第12話 沙恵と京子

文字数 37,913文字

「はぁ…ごちそうさまでした」
私は空になったお皿を流しに持っていき、既に他の食器類を洗っているお母さんに声をかけた。
「はーい」
とお母さんは私に笑顔を振りまきつつお皿を受け取った。
と、私の様子を見たお母さんは、やれやれと言いたげな表情を浮かべつつ「もーう」とため息交じりに声を漏らした。
「シャキッとなさい?今日から二学期でしょ」
「う、うん」
と私はそう言われてもまだテンション低めに返した。
それを見たお母さんは手をタオルで拭いてから、私の背中をポンと叩いて笑顔で言った。
「ほーら、今日朝礼があるんでしょ?シャキッとしなさい?」
そう、それがあるからこうして私は朝から気が重いのだ。
「はぁーあ…」
と私はワザとらしく大きく溜息をつきつつ、学校の支度をする為に自室に戻って行った。

…何でこれ見よがしに、ここまで大袈裟とも取られかねない程にテンションがダダ落ちなのか説明がいるだろう。それにはまず、あのコンクール後の、今日までの話に軽く触れざるを得ない。
まず後夜祭自体について。まぁ結論から言えば、周囲の本心はともかくとして、私自身はとても楽しめた。ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調を、オーケストラの皆さんと共に演奏した訳だったが、この三、四十分間は至福のときだった。後になって色んな人に、演奏時の私の写真を見せて貰ったが、タイミングにもよったのだろうが、どの写真に写る私は笑みを零していた。自分でも気付いていなかったが、それほどまでにオーケストラと共演できる事が嬉しく、そして楽しかったのだろう。勿論ここで言い訳をさせて貰うと、急も急だったので失敗が無かっただなんて言わないが、それを抜きにして楽しめ、そして終わった後に、お祭りだからと贔屓目があったのだろうが、客席からは暖かく大きな拍手を頂き、そして老人を含むオーケストラの面々から先に、「今日の共演はとても楽しかった」というお褒めの言葉を頂いて、私からも慌ててお礼を言ったのだった。
後夜祭が終わった後は、しばらく会場に残り、裕美たちと写真を何枚か撮ったりして、会場の外に出た時にはもう夜の九時に近付こうとしていた時だったので、打ち上げはまた別の日のと約束をし、まず銀座で紫、藤花、律とサヨナラをし、そして残る面々で仲良く地元へと帰ったのだった。
…ここまで聞いた中では、どこにそんな落ち込む要素があるのだと不思議に思われているだろうと思うが、問題はこの後にあった。
決勝の日がそもそも始業式の十日前だったというのもあって、その間に裕美や絵里、ヒロなどの地元組、そこに師匠と京子、そして裕美とヒロのお母さんまでが加わって、駅中のそこそこ格式のある和食屋で食事会をしたり、これとはまた別に、律たちのお母さんなども加わった”学園”関係の皆ともまた別に食事会を催してもらったり、これはただ連絡したのみだったが、勿論義一に、そして美保子や百合子にも結果報告をして、それに対するお祝いの言葉などを受けたりしていたりと、何だかんだ忙しない夏休み終盤を過ごしていたのだが、始業式の二日前、不意に学園から我が家に電話がかかってきた。この時私は家にいなかったのだが、帰ってくると、お母さんがわざわざ玄関まで出迎えにきて、何故かテンション高く挨拶をしてきた。この時の私は不思議に思いながらも普通に挨拶を返したが、次の瞬間、衝撃的な話を聞かされた。
まず学校から電話があった旨を話したその後で、その要件を言うのには、何でもコンクールの主催元から連絡が入ったとかで、それを是非とも始業式で壇上で触れたいから、もしかしたら演壇に上がっても貰うことにもなるかも知れないとの内容だったらしい。
これを聞いた時、私は唖然とした。何でそんな大袈裟な話になっているのかと。と同時に、この時すぐ頭に思い浮かべたのは、私自身は覚えていなかったのだが、小学生時代、裕美が水泳で都大会を優勝した時に、朝礼で祝られていたという事だった。
「はぁー、許されるのなら朝礼にお邪魔して、琴音のその勇姿を見たいわぁ」などと言うお母さんの言葉を流しつつ、私は早速裕美にその話をした。
話を聞いた裕美は、電話越しにでも分かる程に愉快げに笑ってみせたので、私は少し膨れてみせつつ「笑いごとじゃないよぉー」と言った。すると裕美は、まだ笑いが収まらない様子で
「まぁ諦めるんだねー。アンタがそうやって変に目立つような真似をしたくないっていうのは、私くらいの付き合いがあればすぐに分かるけれど、でも大概の人にとっては、そうやって大勢の前で褒められたりするのは嬉しい事なんだから、まぁ…開き直って、なかなかない体験をすると割り切って行くしかないんじゃない?」とまるで他人事…いや、他人事なのだがそう軽く諭されてしまったので、私は渋々でも頷くほか無かった。まぁ、経験者の裕美にそう言われてしまっては仕方がない。
というわけで、始業式の朝、何も夏休みが終わってしまったことに対してブルーになっていたんじゃなく、この後に起きるであろうことに対してブルーになっていたのだった。
「いってきまーす…」の声と同時に、のっそりと家を出た。天気は私の気分に反してぴーかん照り、まだまだ余熱の残る夏の日差しだった。
「おーい、琴音ー!」と裕美のマンションの前で呼び止められた。私はまだ歩道にいたが、裕美がエントランスから笑顔でこちらに駆け寄って来た。これまた私に反して明るい笑顔だった。日差しにも負けていない。
「おはよう…」と私が肩を落とし気味に挨拶をすると、「おはよう!」とワザとなのか普段よりもテンション上げ気味に返してきた後で、「もーう、何でそんなにテンション低いのー?」とニヤケながら付け加えた。
「あなたねぇ…」とジト目で裕美の方を見た後、駅に向かって足を踏み出しつつ言った。
「…そりゃあテンションも上がらないわよ。この後の事を想像するだけで、気が滅入っちゃう」
「あはは」
と裕美は一度明るく笑い声を上げると、そのまま表情を崩さないで言った。
「私も小学生の頃、初めての時は確かにナイーブにはなってたけれど、今のアンタほどでは無かったわ。…私の小学生の頃に負けてるわよ?」
「うるさいわねぇ…」
と裕美のニヤケ面に一瞥をくれると、フッと息を短く吐いてから、今度は私から意地悪げな表情を浮かべつつ言った。
「私はどっかの誰かさんと違って、繊細なのよ」
「繊細ー?」
「何よ?何か文句でも?」
と私が聞くと、裕美はクスッと一度笑って見せてから言った。
「自分で繊細って言ってる人が、普段からあれだけ毒を吐くかね?」
「…私がいつ毒を吐いたって言うのよ?」
「え?…普段から」
と裕美はワザとらしくキョトンとした表情を見せつつ返してきたので、もうこうなったら仕方ないと諦め気味に苦笑をしていたが、ふとある言葉が浮かんだので、それを口に出した。
「…仮にそうだとしても、それはねー…コンプレックスの裏返しなのよ。それのなせる技なの」
我ながら上手い事を思いついたと思ったが、言われた当の裕美は、今度は心からのキョトン顔を浮かべて、何か吟味をしている風だったが、ふと今度は裕美が苦笑まじりに言った。
「…もーう、アンタはまたそんな分かるような分からないような、分かり辛い言い方をしてー…ほら、さっさと駅に向かうわよ?」

裕美と会話を楽しんだお陰か、良くも悪くも開き直りの心境に達していたが、乗り換えの秋葉原で待ち合わせをしていた紫と会うと、必然的に今日の朝礼の話になったので、また胃が重くなるのだった。そんな私を他所に…いや、巻き込みつつ、紫と裕美は四ツ谷に着くまで終始盛り上がっていた。
四ツ谷に着いて、学園までの通り道上にある地下鉄連絡口の方に向かうと、そこには既に藤花と律が立って待っていた。お互いにほぼ同時に姿を認めると、どちらからともなく手を振りあった。
私含めた五人が寄り合うと、挨拶はそこそこに、またしても私の話に終始した。以前にも話した通り、学園までの道を私たちは二列に原則並びながら歩いていくのだが、前方を歩く裕美、紫、藤花は何かを話す度に、こちらをチラチラと見てきながら笑い合っていたので、「ほら三人とも?道でそんなフラフラしてちゃ、回りに迷惑でしょう?」と保護者風なイジらしい抵抗をしてみたが焼け石に水だった。ふと助けを求めるつもりで隣を歩く律に視線を移したが、律は律で珍しく、目元と口元に若干の意地悪げな微笑みを湛えて見せていた。私はもう抵抗は虚しいと、一人大きく溜息をついて、学園までの道を足取り重く行くのだった。
学園に着き、いつものように中学二年のクラスが纏まって接している廊下まで揃って行き、また後でと声を掛けつつ私と律のクラスの前で別れた。
それから私と律と揃って教室に入ると、思ったよりも何の変化もなかった。
…何でそんな風に思ったかと言うと、てっきりもう既にクラス全員に今日のことが知らされていて、この時点でクラスメイトに冷やかされたりするものだと思っていたからだ。だが、時折挨拶をする程度で、一学期の時と何ら変化がなかったので、肩透かしを食う形となった。まぁもっとも、この時思ったのは、今時クラスメイトが朝礼で取り上げられる程度の事で、そんなに盛り上がったりするほど他人に対して興味が無いのかもと、聞く人によっては自虐に聞こえるかもだが、私としてはそれは嬉しい誤算であった。
チャイムと共に、私たちの担任である”志保ちゃん”が教室に入ってきた。学級委員の挨拶の後に続いて言った後、出席を取られ、そしてその流れのまま、朝礼や式典に使われている、軽く傾斜のつけられた斜面に沿って座席が設置されている講堂へ向かうために、ゾロゾロと廊下へ出た。最後の方で律と一緒に出ようとしたその時、不意に志保ちゃんに呼び止められた。
「何ですか?」
と私が聞く側を、残りのクラスメイトたちが通り過ぎて行った。最終的には、私と律だけになっていた。
「望月さん、今日の事なんだけれど…」
と志保ちゃんはそこで言葉を区切ったが、もうその時点で何が言いたいのか察した私は「はい」とだけ返事をした。
すると志保ちゃんは、ふとずっと私の側に黙って立っている律に視線を流したが、「…律は大丈夫です」と私がすかさず言うと、「そう?」と志保ちゃんは笑みを軽く浮かべつつ、今日の式の流れについて話してきた。
まぁ簡単に言うと、さっきも触れたが今から行く講堂というのが座席が設置された所なので、下手に奥まったところにいると、呼ばれた時にはその座席が邪魔をして中々容易に出て行けないという難点があった。なので、志保ちゃんが自分が案内する、今日みたいな時用に余分に用意してある最後尾の位置に向かうように言った。ついでに、律にも私の隣に行くように言われたので、律は短くボソッと「はい」と返事をした。
結局志保ちゃんに連れられて講堂に入ったのは、生徒の中では私と律が最後だった。
因みにこの学園は中高一貫だったので、それを一斉に集めるのは、校庭以外では無理だとの判断か、最初を中学生、次に高校生と分けて始業式が執り行われていた。
他の生徒たちはガヤガヤと自分たちの間で喋り合っていたので、誰も私たちに気付く者などいなかった。
最後尾の席に座ったその時、傾斜がついているお陰で良く見渡せたが、ふとたまたまだと思うが、裕美たち三人が固まって座っているのがチラッと見えた。
と、徐々に講堂の照明が弱められたかと思うと、その騒つく講堂の壇上に、老齢の女性がツカツカと演台の前に向かった。校長だ。と、その瞬間、生徒達は一斉に口を噤み、先ほどまでのザワつきがウソのように静まり返った。
自分たちを褒めるようで何だが、他の学校は知らないが、こういったところは所謂格式のある学園って感じだと思っている。
校長はツラツラと、ありきたりな話を五分か十分ほど話していたが、最後の方になってふと今まで堅持していた硬めの表情を緩めたかと思うと、口調も柔らかく口を開いた。
「…さて、本日の朝礼はこれでお開きにします…としたいところですが、実は我が校にとってとても嬉しいニュースが、この夏休みの間にもたらされたんです。…」
「望月さん…」
と不意に背後から小さく声を掛けれた。顔だけ軽く後ろに向けると、そこに居たのは微笑みを浮かべる志保ちゃんだった。
彼女が何を言わんとしているのかすぐに察した私は、「はい」と同じ様に小声で応じつつ、ふと隣の律に顔を向けた。
律は私と目が合うと、フッと一瞬目元を緩めてコクっと頷いて見せたので、私からもコクっと頷き返し、志保ちゃんに促されるままに立ち上がり、壇上までの通路に立った。
「…ではご本人にご登壇して頂きましょう。中学の部、二年一組の望月琴音さん?」
名前を読み上げられたので、私はおずおずと若干俯き気味に、ゆっくりとした歩調で演壇へと向かった。
歩いている途中、好奇の視線をヒシヒシと感じていたが、講堂の明かりが暗いのが助かった。自分でも顔が火照っているのを感じていたが、恐らく側からはそんなに顔が赤くは見えていなかっただろう。何となく裕美たちが見えた辺りを特に意識的に見ない様にして、何とか壇上に上がった。ここまで正味一分ほどだっただろうが、体感的にはその何倍にも思えた。

