五、早奈美ちゃんのお願い・4
文字数 2,538文字
そして翌日。
見栄を張ったはいいけれど、結局わたしひとりではホールを回せなくて、二階で出番を待っていたらしいオーナーに助けてもらうことになってしまった。
わたしじゃなくて都築君が店に残っていたなら、きっとこうはならなかっただろう……と思うと少し情けなかったけれど、オーナーは優しかったし、忙しさゆえに、アルバイトを始めた頃に比べればかなりてきぱきと動けるようになったことが自分でも実感できたから、辛くはなかった。
ついでに、久々にオーナーと一緒に働けて楽しかった、というのも少しあったりする。
そんなこんなで慌ただしくも仕事を終えたわたしは、カンヴァスの近くのレストラン……数日前にみきさんと食事を共にしたあのお店に急いでいた。
都築君と早奈美ちゃんが、そこでわたしを待っているのだ。
「あ、杜羽子さんだ。お疲れ様です」
店に入ったわたしに気づくなり、都築君が朗らかに笑いながら手を振る。
わたしは早足で、彼と早奈美ちゃんが横並びに座る四人席へと向かった。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
「とんでもないっす。お店の方は大丈夫でしたか?」
「うん。結局、オーナーの手は借りちゃったんだけどね」
わたしと都築君の会話を聞いて、早奈美ちゃんが「すみません、杜羽子さんにもオーナーさんにもご迷惑掛けちゃって」と申し訳なさそうに言った。
「え? あ、いや、オーナーのことなら大丈夫っすよ。最近はそんなに忙しくなさそうだったし、たまに店に出るのも楽しいって言ってましたし」
「そうそう。わたしなんて、久しぶりにオーナーと一緒に働けた分のお礼を言いたいくらいだよ。気にしないで」
わたしは都築君と二人、慌てて早奈美ちゃんへのフォローを入れる。
すると都築君が何故か少しだけ不機嫌そうに、「杜羽子さんはオーナーがお気に入りですもんね。格好良いとか言ってたし」と呟いた。
安心した様子の早奈美ちゃんが「へえ」という声を漏らす。
「あ。もしかしてオーナーって、三〇代後半くらいの綺麗な女の人ですか? 前に一度見かけましたけど、確かに格好良」
「あの人はオーナーのお姉さんです。オーナーは別に、そんなに格好良くもないですよ……ほら杜羽子さん、早く注文しちゃってください。早く今日の成果を報告したいんで」
早奈美ちゃんの話を途中で打ち切って、都築君が性急に話を進めようとする。
反論したくもなったが、早奈美ちゃんに「私と都築君はもう、注文しちゃいました」と笑顔で言われてしまっては、引き下がらざるを得なかった。
メニューをぐいぐい押し付けてこようとする都築君を制止して、たまたま近くを通り掛かった店員さんに声を掛ける。
このお店のメニューは少しだけ、覚えているのだ。何せみきさんと来たばかりなのだから。
例によってパスタセットを注文し終えたわたしを見て、都築君が咳払いをした。
「じゃあ、報告といきます。……あ、さなみん。俺の方から話しちゃっていいっすか?」
「いいよ。よろしく」
都築君と早奈美ちゃん、何だか仲良くなっている気がする。そんな様子を微笑ましく見ていると、都築君がバッグからクリアファイルを取り出した。挟まっているのは、新聞記事のコピーだ。
……見つかった、のか。例の記事が。
わたしは思わず、身を固くした。
一瞬わたしの顔をちらりと見てから、都築君が話し始める。
「話を聞くよりこれを見てもらった方がいいっすね。みきさんの話じゃ火事があったのは七年前ってことだったんで、一応幅を持たせて、八年前から六年前までの新聞をしらみつぶしに当たってみたんですよ。それで見つけたのが、その記事です」
わたしは言われるがまま、その記事の文章をファイル越しに指でなぞった。
火災が起きたのは七年前、兵庫県の住宅地にて。
