5.自分を思ってくれる仲間が、親だ、兄弟、姉妹だ
文字数 2,051文字
あたしがオリジナルを、美鈴がコピーを持ってて、あたしに何かが起こったら、美鈴が、職員食堂の映写室に進入して画像を流す。そのために、映写室の暗証番号も教えておいた。
結局、浩太はワイロを払うことに決めたようだが、あたしは、沙紀たちを敵に回したのだから、このくらいの保険はかけておかないといけない。幸い、美鈴は、快く引き受けてくれた。
その夜、あたしは、美鈴から、寮の近くの公園に呼び出された。あたしは、二人で会っているところを人に見られたくないと断ったが、美鈴が、どうしてもお詫びがしたいと言うので、そうしないと美鈴の気が済まないのなら仕方ないかと思い、結局、会うことにした。こういう所が、あたしの甘い所だ。スパイなんかになったら、3日も経たずにバレて捕まってしまうだろう。
ところが、公園に行くと、浩太までいたので、驚いた。これは、マズイ。マズ過ぎる。
「美鈴ちゃん、これは、ダメだ。あんたは、あたしの保険なのに、そのあんたが、浩太とあたしと一緒にいるところを誰かに見られて、沙紀たちの耳に入りでもしたら、あたしの保険がなくなっちまう。あたしは、帰るよ」
あたしは、二人に背を向けて、歩き出した。
「小梅先輩、私が、先輩をとんでもない危険に巻き込んで、その上、今、また、危ない目に遭わせていることは、わかってます。全部、私のワガママです。でも、でも・・・」
そこで、美鈴がしゃくりあげ始めた。
えっ、泣くの?ここで、泣くか?あたしが人に泣かれるのに弱いと知って、やってるとしたら、美鈴ちゃん、あんた、悪魔だよ。
でも、振り返ってしまう、あたし。
「私、浩太に話したんです。あたしが、小梅先輩に浩太を止めてくれるよう、お願いしたことを。私が、この私が、どうしても、浩太にワイロなんか払ってもらいたくないから、先輩に無理に頼み込んだって、話したんです」美鈴が、涙でつまりながら話す。
え~、あんたが泣いてるから、あたし、こうして聞いてるけど、その話と、あたしと、どう関係があるんだよぉ~。
「だから、それが、余計なお世話だって言ってるだろう!」美鈴の後ろで浩太が怒鳴った。
「俺の親でも、姉ちゃんでもないのに、いちいち、俺のやることに口出しして、ウザイって言ってんだよ!」
浩太が、今までに聞いたこともないような、荒れてすさんだ言い方をする。ひょっとして、この子は、沙紀にワイロを払うことに、本気で納得してはいないんじゃないか?ふと、そんな気がした。
「美鈴、お前は、オールラウンダーとして、あっちで動物になり、こっちで裏方の人間になりして、人間どもから与えられた50年の寿命をすりつぶしていく奴だ。だけど、俺は、違う。俺は、スターになれる器だ。俺の脚を引っ張らないでくれ」
気がついたら、あたしは、浩太の頬を張り飛ばしていた。
「いってぇ~、なにすんだよぉ!」浩太が突っかかってきたので、足を出して転ばせた。
「美鈴ちゃんの悪口は、許さないよ。この子が、あんたのことを、どれだけ、親身になって気にかけているか、あんたには、わかんないのか!」
「それが、余計なお世話だって、言ってんだよ。美鈴も、あんたも、俺の姉ちゃんでも、親でもねぇのに!なんで、俺に、余計な世話を焼くんだ!」浩太が、半分、泣き声になって叫んだ。
「あんたは、阿呆か?あたしたち、クローンには、生き物としては、親も、兄弟も、姉妹も、ない。培養器から、オギャーって、出てくるんだからな。あたしたちクローン人間にとっては、自分を大切に思ってくれる仲間が、親だ、兄弟だ、姉妹だ。そんなことも、わかんないのか!」
浩太が、地面に両ひざをついて、がっくり、頭を下げた。
「これだけあんたのことを思ってくれる美鈴ちゃんは、あんたの姉ちゃんだ、妹だ。それを、忘れんな」
「美鈴先輩は、私の…、私の…、お姉さんです」美鈴がしゃくりあげながら言った。
えっ、そうなるの?濃ゆい人間関係が面倒くさくて嫌いなあたしに妹か?間接的に浩太は弟か?でも、美鈴は、泣いてる。浩太は地面に転がったまま、ウッ、ウッと声を詰まらせてる。なんだ、この修羅場は。参った。この子たちを前に、あたしは、どうすりゃいいんだ。
「わかった」あたしは、胸を張って、腹の底から声を出した。「あたしたちは、三人兄弟だ。あたしが長女、美鈴が次女、そして、浩太が末っ子だ。あたしたちは、何があっても、この三人で、力を合わせて生きていく、いいな」
「はい」と美鈴が涙目を見開いて、あたしを見つめる。浩太は、地面に両ひざをついて号泣しだした。
うわぁ、言っちまったよ。