…この話は取り敢えずここで終わらせるのを許してほしい。
まぁ特段触れる内容も無いからだ。実際は壇上に上がると、校長の脇に立たされて、校長がマイクの届かない所で「何か一言話します?」と聞かれたので、私は慌てて「いえいえ!」と断った。次の瞬間、少し態度が悪かったかと思ったが、校長は「あら、そう?」とやんわりとした口調で言うと、私をそのままに、改めて軽く私のコンクールの話をした。その間私は視線をどこに向けたらいいのか分からず、最後まで定まらないままに目を泳がせていた。
「…。では望月琴音さんでした」と校長が私の名前をまた言ったので、私は取り敢えず深々とその場でお辞儀をすると、生徒側からは程々に拍手が送られた。
最後に校長と握手をすると、舞台下にいた先生の一人に誘われて、演壇から降りる小さな階段を慎重に一段ずつ降りた。
何せ足に力が思った様に入らなく、自分のモノとは思えない感覚だったので、衆人環視の中で転ぶ様な事があったなら、もう目も当てられないと、もしかしたらあの受賞の場以上に神経を張っていたかも知れない。
無事降りて、気持ち早足でさっき自分が座っていた最後尾まで緩やかな坂を登って行った。その間、行き以上に好奇の眼差しを感じていたが、そんな中ふとこんな場なのに、どこからか私の名前を小声で大きな音量で出そうとしている様なのが聞こえたので見ると、そこには裕美たち三人が笑顔でこっちに揃って手を振ってきていた。私は最初は無視してさっさと行こうと思ったが、まぁ応援に来てくれた事に対して大袈裟に言えば恩に着ていたので、見えるかどうかは度外視で、胸の前で小さく振り返してから、気持ちまたペースを上げて席に戻ったのだった。戻ってからは、律は何も言わずにただ微笑んでくるのみだった。

式が終わった後、教室までは律とまた二人で教室に戻ったのだが、その途中、クラスメイトたちにテンション高く一言二言話しかけられた。「ピアノやってたんだー?」だとか、「全国大会で準優勝でしょー?凄いねぇ」といった類いのものだった。まぁ初めから期待をしていないが、隣にいる律が助け舟を出してくれそうな気配が微塵も無かったので、私はただ苦笑まじりに「ありがとう」的な言葉で返した。
教室に戻って自分の席に着いてほっと息を吐いたのも束の間、すぐにまたクラスメイト達にぐるっと周りを囲まれてしまった。そして同じ様な質問ばかりしてきたので、必然とこちらとしても同じ答えをする事になる訳だが、初めはキチンと真摯に答えていたのが、何だか飽きてくるのと同時にうんざりしてきたその時、最後の方で話しかけてきた中で一つ面白い話があった。
まぁ雑談的に軽く触れると、その子は実は、私がこうして準優勝する前から、私がその大会に出ていることを知っていたと言うのだ。
「え?」と私が思わず驚きの余りに声漏らしたのは言うまでもない。まだ私の周りに固まっていた他の子達も同様に驚いていた。そして次の瞬間には、私の代わりにその子に皆が質問を投げかけていたが、それに答えるのには、何でも本選まで勝ち上がってきた女の子の中に、この子の友達がいたと言うのだ。それを詳しく話してもらってはたと思い出した。何とその友達というのが、本選での授賞式の時、呆気に取られて中々賞を受け取りに行こうとしない私に、笑顔で話しかけてきながら早く行く様に促してきたその子だった。
「あぁー…あの子」と私がボソッと言うと、その子は笑顔で「うん!」と大きく頷いて返した。
…これをこの場で私が自分で話すのはかなり恥ずかしいので、本当は言いたくないが、こうして触れてしまった以上最後まで話さなくてはいけないので、恥を忍んで言うと、この子は初めは私の事に気付かなかったらしいが、どこかで見た事があるなくらいには思ったらしい。そう思っていた次の瞬間、私の名前が読み上げられた時、すぐに私だと気付いたとの事だった。それで…ここからが恥ずかしい箇所なのだが、それまでは友達の演奏以外には興味が無くて、この子が言うのには退屈していたらしいのだが、その事があって、私の演奏を真剣に聞いてくれたらしい。それでそのー…とても感動してくれた様なのだ。コンクールが終わった後で、出場して惜しくも敗退した友達に、一応気を遣いつつ、私の事を聞いてみた様なのだが、その友達は笑顔で『とても良かった』と皮肉でも自虐でも無く素直に言ってくれたらしい。その話を聞いた瞬間、私が思わずその友達の度量の大きさについて褒めると、その子は急にモジモジと照れて見せたが、満更でもない様子だった。
私は気付かなかったが、本選が終わって会場内で談笑をしていた時に、私の姿を見たらしい。これも何かの縁だと話しかけようとしたらしいのだが、同年代の女の子、保護者らしき背の高い女性二人に囲まれて喋っているのを見て、何だか話しかけ辛く思い、その場で断念したと言っていた。私はそれを聞いて「別に話しかけてくれて良かったのに」と笑顔で言ったが、その子はただ私の言葉に照れ笑いを浮かべるのみだった。
それからまた話が盛り上がって行きそうになったその時、
「ほらー、いつまで喋っているのー?皆席に着いてー」と志保ちゃんが教室に入るなり、人だかりが出来ていたこちらの方に声を掛けてきた。それで取り敢えずのお開きとなった。

始業式の日というのもあって、軽く連絡事項を志保ちゃんから聞き終えると、今日はそれで学校はアガリとなった。
帰り支度をしている間、クラスメイト達が今だにチラチラとこちらを覗き見てきていたが、私は何とかポーカーフェイスを保ちつつ済ませ、それと同時に律が私の元に来たので、「帰ろうか」と声をかけ、去り際にクラスメイト達が普段の何倍も声を掛けてきたのでそれに一々返しつつ教室を出た。そして律と二人で学園近くの”いい意味で”何も無い例の公園へと向かった。そこには既に私達よりも先に裕美達が向かっているとの事だった。
私は知らなかったが、何でも律に藤花がその旨を伝えていたらしい。いつもみたいに廊下で待ち合わせるのは、今日に限っては難しいとの判断だった様だ。それを私はさっき律が私の側に来た時にボソッと教えてくれたのだが、その時は「そんな大袈裟な…」と苦笑いを浮かべたのだが、確かに自惚れでも無く、廊下に出てからも他のクラスの子からもチラチラと視線を向けられたり、中には話した事のない子にも挨拶されたりしたのだ。今にして思えば、藤花…いや、藤花達の判断が正しかった…のだろう。
その好奇の視線を振り切る様に早足で公園に辿り着くと、定位置と化したベンチの一つに、裕美達が固まってたむろっていた。
と、私から声をかける前に、向こうから私達二人に笑顔で手を振ってきた。
「…あぁ、こっちこっち!」
と藤花が相変わらずの所謂アニメ声で声を上げた。
「お待たせ」
と私が間を埋めるためだけの社交辞令的に言うと、まず紫が意地悪げな笑みを浮かべつつ話しかけてきた。
「おっと…お姫様のご登場ね?」
「誰がよ…?」
と私はため息交じりに返しつつ、手には拳を作り、それを紫の肩に押し付ける様に当てた。それに対して紫は大げさに痛がって見せている。
そんな様子の紫に対して、私はジト目を向けつつ
「夏休み明けでも変わらないのね、まったく…」
と呟くと、今度は藤花が無邪気な笑みを浮かべつつ言った。
「まぁまぁお姫様、今日は確かにお疲れだったと思うけれど…」
「えぇ、確かに今日は疲れて…って藤花?」
と私は思わずスルーして単に返そうとしたが、すぐさま今度は藤花にジト目を向けつつ返した。
「あなたまでその呼び方をするの?」
「えぇー、だってぇー」
と藤花は、何が”だってぇ”なのか説明しないままに紫に笑顔を向けていた。それに対して紫も同様に応じる。
その様子をやれやれと首を振りながら見ていた私の肩に手を置いた者がいた。振り向くと裕美だった。
裕美も私と同様に首を横に振りながら、同情する風に言った。
「まぁまぁお姫様、この子達には私から後できつく言っときますから…」
「…ちょっとー」
と私は肩に乗せられた裕美の手を、埃を払う様に振り解くと、今度は裕美にジト目で
「自然にお姫様呼びしないでよー」
と突っ込んだ次の瞬間
「プッ」
と吹き出した声が聞こえたので、裕美と共にその方を見ると律だった。
律は軽く握った右手の甲を口元に添えていたが、私の顔をチラッと見ると、スッといつもの表情少ない石仮面を被ってから
「…姫」
と呟いた。それからは二つほど間が空いた後、誰からともなく笑いが漏れていった。暫くは四人のその様子を薄目がちに眺めていたが、「やれやれ…」と心に思った事を思わず口に出し、次の瞬間には私も同様に笑いに混じるのだった。
笑いあった後、四人から平謝りをされて、そしてその後に、誰が提案するのでもなく、”これこそ”自然の流れで、いつもの御苑近くの喫茶店に行くことに相成った。
まぁ喫茶店での会話は、取り立てて話す事もない。普段通りの会話だったからだ。まぁ勿論向かう電車の中、歩く中、そして喫茶店に入ってからも、この日の朝礼での出来事に関してで話題は終始したが、まぁどれも私に対する”愛情のこもった”冷やかしばかりだったので、わざわざ取り上げるまでも無い。ただ、先ほど教室に戻ってからクラスメイトの一人に聞かされた話は面白いと、裕美達にそのまま話した。最後まで律まで含めた他の四人は興味深そうに聞いてくれた。
と、私が話し終えると裕美が口を開いた。
「…あぁ、その同年代の子って、私の事かー」
「そのようね」
と私が返した。
「まぁこの後話を続けようとしたら、志保ちゃんが教室に入ってきちゃったから、お喋りはそれでお開きになっちゃった。でも後で別に気軽に話しかけてくれたら良かったのにって言ったんだけれど」
「…うーん、まぁ分からなくはないかな?」
とここで紫が口を挟んだ。
「今話を聞いてる感じだと、今日までその子とそこまで親しく話してこなかったんでしょ?」
「え?うーん…まぁね」
私は軽く記憶を探ってみたが、思い出したのは事務的なやり取りくらいだった。
それを聞いた紫は肘をつき、隣の私に顔を向けながら言った。
「ならまぁ…それは話しかけ辛いでしょ?もしさぁ…そんな和気藹々と、自分と同年代の子…まぁこれは裕美だったわけだけれど、おしゃべりしている中に、そんな中にはなかなか度胸が据わってないと入って行けないでしょ?」
「そうだねぇ」
とここで向かいに座る藤花が合いの手を入れるように言った。
「よく話しているならともかく、そんなに話したことが無いクラスメイトを見かけて、勇気を起こして話しかけたとしても、もし相手が私のことを覚えていなかったらと考えると…ちょっと話しかけにくいよねぇ」
藤花は最後に、隣に座る律に話しかけるように言い終えると、律はただ静かに何度か頷いて見せた。
「なるほどねぇ」
紫達の話を聞いて素直に感心して見せると、途端に紫が呆れてるのか何なのか、取り敢えずニヤケながら言った。
「…ふふ、そんなに感心するほどの事だった?」
「え?」
「まぁ、私たちがそんな普通だと思うところで感心して見せたりする癖に、妙なところで引っ掛かって来たりするからねぇー」
と笑顔で付け加えるように言うのは藤花だ。
「…まっ!」
と間髪入れずにパッと言葉を差し込んだのは裕美だ。
裕美はさっきの紫の様に肘つき隣の私に顔を向けつつ、満面の笑みを浮かべて言った。
「そんな普通とズレたりしてるのが、アンタの個性的な所で、それが飽きなく面白い所なんだけれどね!」
「あはは!違いない!」
と紫が間を空ける事なく返すと、「ウンウン!」と藤花も応じた。律も笑顔を私に向けながら頷いていた。
私は一瞬漠然とした嫌な感じが胸の中に生じた思いをしたが、裕美の言葉を聞いて、小学生の頃、初めて裕美を誘って土手に行って、アレコレとお喋りした時を、情景を含めて思い出し、その思い出がそんな些細な事を瞬時に忘れさせてくれた。
「そのズレてる所がー…」
と笑いが収まり出した時に、紫がまたニタニタとしながら一度他の四人に視線を流して、最後に私に止めて言った。
「見た目と相まって、ますますお姫様っぽい!」
「まだ言うか」
と私が声に表情を付けずに、目だけ細めてつっこむと、また幾らか間が空いた後で、皆で笑い合うのだった。この時は私も初めから加わって笑った。
それからは、決勝のあの日にそれぞれが撮った写真を見せ合って過ごした。例の全員で舞台に上がって撮って貰った写真以外は、それぞれが思い思いに写真を撮っていたらしく、四人のどの写真も同じ物がなく、こんな所に目が行くのかと見ていてとても面白かった。
途中で裕美のを見ていると、その中でヒロとのツーショット写真があった。見た感じ、恐らく授賞式後に撮った物の様だった。ヒロはキャラ通りの呑気な笑顔をこちらに向けてきていたが、裕美は笑顔ではいたのだが、どこかぎこちなく見えた。軽く緊張して見えた。
私は思わずこの写真について裕美に突っ込もうかと思ったのだが、何だかこれに関して軽々しくからかってはいけないと、どこかでブレーキが働いた。それで最終的には、ただ単にいつどこで撮ったのかの質問のみした。裕美はそれに対して、淡々と、先ほどの私の推測通りの答えをして終わった。
…考えてみたらコンクール以降、ヒロ関係でそんな妙な事が続いているなぁ
と漠然と不思議がりつつも、このまま四人とお喋りを過ごした始業式の日の放課後だった。


