方の窓におでこの形の脂のしみがついて…
ひたすら歓声をあげまくっていて…
騒がしい!
そのたびに急な重心移動でぐらぐら揺れかける飛空車のバランサーを
「待ってました!」とばかりにスライドさせて。
素早く安定させながら何食わぬ顔で運転…操縦?…を続ける、
自称「お抱え運転手」の富田(とんだ)。
「…あのさ、カコさん、いつも…、こんな調子?」
最初こっそり聞いてみた。
「うんそうだよー。かっわいいよね~ ♡ 」
…なるほど…。
過去何人の「運転手」が、カコさんと気が合わなくてクビになったかというと…
人事担当総括も兼ねる副社長の私の苦労も察してほしい。
彼らは一様に主張したのだ。
「危ないからじっとしててください!て、言っても聞いてくれないんですよ!」と…。
そしてカコさんは主張したのだ。
「だってお説教ばっかりしてて、煩いんだよ! 社長はあたしでしょ!?」と…。
…言って聞かせてもダメなら、黙って相手に合わせろと。
…なるほど…。
「…よくこれで、揺らさないで飛ばせるねぇ…?」
「うん、だってうちの双子も、こんなもんだし~w」
…なるほど…。
(カコさんは、…三歳児か!)
*
今日はいつもの『支社支店作業所巡回一周視察コース』の他に。
イレギュラーで社外の提携企業の何ちゃら屋外イベントにも寄って行くという。
提携というか、今はカコさんが個人で支援出資していて、生産が安定してきたらポッポロ庵のどこかの作業所に、定期的に加工原料を安く卸してもらおう…という、計画構想段階の相手だ。
有機農業というと今では誰でも何となくのイメージは持っていると思うけど。
まだまだ知名度の低い「有機林業」とかいう。
一見荒れ放題の、原生林かと思うような…
広大な、山林。
シカの食害は防ぎつつ、人手も電気網も使わずに。
環境負荷を考慮して、持続再生可能な低コストで。
高品質な林野材の安定生産供給…による…
地域おこしプロジェクト?
…なるほど?
環境保護だの有畜複合循環農法だの地方再生だの基本的幸福権だの。
カコさんの好きそうな(実は私はあんまり興味がない)
社会派キーワードが…満載だ。
「はじめまして副社長! どうぞこちら詳しい資料です!」
…とか言われても。
私は、関心は無いんだってば。こっちの分野には…。
(苦笑)
まぁ本来かなりの人見知りのはずのカコさんが。
林業従事者のこわもて泥だらけの小汚い恰好の。
おっさんおばちゃん達に取り囲まれて。
嬉しそうに、笑っているので… よしとするか。(嘆息)
まぁ、獲れたて?鹿肉の自家製炭焼き串は、とっても美味しかったよ…。
(タレも旨かったよね。アレ何ていう木の実を使ってたって??)
…カコさんが買い込み過ぎた、木炭と木酢液と、鹿肉と熊肉の燻製と、ハムと塩漬けと? えとせとらエトセトラのせいで、飛空車の制限重量を、軽くオーバーしちゃって。
危うく、
「予定外の人は、降りて歩いて帰って~?」とか、
言われちゃったけどね…!
(慌てて空ビット急便を手配したので、「予約済みにつき乗車拒否」は免れた…★)
*
その後は予定を詰めて最速で。
パコタテ支店とポッポロ本社と本店と。
それぞれの併設作業所を「巡回視察」して…。
(はっきり言ってカコさんのやってることは、
「三角貿易」だそうな各店商品を「お土産」と称して配ってまわって。
挨拶してお茶して、笑って帰ってくるだけ。
なんだけど…
スタッフはそれで喜んでるので、まぁいいか…)
経営状況報告や経理資料は、基本すべて、私が受け取る。
カコさんに渡しても、たいがい、パラパラ~っとめくって眺めただけの、素通りで。
私のところに届く。
副社長。なんて肩書だけどねぇ。
雑用係。なんだよねぇ。
要するに。カコさんの。
…面倒ごとは、全部丸投げ。という…。
ワタクシ、『ザ・ペーパーカンパニー』パペル社の、
取締役副社長・長野 緑 (ながの・みどり)は…
そういう、係。(嘆息)