民家が一軒全焼して、焼け跡から一人分の遺体が見つかった。そこには四人家族が暮らしていて、二一歳の長女と連絡が取れなくなっている……そして、その長女の名前は、
「鬼塚 、実希 」
読み上げると、都築君がわたしの目を見ながら、「似てるでしょう?」と小声で言った。
わたしは黙って頷く。
「凄いね、都築君も早奈美ちゃんも……本当に見つけたんだ」
顔を上げられずに、ひたすら記事を見つめながら呟いた。
「絶対、この記事だよ。両親と一〇歳の次女は無事だったって書いてあるし、みきさん、歳の離れた妹がいたって言ってたし」
言いながら、自分の鼓動が速くなっていくのを感じる。
記事にはさらに、みきさんのお父さんらしき人の名前が出ていた。年代的にSNSをやっている可能性はあまり高くないような気もするけれど、重要な手がかりを掴んだことは間違いない。
「それなんですけどね、杜羽子さん。さらにもうひとつ、報告することがありまして」
都築君の声にはっとして、勢いよく顔を上げる。彼は何故か目を泳がせて、人差し指で頬をぽりぽりと掻いていた。
「もうひとつ、って? もしかしてもう、ご家族の連絡先を突き止めて」
つい声が大きくなってしまって、わたしは興奮を抑えようと慌てて息を吸う。
「何というか、その……いや、これはさなみんから話してもらった方がいいか。お願いします」
「え? あ、そうだよね。了解」
突然話を振られた早奈美ちゃんは、少し前の都築君みたいな咳払いと、ついさっきのわたしみたいな深呼吸をして、それからようやく口を開いた。
「私が『喫茶カンヴァス』でジュン君と出会ったときのことって、分かりますか? あのとき私、友達と一緒に来てたんですけど」
「友達? ああ、あの……早奈美ちゃんがみきさんを見かけたときにも一緒だった子だよね。覚えてるよ」
どうして急にそんな話を?
……と思いつつ、早奈美ちゃんの言葉の続きを待ってみる。
わざわざ尋ねなくて、良かった。彼女はすぐに、わたしが抱いていた疑問への答えを聞かせてくれたから。
「彼女、鬼塚 亜紀 ちゃんっていうんです。私と同じ一七歳だから、七年前の火災があった頃には一〇歳で……しかもスポーツ推薦で兵庫県から入学してきた子で、今はひとり暮らしをしていて」
とはいえわたしはその言葉の意味をすぐには飲み込めずに、何度か瞬きをしてからようやく、
「似てるねえ」
とだけ、返事をすることができた。
見栄を張ったはいいけれど、結局わたしひとりではホールを回せなくて、二階で出番を待っていたらしいオーナーに助けてもらうことになってしまった。
わたしじゃなくて都築君が店に残っていたなら、きっとこうはならなかっただろう……と思うと少し情けなかったけれど、オーナーは優しかったし、忙しさゆえに、アルバイトを始めた頃に比べればかなりてきぱきと動けるようになったことが自分でも実感できたから、辛くはなかった。
ついでに、久々にオーナーと一緒に働けて楽しかった、というのも少しあったりする。
そんなこんなで慌ただしくも仕事を終えたわたしは、カンヴァスの近くのレストラン……数日前にみきさんと食事を共にしたあのお店に急いでいた。
都築君と早奈美ちゃんが、そこでわたしを待っているのだ。
「あ、杜羽子さんだ。お疲れ様です」
店に入ったわたしに気づくなり、都築君が朗らかに笑いながら手を振る。
わたしは早足で、彼と早奈美ちゃんが横並びに座る四人席へと向かった。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
「とんでもないっす。お店の方は大丈夫でしたか?」
「うん。結局、オーナーの手は借りちゃったんだけどね」
わたしと都築君の会話を聞いて、早奈美ちゃんが「すみません、杜羽子さんにもオーナーさんにもご迷惑掛けちゃって」と申し訳なさそうに言った。