「じゃあそれでお願いしまーす」
「はい、では少々お待ちください」
京子が声を掛けると、ウェイトレスは一度お辞儀をしてから下がって行った。
今日は始業式の何日後かの日曜日の午前。場所は羽田空港国際線ターミナルだ。今は出発ロビーのある階内の、駐機場が眺める喫茶店に、師匠と京子と来ている。
何故こんな所に三人で来ているのか。もうお分かりだろう。そう、京子が活動拠点のフランスに戻るというので、私と師匠とで見送りに来たのだ。当初はお母さんも付き添う予定だったが、急遽実家の呉服店を手伝わなきゃいけなくなったというので、こうして師匠と二人で来たのだった。
私と師匠はTシャツにジーンズとラフな格好をして来たが、京子も日本に帰って来た時と同じ格好をしていた。師匠のところで一度洗濯したらしい。
スーツケースはもう既に預けて、チェックインも済ませて今に至る。
ウェイトレスが持ってきた小ぢんまりとした焼き菓子を食べつつ、アイスコーヒーを三人揃って飲みつつ、フライトまでの時間を過ごしていた。
「まぁねー、分からんでもないけど」
と京子が向かいに座る私に笑顔で言った。
初めは京子があの後に実家のある神戸に、何日か里帰りをしていた話に始まり、今はコンクールの話から、私が何で今まで出場する事を拒んできたのかについて話が及んでいた。
「確かに、まぁ一般の人でもピアノ自体は常識の範囲内で知られているけれど、実際にそれに本気で取り組んでいる人間自体についての理解は、今も昔も乏しいのは確かねぇ」
私が話した事に対して、京子はこういった視点から話を始めた。私は当初これが本当に関係してるのか訝っていたが、すぐに師匠とはまた違った考え方を提示されてる事に気づき、私の中の好奇心お化けが目を覚ますのを覚えていた。
「でもね、琴音ちゃん?」
とここで京子はテーブルに両肘をつくと、気持ち前傾姿勢になって続けた。
「私もあなたくらいの時、周りに対して自分がピアノをしているのを話すのが、何だか躊躇われた時期があったわ。…何も悪い事をしているんでも無いのにね?」
「そうねぇ」
とここで私の隣に座って静かにしていた師匠が合いの手を入れた。
「何だかねぇー…まぁ誤解を恐れずに言えば、よく分かってくれている人からなら良いけど、よく分かりもしないのにそれで不用意に褒めてきたり持ち上げられたりするというのが、何というかー…嫌だもんね」
師匠はここまで言うと、ふと私の方に顔を向けて、そして明るい笑みを浮かべつつ言った。
「琴音、あなたもさっき、始業式での事を話してくれたけれど、私たちと同じじゃない?」
「…はい」
と私は何だか苦笑い気味の笑みを零しつつ答えた。
「あはは。まぁ、私もそうだったんだけれどねぇ…琴音ちゃん?」
と京子はここまでニヤケ気味の笑顔でいたのだが、ふと柔和な微笑みを顔に浮かべたかと思うと、口調も穏やかに言った。
「でも結局隠している事には変わりない…いや、そう私は感じていてね、どこかでいつも同級生と一緒にいても、大袈裟な言い方をすれば罪悪感みたいなのが仄かにあったのね?それで悩むって程ではなかったんだけれど、そんな時にね、ある人の書いた本の中で引用されていた一節に目を惹かれたの。それはね…」
とここで京子が名前を出したのは、先日亡くなったあの落語家の”師匠”だった。
その名前が出た瞬間すぐに察したか、「あぁ…」と師匠が隣で軽く笑みを浮かべつつコーヒーを啜った。京子は続けた。
「でね、あの師匠が引用した人というのが、戦後で一番と言っても良いくらいに有名な能役者の方だったの。その人も”師匠”と同じで、自分の帰属する芸能がこのままでは廃れる一方じゃないかと苦心して、一般向けに色々と本を書いていたんだけれど、その中にね、こんな話があったの」
京子はここまで話すと、区切りをつけるように一旦コーヒーを一口分飲んでから続けた。
「『ごく小さな子供の頃、装束を着せられて楽屋に待たされている間に、時としてふと嫌な気持ちにさせられた事があるのを、今でも記憶しています。これから舞台に出て、多くの観客の前に身を晒す、それが何だか自分を見世物にされている様な感じが時々フッとしたのです』」
「…あぁ」
と私は思わず声を漏らしてしまったが、それに対して一度ニコッとしたのみで、先を続けた。
「『また中学の頃は、自分が能の役者だというのを周囲の人に知られるのが大変に嫌だった…。それは、能が古臭い、現代の社会には通用しないと人々が思っていて、それを演っている人間などは異端に見られていそうな、何か気恥ずかしい感じがしていた』」
「分かるなぁ…」
と安易に同意をしてしまったかなと直後に反省していると、京子はここでまた先ほどまでの明るい笑顔に戻り言った。
「まぁ、この方の話はここから現代における芸談に話が進んでいくんだけれど、それは一旦置いといて、何がここから私が言いたいのかというとね?あなたを含め、そして私、あなたの師匠を含む芸に携わる人々というのは、今だけに関わらず、昔からそんな事を経験しながら生きてきた…その事実を知っている、自分だけじゃないという事実を知るだけでも、変に孤独感を味あわずに過ごせるんじゃないかって事なんだけれど…」
とここで京子が私の顔を覗き込む様にしてきたので、私は照れも含んだ笑みを浮かべて返した。
「…はい、よく分かりました」
と返すと、京子はまた姿勢を正して
「ふふ、よろしい」
と満足げな表情で言うのだった。
「もしその能役者さんに興味を持ったのなら、そこにいる師匠に本を借りるといいわ。確か持ってるはずだったから…ね?」
「え?…えぇ」
と師匠は何だかバツが悪そうな笑みを私に向けつつ応えた。
「そうね…琴音が読みたいと言うのなら、私はもちろん喜んで貸すよ」
「はい、よろしくおねがします」
と私が明るく師匠に応えるとその直後、
「物分りが良くて助かるわぁ…ねぇ、沙恵?」
と京子がふと師匠に話しかけた。
「ん?何?」
と師匠が聞くと、京子は私に視線を流しつつ、口元はニヤケ気味に言った。
「琴音ちゃんを私に頂戴よぉ?こんな出来の良い子、滅多な事じゃ見つからないし」
「あのねぇ…」
と師匠は苦笑気味だったが、目つきは若干キツ目に京子に返した。
「琴音は物じゃないんだから、あげたり貰ったりする類いじゃないでしょ?」
「分かってるわよそれくらいー…気を悪くしないでね?」
「ふふ、分かってます」
と私が笑みを浮かべて返すと、京子はまたニヤケ面を浮かべて、
「ほらー、よっぽど琴音ちゃんの方がよく分かってるじゃない?」
と師匠に言うと、師匠は「はぁ…」と私と京子に視線を向けつつ苦笑い交じりの溜息を吐いた。
「まぁとりあえず…そんなに弟子が欲しいのなら、勝手に自分で探しなさいな」
「何よケチー…琴音ちゃん?」
と京子はまた前傾になって、私の顔に自分の顔を近づけて、そして内緒話をする風に口元に手を当てつつボソッと言った。
「もし沙恵に何か意地悪をされたら、いつでも私に連絡してきてね?相談に乗るから」
「…ちょっと?聞こえてるんですけど?」
と師匠は薄目でジッと京子を見ながら言うと、京子は明るく無邪気に「あははは!」と笑った。
「いや、『あはは』じゃないわよ全く…」
と呆れる師匠の姿を含めて、その一連の様子が面白かった私はクスクスと笑うのだった。
それを見た師匠も仕方ないと鼻で息を吐くと、私と一緒になって笑っていた。

