第200話 催促

文字数 2,104文字

 食事の準備は整う。レナとメルも敷物に上がり円形に配置された器の前へと四姉妹も含め着席した。

 横並びに座っている四姉妹はそれぞれあたりを見回している。

「みんなそろったかな」「大丈夫、ちゃんと配った」
「のけものはいないね」「・・・準備できてる」

 四姉妹は顔を見合わせお互いに確認しあっていた。

 そんな四姉妹をその場にそろっている全員が見ている。ユウトはその様子を不思議に思いながら四姉妹へもう一度視線を向けた。

 そして四姉妹はそれぞれ器を持って目くばせして口を開き、声を合わせる。

「「「「いただきます」」」」

 声を張るわけでもなく、誰かに意思を伝えようとするわけでもない自然な声量で合唱した。

 そして匙を手に持って嬉しそうに料理を口に運び出す。それを見ていた他の者達は四姉妹を皮切りにそれぞれが「いただきます」と声にして食事を始めた。

「驚イタカ?」

 ユウトのすぐ後ろで佇むヴァルがユウトへ話しかけてくる。

「ちょっとびっくりした。あの日、オレが話したことを続けてたのか」

 決戦前夜、星の大釜の底で行った四姉妹とのやり取りをユウトは思い出していた。

「ソウダ。誰モ強制シテイナイ。ソシテ誰カニ強制モシナイ。自発的ニ続ケテイル。レナ、リナ、メルハ姉妹達ニ倣ッテイルダケダ」
「そうなのか・・・」

 ユウトは不思議な気持ちが湧き上がるのを感じる。良かったのか、悪かったのか。うれしいのか、悲しいのか。明確な疑問も解答もなく四姉妹を見つめていた。

「不服カ?」

 ヴァルの問いかけはユウトの虚を突き、肩を大きく震わせる。そしてユウトは後ろで佇むヴァルへ振り返った。

「いやっ!そんな事はない・・・はず。ただ・・・自分のしたことは不用意だったのかもしれい、と思ってしまった」
「我ガ記録スル限リ、コノ風習ヲ彼女等ハ自発的ニ行ッテイル。精神的緊張ヲ伴ッテイルヨウニハ見エナイ」

 ヴァルの答えにユウトはもう一度、四姉妹を見る。そしてユウトは初めて四人の個性を意識した。

 ユウトにとって同じような姿に見えていたが、よく見ればそれぞれ違いがあることに気づく。髪の長さ、まとめ方から食事の仕方も微妙に違っていた。むさぼるようであったりゆったりであったりしている。画一的にハイゴブリンと一括りにできない個性の差があった。

 ユウトは自身が何かに安心し、胸の緊張がほどける気がする。そして責任を感じた。

「今更だけど、オレは途方もない願いを引き受けてしまったのかもしれないな」
「後悔シテイルノカ?」

 ユウトはすぐには答えない。じっと考えをめぐらせて口を開いた。

「今はない。けどいつか、後悔することはあるはずなんだ。けれど・・・けれどオレはその時がきても、もう折れない。
 オレはあの日、確かに自分の意思で引き受けた。ロードが始めたことだけど、オレはガラルドに抗ってでもやると決めた。あの時の自分の意思を覚えている限り、オレは大丈夫」

 ユウトの言葉に四姉妹は気に止めることなく目の前の器に集中している。しかし四姉妹と多くのクロネコテン達以外は食事の手を止め、あっけらかんとユウトを見ていた。

「ソウカ、ソウカ。頼モシイ。皆モソウ思ウダロウ」

 ヴァルの含みのある言葉遣いに引っかかり、はっとしてユウトは周囲を見回す。リナ、レナ、メルに次々と目が合い、セブルもユウトを見上げていた。

 ユウトはやり場のない恥ずかしさが湧き上がって思わず視線を落とす。そして温かい熱を伝える木の器を見下ろした。

 器には数種類の野菜と肉の煮込みがよそわれている。

「い、いただきます!」

 ユウトは意思表示をするようにつぶやいて匙を手に取り口に運んだ。

 久しぶりのあたたかな食事は身体の内側にじんわりと染みわたる。そして煮込まれて汁に溶けだしたいくつもの野菜の甘味と肉のうま味、少量の香辛料の刺激が口いっぱいに広がった。

 いまだユウトには恥ずかしさの感情が残っていたがそれをかき消すほどの味覚への刺激でユウトは「おいしい」と自然に声が漏れる。

「この料理はリナが作ったのか?」

 高揚感からそれまでの場の空気を忘れ、ユウトはリナに問いかけた。

「えっ?あ、いいえ。これはネイラが作った料理よ。ね、レナ」
「うん、そう。ここでの食事はネイラがヨーレンさんの工房で作ってくれたものをあたしが毎日ケランの配達で持ってきてる」

 リナとレナがユウトの問いにあたふたと答える。

「へぇ、それで・・・どこか懐かしい気がしたんだ」

 ユウトは一人納得しながら次々と匙を口に運び、それまでの羞恥心はもう忘れられていた。

 そんなユウトの様子を見て手が止まっていたレナ、リナ、メルとセブルもユウトにつられるように食事を再開する。そしてすぐに四姉妹が競うように料理のおかわりをリナに催促した。



 夕食の時間は流れていく。それぞれが食事を終えて、ごちそうさまを口にした。

 ユウトはひとごこちつきながらすっかり暗くなった空をふと見上げる。敷物の周りに設置された魔術灯の明かりがゆらめき、星はそれほど見えなかった。

 そんな夜空に魔術灯に負けない光の筋が走る。赤みを帯びてまるで流れ星のような軌跡を描き、ユウト達の方へと迫ってきていた。
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