「…あっ」
とここで不意に師匠は伝票に目を落とすと、突然声を上げた。
「ん?どうかした沙恵?」
と京子が聞くと、師匠は何だか照れ臭そうな様子で答えた。
「いやね…この空港内のお店って、駐車券を見せれば、駐車代がタダになるでしょ?そのー…駐車券を車に置いてきちゃった」
「えぇー」
と京子も苦笑交じりに声を漏らした。
因みに今日は、師匠の運転する車でここまで来た。真紅のフォルクスワーゲン・ゴルフだ。
師匠自身は車を持っていなかったのだが、これはお母さんの所有車だ。昨日京子は師匠を伴ってウチまで挨拶に来たのだが、その流れでどうやって空港まで行くのかの話になった。京子は「荷物が少ないから電車で行きます」と返していたが、側にいた師匠に向かって「もし沙恵さんさえ良かったら、私の車を使って送って差し上げて下さらない?」とお母さんが聞いていた。その瞬間「いや、いいですって」と京子が遠慮して見せたが、師匠は師匠で「別に私は構わないんですけど…良いんですか?」とお母さんに聞いていた。するとお母さんは笑顔で「別に構いませんよ。沙恵さん、あなたが良いと言ってくれるならね?」と言うのを聞いた師匠は「では…」と京子を空港まで送るという任務を仰せつかっていた。その間私は側で京子の様子を眺めていたのだが、珍しくというか何だか恐縮しているのが印象的だった。
後でというか、ここに来るまでの車中で教えてくれたが、師匠は何度かこの車を運転したことがあったらしい。お母さんが同乗してがほとんどのようだったが、ただ単に師匠に貸すという事もあったようだ。
「京子、まだ飛行機の時間大丈夫?」
「え?…んー」
と京子は手首にしていた小ぶりの腕時計に目を落とした。
「…えぇ、まだ出発まで一時間以上あるけど」
「あ、そう?じゃあ…ちょっと二人ともゴメンね?」
と師匠は席を立ち上がりつつ言った。
「早足でちょっと取ってくるから」
と既に店の出口に向かう師匠の背中に向かって
「ゆっくりで良いわよー?迷子にならないようにねー?
と声をかけていた。
師匠の姿が見えなくなった頃、京子は一口分ストローでコーヒーを啜ってから言った。
「やれやれ…。あの子は相変わらずね。普段は本当にしっかりしているんだけれど、こういう所で間抜けなんだから」
そう言う京子の顔には、何とも言えない優しげな微笑みが見えていた。
「あ、あのー…」
とここで私は、ふと昔から漠然と持っていた思いを成就するには今がチャンスだと、少し遠慮がちにだが話を振ってみることにした。
「ん?何?」
「あ、そのー…」
と私はもう姿の見えない、師匠の消えた店の出口辺りに視線を向けつつ聞いた。
「師匠って…昔から今と変わってないんですか?」
「…ふふ、気になる?」
京子はテーブルの下で足を組むと、微笑みの中に若干のイジワル成分を混ぜつつ言った。
私は少しきょどりつつも、「は、はい…まぁ」と何だか我ながら煮え切らない調子で返した。
すると京子は数秒ほど私の目をジッと品定めをするかの様に見たかと思うと、フッと見るからに力を抜いて、その流れでため息交じりに口を開いた。
「…ふふ、まぁ沙恵もねぇー…中々自分の事を話さないからなぁ…で?」
とここで京子は肘をつきホッペに手を当てると、少し挑戦的な笑みを浮かべつつ「何が聞きたいの?」と聞いてきた。
「え?えぇっと…」
私は改めてそう問われて、本当に聞きたい内容が内容なだけに、こんな場で気軽に質問して良いのか少し逡巡してしまったが、本来は流す所なのだろうが”なんでちゃん”の本領発揮といったとこか、私は一度生唾を飲んでから質問した。
「そのー…こんな気軽に聞くのは何だと思うんですけど…」
「うん」
とここでまだ京子が笑みを絶やさずにいてくれたのが功を奏したか、私は勇気を奮い起こして言葉を続けた。
「…師匠がそのー…ピアニストとして、ソリストとしてのキャリアを引退したという話…何ですけど…」
とまぁ結局こんな感じで、辿々しく、ハッキリとは聞けない感じで、最後などは京子の顔が徐々に曇っていく様に見えた私は、その顔を直視出来ずに俯いてしまった。
「んー…」と私の話を聞いていた京子は唸っていたが、「琴音ちゃん、顔を上げて?」と声を掛けられたので、言われるままに恐る恐る顔を上げた。そこで見たのは、何とも言えない、あまりに参って笑うしかないと言いたげな苦笑いを浮かべる京子の顔があった。
ほんの数秒間見つめあった後、京子はその笑みのまま優しい口調で言葉を発した。
「まぁ…それこそ弟子としては気になるよねー?自分の師匠が何故引退したのか、その事情が」
「は、はい…」
「…うーん、それこそ本来は本人の口から聞くのが筋だろうけれど…どうしても聞きたい?」
とここで京子が、急に真面目な顔つきになって、射竦めるような視線を送ってきたので、その変貌ぶりに驚きつつ狼狽えたが、師匠のことを知りたいという気持ちは、生半可な、ワイドショウ的なたまさかの好奇心によるものと比べようの無いものだったので、私からもその視線に対して目を逸らさずに、「はい」とだけ短く、しかし自分なりに力強く返した。
それからまた二人の間に数秒間の時が流れたが、ここでフッと京子は短く息を吐くと、また先ほどまでの独特な苦笑いを浮かべて、トーンも戻して口を開いた。
「…そっか。そこまで言うのなら、私の知る範囲、私に関連している点からのみという条件付きで良いのなら、話してみようかな。…それで良い?」
「は、はい。お願いします」
「じゃあまぁ話すけど…もし遠くで沙恵の姿が見えたら、その時点でお開きだからね?」
と京子が、位置的には私の斜め後ろに位置する店の出入り口に視線を流しつつ悪戯っぽい笑みを浮かべて言ったので、私も思わず笑みを零しつつ「はい」と返した。
「よし!」と京子は目を細めてニコッと笑い言った直後、また表情を戻して、そしてゆっくりと話し始めた。
「まぁ…中々に暗めな話だから、私自身話すのが難しいんだけれど…。琴音ちゃん、あなたは何故沙恵が引退したのか、そもそもどの辺りまで知ってるのかな?」
「あ、は、はい…えぇっと…」
私は昔にお母さんから聞かされた話を思い出しつつ、そのまま京子に話した。これには少し苦労をした。
何せ最後に聞いたのが、師匠の元に通いたての頃、つまりは私がまだ小学二年生になったばかりの頃だったからだ。しかもその一度きりで、それ以降お母さんは自分の口からその話をする事は無かった。だが、その話をしてくれた時のお母さんの表情は今でもハッキリと覚えている。ハキハキと当時から話すタイプだったのが、この話をする時には表情を曇らせつつ遠慮がちに見えた。それを見た当時の私でも、幼心に深入りして質問するのは躊躇われて、それで今日まできたのだった。
内容はだいぶ前に触れたので、ここでは軽く流すが、要は師匠が何かしらの事故で手を痛めて、日常生活に支障が出るほどでは無かったが、繊細さを求められるピアニストとしてはこれ以上活動していくのは無理だと引退し、それ以降は自暴自棄になって日本に戻ってきて覇気なく毎日を過ごしていた時に、共通の友人でたまたま私のお母さんがいて、お母さんの強い勧めでピアノ教室を開く事になった…という話を、今話したよりももう少し端折りつつ答えた。
私が話している間、京子は興味深げに黙って聞いていたが、私が話し終えると、一度アイスコーヒーを啜ってから、表情は変えずに口を開いた。
「…うん、あらましとしては、今あなたがお母さんから聞いたって言ってたけれど、大体あってるよ。…うん、でもそっか…あなたが小学二年の頃に、沙恵が教室開いたのよねぇー…。って事は、もうあれから七年ちょっと経ったのかぁ…」
と最後に窓の外にふと視線を外しつつシミジミと言った。
「…」
私は下手な相槌は打つまいと、黙って京子の言葉を待った。
京子はゆっくりとまた私に顔を向けると、一度フッと寂しげな笑みを見せた後、また表情を戻して続けた。
「…ふ、自暴自棄…か。確かにあなたのお母さんが言ったように、あの頃の沙恵はそうとしか言い様のない感じだったわねぇ…。で、琴音ちゃん、あなたはその事をもう少し詳しく知りたいって事なのよね?」
と京子が最終確認をしてきたので、私はまた真剣な面持ちで何も言わずに力強く頷いて見せた。冷やかしではない意思を示すためにだ。それを見た京子も、私に倣ってでは無いだろうが、同じく一度頷くと、重たげに口を開いた。
「…じゃあ、話すね?…教室を開いたのが七年前よね?という事は…その一年前、つまり八年前になるのか、その時にね…沙恵は向こうで交通事故に遭ったの」
「…え?交通事故…?」
どこかで何かしらの事故に遭ったのだろうくらいの想像はしていたのだが、こうして改めて明らかにされると、思った以上の衝撃があった。
京子はまた一度コクっと頷くと話を続けた。
「そう、交通事故。自分で運転した時に、対向車にぶつけられてね?…これは勿論後で聞いた話だから、もし機会があったら本人に聞いてくれたら良いと思うけど…。まぁ、沙恵からは中々話してくれないだろうけどね?」
「…」
「まぁ事故自体はお互いに上手くハンドルをきったというか、結局接触はしたんだけれど、命に関わる大惨事にはならなかったの。で、警察が来て現場検証をした結果、相手側が不注意運転をしていたというので、沙恵はただの被害者として、慰謝料なりを受け取って、その時に病院に行って検査をしてもらったらしいんだけれど、幸いにもどこにも怪我は無かったようなの。でね?」
とここで京子はふと苦笑いを浮かべてから続けた。
「病院で検査が終わった辺りでね、沙恵から連絡を貰って、事故に遭っちゃっただなんて気軽に言うもんだから、当時の私は本当に心の底から驚いてね、大丈夫なのかを何度もしつこく確認したんだけれど、本人はあっけらかんとしたもんで、『大丈夫、大丈夫、今病院で診てもらったんだけれど、どこにも怪我は無いってさ』って言うのよ。私はその時はもう呆れっぱなしで、ネチネチと沙恵にしっかりしないとって説教しちゃったんだけれど…」
と京子はここまで話すと、急に表情を暗くして、声のトーンも数段落としつつ続けた。
「でもある時ね、それから一ヶ月…いや、一ヶ月も経たないくらいだったかな?沙恵が私にある日の朝電話してきたの。私が軽い気持ちで出るとね、受話器の向こうでずっと黙っていたの。たまになんかすすり泣きが聞こえるのみで、中々話さないから焦れったくなって『何?何なのよ?電話しときといて何も話さないのは?切るよ?』と、私と沙恵の間ならではの軽いノリで言うとね、沙恵がボソッと涙混じりの声で言ったの。『…きょ、京子…ど、どうしよう…手が…手が…動いてくれない…』ってね」
「…え?」
「うん、私も『え?』と突然の告白に驚いてね、『手が動かない…?ちょ、ちょっと沙恵、それってどういう事?』って聴き直したんだけれど、電話の向こうで沙恵は質問には答えずにずっと『動かない…動かないのよ…』って言うもんだからね、私は『ちょっとあなた、自分家にいるの?いるならそのまま待ってなさい!』ってそれで電話を切ってね、当時…いや、今も住んでるパリ郊外の田園地帯の一軒家からね、当時沙恵が住んでいたドイツのライプツィヒまで、あらゆる交通手段を屈指して、その日の昼過ぎには家の玄関前に辿り着いていたの」
「はぁー…あっ」
私は京子の話を聞きつつその様子を思い描いていたのだが、その内容に思わず感心のあまり声を上げてしまった。その直後に無粋にも話を切らしてしまったかと慌てて口を噤んだが、当の京子は微笑みつつ首をゆっくりと横に振り、そして何事も無かったかのように話を続けた。
「でね、着いて早速何度もチャイムを鳴らしたんだけれど、一切応答が無かったの。私、この時に嫌な胸騒ぎがしてね、沙恵が住んでいた所は外国人が珍しい地区だったんだけれど、目立つのも厭わずに大声で『沙恵!沙恵いるの!?ここを開けなさい!』って言いながら取っ手に手をかけたらね、ガチャっとスンナリ開いたの。私はその時一人で気恥ずかしくなりながらも家の中に入ったわ。沙恵の家は昔ながらの伝統的な石造りの家でね、まぁ私のもそうなんだけれども…いや、それはともかく、外からの自然光も入り辛い造りをしていてね、それなのに電気を点けていなかったものだから、昼間だというのに薄暗かったの。それでも何度も来たことがあったから、その中を『沙恵?沙恵いるの?』って声を掛けつつ歩いているとね、ふと一つの部屋のドアが半開きになっていたのに気づいたの。すぐにハッとしたわ。そこは沙恵の練習部屋だったからよ。私は恐る恐る近づいて、取っ手に手を掛けて『沙恵…?いるの?』って口にしながら開けるとね…沙恵はそこにいたわ。…ピアノに突っ伏してね」
京子はここまで話すと、一呼吸を置くようにコーヒーを一口分啜って、それからまた調子を変えずに続けた。
「『さ、沙恵!』って私は驚いてね、慌てて沙恵の側に駆け寄って、揺すって良いものか一瞬考えたけれど、それでもやっぱり何度も揺すったの。そしたら沙恵…ゆっくりと目を開けてね、私の顔を見ると途端に目をまん丸に開けて、ギョッとした表情を浮かべて凄い勢いで背筋を伸ばしたの。それから少しの間私たちは何故か無言で顔を突き合せてたんだけど、私から『沙恵…一体どうしたのよ?』って聞くとね、今まで座っていたピアノ椅子から床に崩れ落ちたかと思ったその次の瞬間、『京子ー!!』って私の足に抱きついてきたの。あまりの突然の時してなかった事態に困惑したんだけれど、親友として出来るのはこれしか無いって思ってね、私はその絡みつく腕をなるべく解けないようにしゃがんでね、それで泣く沙恵の上から抱きしめてあげたんだ…」
「…」
私はすっかり京子の話に夢中になり、今が空港内の喫茶店だという事すら頭から消え失せていた。それなりに周囲は騒ついていたはずだったが、集中していたせいか、京子の声以外が無音にすら感じた。
とふとここで京子が何気無く、”親友として”と何の恥ずかしげも無く自然と言っていた事について、大げさな言い方かも知れないが感銘を受けていた中、京子は話を続けた。
「…それで暫くそうしていたんだけれど、やっと沙恵が落ち着いてきた頃を見計らって、『まぁ取り敢えず座りましょう?』って声を掛けてね、その部屋の中にあった小さなテーブルの側に置かれていた椅子に向かい合って座ってね、それで話を聞いたの。『一体どうしたのよ…?』って聞くとね、沙恵はまだ憔悴し切った様子だったけど、何だか自嘲気味の笑みを零しながらね言ったの。『…もうね、私…ダメかも知れない』『え?どういう事?』って私が聞き返すとね、沙恵は自分の両手を開いたり閉じたりしながらそれを見つつね『この手がもう動かないのよ…』って言うのよ。…これだけ聞くと、冗談にしか聞こえないけれど、でも状況が状況だったから、私も冷やかしたりしないで『でも…あなた、私に電話で言ってたじゃない?病院で検査を受けたら、何も悪い所が無かったって』って聞いたの。そしたらね、沙恵はまた自嘲気味の笑みを浮かべながらね「うん…検査はそうだったんだけれど…』ってそこで言い止まるとね、おもむろに立ち上がって、ピアノの前に座ったの。私は何のことか分からず、取り敢えず沙恵の動向を見守っていると、あの子何の合図も無しにメンデルスゾーンの”ヴェニスの舟歌”を弾き始めたの」
「…」
メンデルスゾーン”ヴェニスの舟歌”…これは私の大好きな曲の一つだ。…だが、これを聞いた瞬間、胸を締め付けられるような感覚に陥った。これはとても暗い曲で、これをわざわざ選曲した師匠の当時の心境、それに伴う状態がひしひしと伝わって来るかのようだったからだ。
そんな私の感想は兎も角、京子もどこか寂しげな様子で続けた。
「私は不思議に思いながらも初めは淡々と聞いてたんだけれど、どこか、何だか『らしくないな…』って感想を持ったの。何て言うのかな…沙恵らしい正確無比な演奏じゃ無かったんだ…。きつい言い方をすれば、所々で誤魔化しが入って聞こえたの。勿論…沙恵基準でだけどね?そんな私の心境を背中越しに敏感に感じたのか、ふと途中で演奏を止めるとね、私の方に振り返って『…ね?』って、とても寂しげに笑ったの。…あの全てを諦めてしまった様な笑顔、もう八年にもなるけれど、今でもハッキリと思い出せるわ…」
「…」
京子がふと窓の外に視線を飛ばしたので、私も思わず外を見ると、その時、
「…二人とも、何を今まで話してたのー?」
「え?」
と慌てて後ろを振り向くと、そこには明るい笑顔を湛えた師匠の姿があった。ふとここで京子の顔を見たが、京子も一瞬驚きの表情を浮かべていたが、これが経験の差なのか、途端に意地悪げな笑みを浮かべつつ師匠に声を掛けていた。
「遅いぞ沙恵ー。まさか本当に迷っていた?」
そう聞かれた師匠は、少し参り気味な苦笑いを浮かべつつ椅子に座りながら返した。
「そんな訳ない…て言いたい所だけど、そう、どこに車を停めたかど忘れしちゃってねぇー、車を見つけるのに手間取っちゃったわ」
「もーう、あなたは昔からしっかりして見えて、どこか一つ抜けてるんだから」
「うるさいなぁー…で、あなたたち二人こそ、今まで何の話をしていたの?」
「え?」
と私は思わず声を漏らしたが、それについて何か不審には思わなかったらしく、師匠はニヤケつつ言った。
「だってさー…このお店に入る前に、あなたたち二人の様子が見えていたけれど、何だかこの席だけ周りから浮いていたよー?まるで…」
とここで師匠は一度止めると、私と京子の顔を見比べてからニターッと笑いつつ言った。
「別れ話をしているカップルみたいに」
「何よそれー」
と京子もニヤケつつ返していたが、ふと急に少し影の入った笑みに表情を変えると、師匠に話しかけた。
「いやね…ちょっと話してたのよ。…昔のことを」
「昔のこと…」
さっきまでの愉快げな雰囲気は何処へやら、師匠はそう呟くと、また私と師匠の顔を見比べていた。私は何だか気まずくて、若干俯き加減になっていた。
どれほどだろうか沈黙が流れた後、フッと短く息を吐き、「…そっか」と師匠は微笑交じりに呟いた。
それを聞いた私は、ふと顔を上げると丁度その時それを受けて京子が「えぇ…」と静かな微笑を湛えつつ返していた。
「…?」
正直そこから何か良くも悪くも展開があると思っていたので身構えていたのだが、何だか和やかな空気が流れたので肩透かしを食った気分だった。
そんな私を尻目に、ふと京子は手元の時計に目を落とすと明るく声をあげた。
「…あ、そろそろ時間だわ。もう出ましょう?」

「仕方ないなぁ…」とぼやきながらもニヤケながら京子が計算を払っていた。「ごちそうさまー」と師匠が明るく言ったので、私も戸惑いつつ挨拶を述べると「いいえー」と京子はさっきまであんな話をしていたとは思えない程に暢気な調子で答えつつ、師匠に駐車券を返していた。
それからは寄り道をせずに、そのまま保安検査場の入り口まで向かった。その間空港のアナウンスが繰り返し流されていて、京子の搭乗するパリ・シャルル・ド・ゴール行きの最終案内だった。
「じゃあ二人とも、送ってくれてありがとう」
京子は肩に提げたバッグの紐に手を掛けつつ言った。
「…ふふ、コーヒー代でチャラにしてあげる」
と師匠がニヤケつつ言うと、京子も「はいはい、ありがとうね」とニヤケ面で返していた。
と、ここで私と目が合うと、京子は笑顔のまま私のそばまで歩み寄り、私の両肩に手を掛けつつ声を掛けてきた。
「琴音ちゃんも、今日はありがとうね?…今日だけじゃなく、あなたのコンクールでの雄姿も観れたし、最近の中じゃ一番楽しかった日本滞在だったよ」
「あ、い、いえいえ、こちらこそ!ありがとうございました!」
と私は肩に手が乗ってるのを失念してそのまま上体ごと倒して頭を下げた。すると京子は「あははは!」と明るく笑ったかと思うと、そのまま明るい調子で
「固い固い!次会う時までに、もっと肩の力を抜くようにね?…何事においても」
と最後にふと微笑みを向けつつそう言われたので、私も合わせるように「はい」と笑顔で返事をした。
「よし!」と明るく声を上げたかと思うと、京子はまた師匠に顔を向けたが、何だか意味深な笑みを浮かべたかと思うとただ一言、
「…じゃあ沙恵、またね」
と声を掛けると、師匠は師匠で同様に意味深な笑みを浮かべつつ
「えぇ…またね」
と返すのだった。
その短いやり取りの中に、何だか色んな意味合いが込められていると感じられたのだが、それがどこから来るのか分からず軽く困惑していたが、それを他所に、京子は足取り軽く検査場の入り口に立つ制服姿の係員にパスポートと航空券を見せると、私たちに向かって大きく手を振った。私と師匠もそれと同じように手を振り返すと、それからは振り返ることなく検査場内へと消えて行った。
しばらく京子の消えた辺りを二人して眺めていたが、
「…じゃあ私たちも行こっか?」
と師匠が優しげに声を掛けてきたので、私も「はい」と答えて、その後は二人仲良く車を停めてある立体駐車場へと向かった。

「さっきは何ですぐに見つけられなかったかなぁ?」
とボヤきつつ師匠は車に乗り込んだ。
「ふふ」
と私は何も掛ける言葉が見つからずに、取り敢えず間を埋めるように微笑みで返した。
師匠は苦笑いを浮かべたままエンジンを掛けると、車を発進させた。駐車券を差し込んでゲートが開いたのを確認すると、そのまま一般道に出た。
「今頃京子の乗った飛行機…飛んだ辺りかなぁ?」
と信号で止まると、不意に師匠が声を漏らした。車に備え付けてある時計を見ると、時刻は正午ぴったりを示していた。
「そうですね…」
と私は若干上の空気味に返した。
…それも仕方ないことだろう。京子の話の盛り上がりがピークに達しようとしていた場面だったというのに、師匠がお店に戻ってきたのと同時に強制終了してしまったからだ。師匠には申し訳ないし、内容が内容なだけに文句を言うのは筋違いにも程があるが、それでももう少し聞きたかったという”なんでちゃん”の不満が胸の中を占めていたのは確かだった。
信号が変わって車が発進してからも、何か会話をしていたはずだったが、正直内容が全然頭に入っていかなかった。
とそんな風に時間が流れていたその時、運転席から短いため息が聞こえたかと思うと、師匠が声を掛けてきた。
「…さてと、琴音、瑠美さんのだけど折角ここまで二人揃って車で来たんだから、どこか寄って行こうか?」
「…へ?」
あまりの予想外の提案に、思わず気の抜けるような間抜けな声を漏らした。師匠は前方を見たまま愉快げな口調で続けた。
「ふふ、丁度お昼時だし、そうだなぁ…うん、近くまで来たんだしあそこに行こう」
と師匠が前に向かって指を指したので、その先を見ると道路案内標識があり、そこには”お台場”と文字が書かれていた。
「良いかな、琴音?」
と聞かれたので、私からすると不満も何も無かったので、素直に「はい」と明るく返した。
「よし!」と師匠は気合いを入れるが如く声を張ると、車線をお台場方向に変更した。

「…よし、じゃあ降りようか?」
「はい」
助手席から降りたそこは、海浜公園内の駐車場だった。見渡すと、所狭しに車が停められていた。パッと見た感じ、私たちの車が入った事で、満車になったようだ。
「ツイてたわねぇ?」
師匠は鍵を閉めつつ言った。
「今日は日曜だから、お台場だし混んでて、もしかしたら駐車場も見つからないかなくらいに思ってたんだけれど」
「…ふふ、確かにツイてました」
と私も笑顔で返すと、師匠もニコッと笑ってから、出口の方をチラッと見てから言った。
「…よし!じゃあ行こうか?」

私と師匠は仲良く並んで駐車場を出ると、間髪入れずにいきなり海が出た。正面にはレインボーブリッジが見えており、私たちのいるすぐ左手には船の発着場が見えていた。
駐車場は何とか一発で空きを見つけられたが、やはりそれでも休日とあって、平日を知らないが、親子連れ、カップル、少人数から大人数まで多種多様な友人グループなどでひしめき合っていた。
「わぁ…」
今まで正直お台場に来たという記憶を思い出せなかった私は、何となく辺りを眺めつつ声を漏らした。それが風景に対してなのか、それとも人の多さについてなのか、まぁ…その両方にだった。
妙に感心した様子を見せていた私を微笑ましげに師匠は見てきていたが、「さて…いつまでもここにいても仕方なし、少し歩こうか?」と言うので、「はい」と私が返すと、ゆっくりとした歩調でそのまま右手に切れ、左手にお台場の海と砂浜を眺めつつ散歩をした。
「今日は瑠美さんにねぇ」
師匠は口調も明るめに言った。
「もし何だったら、京子を送った後で、どこかお昼でも食べて行けば?って言われてたの。そのまま家に直帰されても自分が家にいないからってね」
「はい、私も聞きました」
「だからさ琴音、少しばかり散歩した後で、この近所で何か美味しいものを食べましょうね?…私のおごりで!」
と師匠は言い放つと目をギュッと瞑って見せたので、私も自然と笑みを浮かべながら「ふふ、ご馳走様です」と返した。
師匠はウンウンと上機嫌に頷いていたが、ふと右手に見えていた商業施設群をチラッと見つつ、照れ笑いを浮かべながら言った。
「でもまぁ…私もそんなにお台場には滅多に来ないから、どこがオススメなんだか、さっぱり分からないんだけれどね?」
「ふふ、そうなんですね?」
「うん。…あ、琴音、あそこ」
「はい?」
師匠が不意に声を上げて指を指したので、その指の先を見てみると、今歩いてきた小道の右手にずっと広がっていた緑地の中に、ベンチが一つ空いてるのが見えた。
「琴音、散歩もいいけど、この人出だし、折角ベンチが空いてるんだから、ちょっと座っていかない?あそこに座れば、目の前に海とか色んな景色が見えて、いいロケーションだと思うんだけれど?」
と聞いてきたので、私としては何の反対もあろうはずも無く、
「はい、座っていきましょう」と笑顔で返した。
それから二人してベンチに座り、少しの間遠くの景色や、周囲の人間たちを眺めたりしていた。
この時、何だか私の胸の内は妙なワクワク感に占められていた。恐らく今こうして師匠と二人並んで、ボーッと景色を眺めたりして過ごしているという非日常感のせいかも知れない。
というのも、何だかんだ師匠と二人っきりで、ピアノや音楽、芸能以外でこうして外で過ごした事が今まで無かった。二人で外出自体は何度も数え切れないほどあったが、具体的に言えば、藤花の歌を聴きに学園近くの教会に行ったりと、最近ではそれくらいのものだった。それ以外だと漏れなくお母さんが付いてきたので、繰り返しになるがこの非日常感、その中にいる自分自身を楽しんでいた。
と、ふと私と同い年くらいの子達が、ワイワイ騒いでいるのが見えたので、ふと師匠に話しかけてみた。
「…そういえば師匠?」
「んー?何ー?」
師匠は正面を向いたまま、暢気な調子で間延び気味に言った。
私は私で、さっきの子達の方を見つつ続けた。
「さっき師匠は、滅多に来ないからって言ってましたけど…」
「えぇ」
「そのー…学生時代とかも来たりしなかったんですか?例えば…今の私や、あそこの子達くらいの歳の時に」
「え?…あぁー」
と師匠は私の視線の先に気づくと、そう声を漏らし、少し前傾姿勢になりつつ言った。
「そう言う琴音、あなたは良く友達とここまで遊びに来るの?アレ…こないだ来てくれてた子達と」
そう聞かれた瞬間、頭の中に裕美たちの事が浮かんで、そのままどうだったか記憶を攫ってみた。が…
「…いやぁ、私は…無いですね」
と照れ笑いを浮かべつつ返すと、師匠はふと私の顔を見て、その直後に悪戯っぽい笑みを浮かべつつ「なーんだぁ」と言った。
「聞いてくるものだから、あなたはあるのかと思ったじゃなーい?」「ふふ」
と私はただ微笑みで返したが、この時ふと師匠の言葉使いに引っ掛かったので、それをそのままぶつけてみた。
「師匠、あなた”は”って事は…?」
「え?…あ、あぁ」
と私がすぐに言葉を切ったのにも関わらず、師匠はすぐに私の意図を汲み取ったのか、今度は師匠が照れ臭そうに笑いつつ返した。
「…本当にあなたは、そういう細かい機微に気付くんだからなぁ…我が弟子ながら、感覚が鋭くて、たまに空恐ろしく思う事があるよ。…ふふ、そうねぇー」
師匠はふと、ベンチの背もたれにベタっと自分の背中をつけてから言った。
「んー…正直記憶にないなぁ。まぁそもそも青春時代なんかは練習漬けだったから、ここに来る用事も無かったし…前にさ、軽く話した事あったよね?」
と師匠は姿勢を正し、顔には柔らかい微笑を浮かべつつ続けた。
「ほら…私が何であなたにコンクールに出るように勧めていたのか、その訳をさ?…うん、私はまぁ小学生時代もそうだったんだけれど、中学、高校に入ってからも同じ様に周りの同級生たちとは”ソコソコ”の付き合いに止まっていてねぇ…。ってまぁ、それくらいの歳の時は、小学生の頃とは違って、物理的に友達と外で遊ぶ時間が取れづらかったってのはあるけれどね?」
と最後にニコッと明るく笑った。
「でもまぁ…」
とここでまたベンチに背をつけて、ふと顔を上げて空を見上げたかと思うと、その直後には顔を戻して私に向いて言った。
「その時もし側に京子がいたら…もしかしたら二人してここに来る事もあったかも知れないねぇ」
そう言い終えると、師匠はまたさっきの子達の方に視線を向けた。
「ふふ…京子さんは神戸でしたっけ?」
師匠がそっけない感じを出しつつ話していたのを聞いていたが、それでもその声のトーンから気持ちがこもっているのが端々から見えていて、それが何だか我が師匠に対してながら可愛いらしく思え、楽しい気分に浸りながら聞いた。
すると師匠は若干目を細めつつだったが、口元はニヤケっぱなしで答えた。
「えぇ、そうよー?まったく、今回はキチンと実家に帰った様だけれど、私が言わないと中々帰ろうとしないんだから…。まぁ私がけしかけるたびに京子が言うにはね、『だってー…帰るとまだ結婚はしないのか?ってうるさいんだもん』だってさ。はぁ…まぁ仕方ないわよね?親からしたら、心配にもなるってものだろうし」
「…ふふ、師匠は?」
余りにウンザリげに言うので、私はふと意地悪な気持ちが沸き上がり、思ったまま声を掛けると、一瞬だけ師匠の表情に驚きが見えた。それをみた瞬間、『あ…しまった』と、弟子の立場ながら調子に乗り過ぎたかと反省しかけたその時、「あははは!」と師匠が途端に声を上げて笑い出した。
「ちょっとー、それどういう意味よー?」
そう文句を言いつつも笑みを絶やさない師匠を見て、私がキョトンとしていると、師匠は私の肩をポンポンと叩きながら笑顔交じりに言った。
「あーあ、その感じ、懐かしいわねぇー?小学生の頃は、良くそうやって私に対して軽口を飛ばしてきてたのを思い出したわぁ…生意気にね?」
「…そんな生意気でしたっけ?」
と私も生意気に人を値踏みするかの様な意地悪げな笑顔で言うと、
「そういう所よー」と私のホッペを今度は軽くつねってきた。
「痛いですってー」と私が大げさに痛がってホッペを撫でて見せると、「あははは!」とまた明るく笑うので、私も一緒に笑い合うのだった。

「はーあ、そういえば」
お互いに笑いが収まった頃、ふと師匠が何気ない調子で聞いてきた。「京子といえば、さっきあなた達二人で何の話をしていたの?何だかチラッと遠くから見た感じでは、変に真面目そうだったけれど?」「え…?」
唐突にさっきの喫茶店の話題が振られたので、大袈裟でもなく豆鉄砲を食らった鳩の様に目を丸くしてしまったが、そこはそれ、あの話が中断してからずっと心の中にもやっとした物が居座ってる感覚を解消したかったので、内容が内容なだけにさすがの私も遠慮がちになりながらだったが、
「は、はい…そ、そのー…ですね?」
と時折師匠の顔を伺いつつ、京子との会話の内容を話し始めた。
話し始めると、師匠は始めから私の顔をニコニコしながら見て来ていたのだが、徐々に表情に影を差していき、終いには無表情になっていった。
見る見ると目に見えて変化していったので、私はすぐに喫茶店で京子に質問をしてしまった所からを思い返しつつ反省し始めていていたが、もうここまで来てしまっては仕方ないと、後でどう怒られようと、もしかしたら嫌われるかも知れないとの不安を抑え込みつつ、滔々と話を続けた。
「…それでそのー…って所まで話を聞いてたんですけれど…」
「…」
話し終えると、相変わらず師匠は無表情のまま私の顔をじっと見つめて来ていた。その間は半分間ほどだったと思うが、それでも体感的には最低でも数分ほどに感じた。私たちの周囲は人々で騒がしかったはずだが、さっきの喫茶店での事と同様に、私たち二人の間だけに消音フィルターでもかけられたかの様に、少なくとも私に耳には音が入ってこない様だった。
とその時、「…ふう」と息を大きく吐いたかと思うと、師匠は一度大きく伸びをして、そしてそのままの姿勢で私の方を見た。その顔には普段通りの師匠の笑みが浮かんでいた。
「あーあ、とうとうあなたに知られちゃったか」
とそう言う師匠の顔は苦笑いに変化していた。
「す、すみません…」
そんな師匠の様子に反して、私は心から申し訳なく思い、シュンとなりつつ呟いた。
「本来は師匠に直接聞く事の筈だったんですけれど…でも普段から何だか聞き辛くて…あ、いや、これは師匠がどうこうじゃなく、私自身の問題何ですけれど…」
「…ふふ、うん…」
途中からアタフタとした私の様子を、師匠は小さく吹き出しつつ微笑ましげに聞いていた。
「だからそのー…京子さんを責めないでください。何度も言おうか言うまいか悩んでいた京子さんに対して、無理に話を聞き出そうとしたのは、私…なんですから…」
と最後は俯きつつか細い声をやっとこさ吐き出す様に言い終えた。
その間私は自分の腿あたりを見ていたので、師匠がどんな表情をしていたのかは知らない。
また少し沈黙が流れた後、ふと私の肩に手が置かれた。
顔を上げて見ると、師匠は静かな微笑みを顔に浮かべていた。
が、私と目が合うと、途端に呆れ笑いに変化して言った。
「まったく…琴音、あなたって子は、本当に小さな事でも細やかに周囲に気配りが出来る、良くも悪くも繊細なんだからなぁ」
師匠は私の肩をポンポンと数回叩いてから手を離し、続けた。
「ふふ、分かってるよ。京子には何も言わない。…あなたがフォローを入れてくれたからね?…ふふ。でもそっかぁ」
師匠はここでまた大きく伸びをすると、少し照れ臭そうにしながら続けた。
「…実はね、その話…どこから話せばいいのかなぁー…良くね、京子と話していた事なんだ。…琴音、あなたを含めてね?」
「…え?」
無関係そうな中で唐突に私の名前が出たので、私は思わず声をあげた。
「それってどういう…」
「うん、どういう事かっていうとね?ここ最近では、あなたが実質本格的に私の弟子になった後は顕著だったんだけれど、それ以前…あなたがまだ小学二年生で私の教室に来た時から、私の事についてあなたに話すべきかどうか、京子に相談したり、または話すべきだと諭されたりしていたの」
そう話す師匠の顔には、イタズラのバレた子供風の無邪気な笑みが浮かんでいた。
「話すべきだと言われた時にはね、『まだあの子は小さいから、こんな不用意に私の重たい過去の話をするのはどうなんだろう?』って返していたの。それに…長く付き合っていく中で、あなたがとても感じやすい、繊細な子だということが分かってきたら尚更ね?」
師匠はウィンクして見せた。
「い、いやぁ…」
「ふふ、まぁさっきのあなたの話ぶりじゃ瑠美さんから一度だけ軽く聞いてはいたみたいだけれどねぇー…。まぁそうだなぁ…ここまできて、何も話さないという訳にもいかないし、もう師弟でもある訳だから、これ以上秘密である必要も無いしね…まぁ今までだって内緒にしとく意味は無かったかもだけれど…」
と後半は独り言の様に呟いていたが、パッと私の顔を見ると、一度目を細めて微笑みつつ、
「じゃあ琴音…我ながら少し重たい話になっちゃうけれど、それでも聞いてくれる?」
と聞くので、私はすぐにでも返事をしたかったが、それも何だか無粋に思い、何テンポか置いてから少し真剣な表情を作って「はい」と短く、しかしハッキリと返事をした。
師匠は満足げにコクっと頷くと、静かな笑みを浮かべつつ話し始めた。
「それで、えぇっと…あぁ、京子は自分が当時の私の家に来た辺りまで話したんだったわよね?うん…あ、そうそう、いやぁーよく覚えていたわねぇー、私がその時メンデルスゾーンを弾いただなんて」
師匠はここで呆れ笑い気味に言ったが、本心から呆れてるって感じでは無かった。
「そうそう、途中まで弾いて、やっぱり思い通りに弾けなくて、京子にそう言ったわ…うん、恥ずかしながら、京子に縋り泣いたのも…本当」
師匠はとても照れて見せて、それは今までに見たことが無いほどだった。
「…で、ここまでね、京子が話たのは…?そう…」
師匠はふと空を見上げて、記憶を手繰る様にしていたが、顔をゆっくりと正面に戻しつつ続けた。
「まぁそれからはね?京子に改めて聞かれたわ。『もう一度病院に行ってみましょうよ?』ってね。『もう行ったわよ…』って私が力無く言うと、『それって、検査受けた同じ所でしょ?違う病院に行けば…』『もう何件も行った…』…我ながらね、必死に色々と案を出してくれていた京子に対して、真摯な態度じゃ無かったなぁって後になって申し訳ない気持ちになったんだけれど、もう当時はそれどころじゃ無かったからねぇ…ただ淡々と不愛想に返すのみだったの。でね、何の脈絡も無かったんだけれど、私は不意に聞いてみたの。『さっきの演奏…どうだった?』って」
「…」
「そしたら京子、柄にも無く顔一面に困った表情を見せてね、凄く言うべきかどうか迷ってる風だった。…ふふ、もし今そんな表情を目の前でされたら軽口をぶつける所だけれど、当時はそんな京子が答えてくれるのを、ただ無心になって待っていたの。暫く考えてる風だったけれど、ようやく口を開いて言った言葉がね、『あなたらしく無い』の一言だった」
「…」
「そう言った直後に、今度は何だか困った顔を浮かべていたけれど、私はそう言われてね、何故か急に心の中が澄み渡っていく感覚に陥ったの」
「…え」
「うん、なんていうかなぁ…まぁ素直にその時の感想を言うとね、『あぁ、やっぱり京子だ。キチンと私のピアノを今まで聞いてくれてたんだなぁ』という感謝の念が湧いたんだけれど、後もう一つ湧いたのはね、『キチンと正直に包み隠さず、そんな言いにくいことを言ってくれて有難う』って事だったの」
「あぁ…」
「その最後の言葉ね、それは京子がそう言ってくれた後で、そっくりそのまま言ったの。おそらく私は笑顔だったと思うわ。それを聞いた京子ったら…さっきのあなたみたいに目をまん丸にさせたかと思ったら、その後ではますます困った表情を浮かべていたわ」
と師匠が手を使って自分の目を大きく見開かせて見せたので、私は「ふふ」と小さく控えめにだが笑った。
「それでね、それからまた話は戻って、色々と京子が案を出してくれていたんだけれど…ふと怪我した後から考えていた事を漏らしたんだ…」
師匠はここで一度区切ると、これまた今までに一度も見たことのない程の寂しげな笑みを浮かべて言った。
「『…もう引退…しようかな?』ってね」
「あ…」
私は自分でも分からないままに声を漏らしたが、それには取り合わず、師匠はその寂しげな笑みのまま先を続けた。
「…ふふ、そしたら京子ったら、また目を大きく開かせてね、それに加えて口をあんぐりと開けて固まったの。もうこれ以上無いって程の呆れ具合ね。普段の私だったら、それについても何かしらツッコミを入れてたと思うけれど、繰り返しになるけどそれどころでは無かったから、そんな様子を無視して言葉を続けたの。『…うん、だって…今まで自分なりに、それなりに頑張ってきたつもりだったけれど…もうこうなっちゃった以上、どうしようもないもん…』そう言うと、京子も一緒になってシュンとなって見せてたけど、それでも何か私に言いたげな表情を見せていたわ。そんな様子を見ながらね、私は呑気に、『こんな私なんかの為に、ここまで感情移入してくれるなんて…私は本当に良い友達に恵まれたなぁ』だなんて感想を持っていたの。…あ、いや!」
とここで急にテンションを上げたかと思うと、師匠は照れ臭そうに「今のは…京子に内緒にしてね?」と今更なお願いをしてきた。
そんなお願いに対して「はい」と辞令的に笑顔で返すと、まだ照れ臭さの残る笑みを浮かべつつ話を続けた。
「ふぅ…あ、でね、それからはずっと京子から引退を思いとどまるように説得されていたんだけれど…徐々にね、本当に我ながら酷いなと思うんだけれど、当時の私からしたら、健全な身体を保ちつつ、これから先、私みたいに事故とかのアクシデントに遭遇しない限り、ピアニストとしての明るい未来が見えている京子に対して、そのー…嫉妬心だろうね、私が仮に被災者だとして、他の人達は色々と応援の言葉をかけてくれるんだけれど、それは対岸の安全地帯からの言葉で、どうしたって当事者では無いが故に、何だか身勝手な偽善的な言葉に聞こえてきてしまったの…。京子と偽善とは、どうしたって繋がらないのにね」
師匠はここで一度自嘲気味に笑った。
「それでね、とうとう言ってはいけない事を言ってしまったの…。『…うるさい。京子、あなたに私の何が分かるって言うの…?あなたは良いわよ、これから先まだまだピアノと共に生きていけるんだから…。…私を見てよ?さっきあなたが言ってくれたように、もう私は以前の様には弾けなくなっちゃったのよ…?仮に周りがその演奏に対しても良いと言ってくれたって…何の意味もない。ただその評価、その評価をした人間に対して失望と嫌悪をするだけ…。でも、あなたやごく一部の人々、それに私自身…それら少数の納得いかない演奏をいくらしたって、自己嫌悪に陥ってくだけなのは、火を見るよりも明らか…でしょ?もうさ、京子…私のことはほっといてよ…あなたを見てると、ダメな自分が浮き上がる様で辛いから』とね」
「…」
話の途中から、話の中の京子の様に私もシュンとなって少しうつむく様に話を聞いていた。
と、そんな私の様子を見て、師匠は小さくだが微笑んでから続けた。「そう言うと途端に京子は黙りこくってね、それからはそうだなぁ…もう何十分もお互いに何も言わずにいたと思うわ。それでもね、酷い言葉をぶつけたと言うのに、京子は依然として黙ったままだったけれど、ただジッと私の側から離れようとしなかったの。これは本当に嬉しかった…」
師匠はしみじみと零しつつ、視線を遠くに飛ばした。
「でもね、やっぱり嬉しいのと同時に自分の小ささが益々浮き彫りされていく感じがしてさ…これだけは言うまいと思ってたんだけれど、ある種京子を失望させる為という意地悪な汚い意図のもと、そんな状態になった時から考えていた事を、自嘲気味に笑いつつ言ったんだ…」
師匠はここで一度区切ると、視線はそのまま遠くに飛ばしたまま、何でもないといったトーンで言った。
「『もう…死のうかな?』ってね」
「…」
この一言を聞いて、私は胸を短剣で刺されるかの様な思いがした。
もちろん、以前にも話した様に、師匠が自暴自棄になるがあまりに、そういった願望を持つ様になった事はお母さんから聞いていた。
…聞いていたのだが、実際にその言葉を、自分の尊敬する師匠の口から聞かされると、思っていた以上にその衝撃は計り知れなかった。そんな私とは対照的に、師匠は一度私の方を向くと、フッとまた何か諦めた風な笑みをこぼしてから、また正面を向いて話を続けた。
「そしたらね…また二人の間に重たい沈黙が流れたんだけれど…あ、ほら、京子から聞いたでしょ?当時の私の練習部屋には小さなテーブルと椅子があって、向かい合って座っていたって」
「え、あ、は、…はい」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、やけに急に明るい口調でそんな事を聞いてくるので、それに釣られてというか、私は戸惑いつつもすぐに返事をした。
すると師匠は私に笑みを向けつつ、声のトーンも先程までとは比べ物にならないくらいに明るめに続けた。
「京子はね、何の前触れもなく立ち上がったかと思うと、私の座っている側まで来てね、私の事を見下ろしていたの。私が何事かと見上げるとね、次の瞬間…」
師匠はここで言葉を切ると、急に体の正面で空中に向かってビンタをした。
「私の顔にね、思いっきり力強くビンタをしてきたの」
「え?」
私は師匠の言葉以上に、急に目の前でビンタを実演して見せたことに対して驚いていたが、そんな事はつゆも知らない師匠は、何故か愉快な様子で話を続けた。
「パァン!って良い音がしたわよー?その部屋は防音がしっかりなされてたんだけれど、内部はとても音響に気を使った作りにしてたから、尚更良くね?…ふふ。それでね、当然叩かれるだなんて思ってもいなかった私は、当時痛みも感じない程に驚いてね、ただ唖然としながら京子の方を見たの。そしたらますます驚いちゃった。だって…」
師匠はまた静かな微笑みに戻りつつ続けた。
「京子ったら怒った表情を浮かべながら、両目からは大粒の涙を流し続けていたんだもの…。私は驚きを隠せないまま、叩かれた方のほっぺに手を当てつつジッと京子を眺めていたの。そしたらね…何やら小声で軽く俯きつつ言ってるから、『な、何…?』って急に打たれた事について何も文句を言う気も起きないままに聞いたの。そしたらさ、京子ったら鬼の様な形相で肩を怒り肩にしてワナワナと震えながらね、怒鳴ったんだ。『そんなこと言わないでよ…死のうかなだなんて、そんな事言わないでよ!!』ってね」
そう言い終えると師匠はニコッと力無く、どこか寂しげに笑っていた。
「『きょ、京子…』って私はその余りの剣幕に怖気付いちゃってね、オドオドしながらゆっくりと席を立ったらさ、それと同時に京子が私に勢いよく抱きついて来たんだ…。身長が私と京子って同じくらいだから、丁度私の耳元に京子の顔が来ててね、私に言う目的かどうかは判断出来なかったけれど、『沙恵…許さない…そんなの…絶対許さないんだから…』って何度も繰り返し言ってたんだぁ…。それを聞いてたらさ、私も何だか胸が一杯になってきてね…私からも京子を抱き返しながら…泣いちゃった」
と言い終えてニコッと笑う師匠の目元には薄っすらと涙が見えていた。
今まで師匠の話を聞いていた時もそうだったが、またこうして師匠の涙を見てしまっては、私からは何もかける言葉など見つからなかった。
「あーあ!」と師匠は涙を浮かべた事を隠す様に一度明るく声を上げると、また少し寂しさを織り交ぜた様な静かな笑みを浮かべつつ言った。
「まぁそれでね、しきりにお互いに気が済むまで泣き明かした後は、お互いに冷静になってね、二人して元の席に座ったんだけれど…まだ京子があのツリ目気味の目つきで私の事を…もうあの烈火の様な怒りの色は見えなかったけれど、それでもまだジッと私を見てきていたからさ、まぁその時にやれやれと言ったんだよ…『分かったわ…まだ死なない事にする』ってね。『私が死んだ後に、お墓の前でそんな風にあなたに怒鳴られちゃったら、死んでも死に切れない気がするもの』って少し茶化す意味合いも込めて言ったの。そしたらさ、京子ったら、まぁ…当たり前といえば当たり前の反応か、初めの方は見るからに怪訝な表情を遠慮なく浮かべていたんだけれど、その後で『ふぅ』って一度大きく深呼吸でもする様に息を吐いてから、苦笑まじりに『何よそれー…』って返してくれたわ。…いつもの感じでね」
「…」
そう話す師匠自身も心なしかリラックスしてきてる様に見えた。
ここでまた大きく腕を大きく前方に伸ばすと、ゆっくりとお戻しつつ明るい口調で続けた。
「でまぁ、後はまた話自体は逆戻り。京子がまた私にアレコレと気をかける余りにアドヴァイスを言ってくれたわ。リハビリがどうのとかね?…もう私はこの時、憑き物としか言いようのないモノが落ちたのか、素直に話を聞いてたんだけれど…結局二人で話し合った結論はね、このままライプツィヒにいたって、ピアノの弾けない自分が嫌でも浮き彫りになって、また死にたくなる程の自暴自棄に苛まれるとも限らないから、一度落ち着いて色々と自分自身を見つめる…見つめ返すために、環境を変える意味でも、一度日本に帰国するって話になったんだ」
「…あぁ、それでなんですね?」
もう何分くらいだろう?随分と間が空いて、ようやく合いの手を入れることが出来た。
「そう!それで日本に帰って暫く実家に居たんだけれどね…来る日も来る日も家の中でボーッと過ごしていたんだ。…ふふ、親は親で、勿論私が向こうで事故に遭った事を知ってたし、まぁでも京子に言った様に大した事ないって話してたから、私が急に帰国してきた時にはとても驚いてたよ。『やっぱりどこか悪いところが見つかったのか?今から日本の病院にかかるか?』ってな具合でねぇ…もう大騒ぎ」
「はは…」
師匠が余りにも子供っぽく言うものだから、私は何だか呆れ気味に笑う他になかった。そんな私の様子を愉快げに見つつ、調子を変えずに続けた。
「でまぁ何とか日常生活には何の支障もないって事を説明して受け入れてもらったんだけれど、やっぱりどこか私の事を腫れ物の様に扱ってきてねぇ…まぁ大事にしてくれたんだけれど、でもちょっと過保護気味でさ、実家にずっといたんだけれど、それでもどこか息苦しかったんだ…。まぁそのグータラと過ごした期間はすごく長く感じたんだけれど、実際は一ヶ月くらいだったんだ。それである時…って」
とここで不意に話を切ると、師匠は照れ臭そうに笑いつつ
「あ、ごめん…何だか京子との話から、脱線してきちゃってるね」
と言ったので、私は首を横に何度か振ってから
「いえいえ、その繋がりで、その先の話も含めて最後まで聞きたいです」
と笑顔で返すと、師匠は「そーう?」と今度は苦笑まじりに言うと、何ともバツが悪そうな感を残しつつ話を続けた。
「じゃあお言葉に甘えて、んーと…あぁ、そうそう、大体一ヶ月ほど経ったある日ね、お母さんに『私が良く顔を出してるお茶会があるんだけれど、良かったら沙恵も来ない?』って聞かれてね、当時の私に用事なんかある訳がなかったから、まぁ面倒だなくらいには思いつつもオーケーしたんだ。で、その席で出会ったのが…」
とここで師匠はビシッと私に指を指して、何故か得意げに続けた。
「あなたのお母さん…瑠美さんだったの」
「へぇー」
お母さんの話では、共通の友人を介して出会ったという事だったので、密かにもしかしたらその共通の友人が京子だったりしないかと、こないだのお母さんと京子との会話してる姿を見てふと思ったのだが、どうやら私の早合点だった様だ。
そもそも、私の記憶違いなのかも知れないが、共通の友人…ではなく、もっと身近な、友達の娘が師匠だったのが、この時初めて明らかとなった。
まぁそんな事は個人的な事だったので、私は敢えてそれを話す様なことはしなかった。
「まぁ後は聞いてる通りかな?そこで瑠美さんに凄い勢いでピアノ教室を開かないかって提案されて、その勢いに流されたまま、あれよあれよと今日に至るってわけ!」
「なるほどー」
と、これだけ師匠が長い時間をかけて身の上話をしてくれたというのに、『なるほどー』としか返せなかったのは、弟子として痛恨の極みだったが、まぁそれだけボキャブラリーが無いので仕方がないと毎度のごとく開き直るしかない。ただまぁ、そこは私と師匠の長い仲、師匠もそんな私の性質を分かりすぎるほど分かってくれていたので、こんな事くらいで失望される心配はなかった。
「はーあ」
と師匠は不意にため息まじりに声を上げると、ふとまた空を見上げつつ言った。
「過去を話して、こんなに心が晴れ渡る様な気分になれるんだったら、こうしてあなたに聞かれる前に、自分からさっさと話ちゃえば良かったなぁー…琴音?」
「はい?」
と私が返すと、師匠はふとまた静かな笑みを浮かべつつ、口調も穏やかに言った。
「あなたの事だから、私が自分で言うのも何だけれど…もっと早く聞きたかった…よね?…遅くなって、ごめん」
「え、あ、いや、そんな…!」
と私は謝られるとは思ってもみなかったので、自分でも不様な程にアタフタとしながらリアクションを取っていると、それを見た師匠は「あははは!」と無邪気に底抜けな明るい笑い声をあげていた。それにつられる様に、私も一緒になって笑うのだった。

「さて…と!」
と掛け声を上げつつ勢いよく立ち上がると、お尻を軽くはたきつつ
「じゃあそろそろお昼でも食べに行こうか?…」
とここで時計をチラッと見てから続けた。
「…ふふ、もう一時も半を過ぎてるし」
「はい」
と私も立ち上がると、一連の師匠の真似をして身支度をした。
それからは私たち二人は元来た道を戻らずに、左手に海を眺めつつ歩を進め、そして可愛らしい看板を目印に、右手側にずっと見えていた商業施設へと向かった。
「あーあ、まぁ遅くなっちゃったけれど、でもまぁ、もしお昼時だったらどのお店も混んじゃって、もしかしたら中々手頃なトコに入れなかったかも知れないから、結果オーライかな?」
「…ふふ、そうですね」
と微笑みつつ返したが、この時私の頭の中にはある考えが渦巻いていた。
今ここでは細かくは言わないが、それを外しつつ話すと、その考えとは…師匠がこれだけ自分のことを赤裸々に話してくれたというのに、弟子の私が自分のことを何時迄も隠したままでいいのかという点だった。師匠から話を聞いた直後は、長年の疑問が一気に解消されたお陰か清々しい気持ちになっていたのだが、それと同時に、大げさに言えば良心からくる呵責なのか、すごく罪深い心持ちになっていたのだった。
このままでは、やはりいけないんじゃないか…?でもそれを話した時に、どんな災いが起きてしまうのか…?
心の中に生じたモヤモヤを解消したいが為に、師匠に話そうかどうしようか考えあぐねていたのだが、そんな私の変調に気づいたか、少し心配げに師匠が話しかけてきた。
「…琴音?どうしたのよ?…そんなにお腹が空いてた?」
と師匠は最後に悪戯っぽい笑みを向けてきたが、私はそれに一度ニコッと笑ったのみで、それと同時に足を止めた。
「ん?琴音?」
と今度はあからさまに、少し前方から本気で心配げな表情を、師匠は浮かべてこちらを見てきていた。
だが私の方はそれには構わずに、少し俯き足元の地面を眺めつつ、今一度考えを巡らせてから意を決して顔を上げると、心配と疑問が同時に共演してる様な表情を浮かべている師匠に向かって、ゆっくりと慎重に声を発した。
「…し、師匠…。少しの間だけ、話を聞いてくれますか?」
「え?…えぇ」
と師匠は戸惑いつつも私の位置まで戻ってきた。
「で…どうしたのよ?そんな真剣な顔で…?」
そう師匠に聞かれたが、やはり内容が内容なだけに、すぐにはまだ決心がつかなかった。…だが、ここまできてしまった以上、もう引き返せないと私は勇気を振り絞って言った。
「し、師匠…じ、実は私…私も師匠に中々今まで話せなかった事が…あるんです」
「え…?」
と師匠は声を漏らしたが、この時の師匠の顔を見た私の感想としては、どういうわけか、それほど意外に思ってない様に見受けられた。と、この印象に引きずられそうになるのを何とか踏み止まって、先を続けた。
「し、師匠、そのー…」
この時になってようやく師匠の目をまっすぐに見据える事が出来た。「今はまだ詳しいことは言えませんけれど…でも近い将来、私自身に覚悟が出来た時に、そのー…その時、私の話を…聞いてくれますか?」
そう言い終えた後も、私はまっすぐ師匠の方を見つめた。師匠は師匠で表情も少なく見つめ返してきていた。
どれくらいそうしていたのだろう、暫くすると、フッと顔に明るみを徐々に差していった師匠が微笑みつつ口を開いた。
「…ふふ、前にも私言ったでしょ?もう少し周りの大人を信用してって…?あなたは本当にお世辞じゃなく、聡くて、繊細で、気の利く良くできた…んーん、出来過ぎな子だけれど、それでもやっぱりそんなあなたでも、自分一人で抱え込むには大きな事もある…そうでしょ?」
「はい…」
「だからさ?」
とここで師匠はふと私の両肩に手を置いて、笑みを絶やさぬまま言った。
「これも前に言ったけれど、恐らく自分の両親にも言えない秘密が仮に…いや、今のあなたの口ぶりから見るに、あるんだと思う…。でももしそれが一人で抱えるには大き過ぎて重過ぎるのだとしたら、その時は…私を遠慮なく頼りなさい?だって何度でも言うけれど…私はあなたの師匠で、あなたは私の唯一の弟子なんだから」
「…はい」
あれだけ決心した割には曖昧模糊とした説明を抜け出れなかったのが原因だが、師匠は微妙に私の意図とする所からズレて察してくれた様だった。だが、でも、それでも昔から変わらない、私のことをきちんと深い所まで理解しようと努めてくれて、いつでも気を止めてくれている事を再認識出来たので、それには心から感謝の念しか起き得る筈のない私は、その気持ちを何とか体現出来るように意識しながら笑顔で返した。
それに対して師匠もニコッと笑うと、肩に乗せた手を外し、「じゃあほら、今度こそお昼を食べに行くわよー!」と声を上げつつズンズンと歩を進めて行ってしまった。
私は「ふふ…」と一人笑みをこぼすと、少し早足で師匠の後を追うのだった。
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