「え? あ、いや、オーナーのことなら大丈夫っすよ。最近はそんなに忙しくなさそうだったし、たまに店に出るのも楽しいって言ってましたし」
「そうそう。わたしなんて、久しぶりにオーナーと一緒に働けた分のお礼を言いたいくらいだよ。気にしないで」
わたしは都築君と二人、慌てて早奈美ちゃんへのフォローを入れる。
すると都築君が何故か少しだけ不機嫌そうに、「杜羽子さんはオーナーがお気に入りですもんね。格好良いとか言ってたし」と呟いた。
安心した様子の早奈美ちゃんが「へえ」という声を漏らす。
「あ。もしかしてオーナーって、三〇代後半くらいの綺麗な女の人ですか? 前に一度見かけましたけど、確かに格好良」
「あの人はオーナーのお姉さんです。オーナーは別に、そんなに格好良くもないですよ……ほら杜羽子さん、早く注文しちゃってください。早く今日の成果を報告したいんで」
早奈美ちゃんの話を途中で打ち切って、都築君が性急に話を進めようとする。
反論したくもなったが、早奈美ちゃんに「私と都築君はもう、注文しちゃいました」と笑顔で言われてしまっては、引き下がらざるを得なかった。
メニューをぐいぐい押し付けてこようとする都築君を制止して、たまたま近くを通り掛かった店員さんに声を掛ける。
このお店のメニューは少しだけ、覚えているのだ。何せみきさんと来たばかりなのだから。
例によってパスタセットを注文し終えたわたしを見て、都築君が咳払いをした。
「じゃあ、報告といきます。……あ、さなみん。俺の方から話しちゃっていいっすか?」
「いいよ。よろしく」
都築君と早奈美ちゃん、何だか仲良くなっている気がする。そんな様子を微笑ましく見ていると、都築君がバッグからクリアファイルを取り出した。挟まっているのは、新聞記事のコピーだ。
……見つかった、のか。例の記事が。
わたしは思わず、身を固くした。
一瞬わたしの顔をちらりと見てから、都築君が話し始める。
「話を聞くよりこれを見てもらった方がいいっすね。みきさんの話じゃ火事があったのは七年前ってことだったんで、一応幅を持たせて、八年前から六年前までの新聞をしらみつぶしに当たってみたんですよ。それで見つけたのが、その記事です」
わたしは言われるがまま、その記事の文章をファイル越しに指でなぞった。
火災が起きたのは七年前、兵庫県の住宅地にて。
民家が一軒全焼して、焼け跡から一人分の遺体が見つかった。そこには四人家族が暮らしていて、二一歳の長女と連絡が取れなくなっている……そして、その長女の名前は、
「
読み上げると、都築君がわたしの目を見ながら、「似てるでしょう?」と小声で言った。
わたしは黙って頷く。
「凄いね、都築君も早奈美ちゃんも……本当に見つけたんだ」
顔を上げられずに、ひたすら記事を見つめながら呟いた。
「絶対、この記事だよ。両親と一〇歳の次女は無事だったって書いてあるし、みきさん、歳の離れた妹がいたって言ってたし」
言いながら、自分の鼓動が速くなっていくのを感じる。
記事にはさらに、みきさんのお父さんらしき人の名前が出ていた。年代的にSNSをやっている可能性はあまり高くないような気もするけれど、重要な手がかりを掴んだことは間違いない。
「それなんですけどね、杜羽子さん。さらにもうひとつ、報告することがありまして」
都築君の声にはっとして、勢いよく顔を上げる。彼は何故か目を泳がせて、人差し指で頬をぽりぽりと掻いていた。
「もうひとつ、って? もしかしてもう、ご家族の連絡先を突き止めて」
つい声が大きくなってしまって、わたしは興奮を抑えようと慌てて息を吸う。
「何というか、その……いや、これはさなみんから話してもらった方がいいか。お願いします」
「え? あ、そうだよね。了解」
突然話を振られた早奈美ちゃんは、少し前の都築君みたいな咳払いと、ついさっきのわたしみたいな深呼吸をして、それからようやく口を開いた。
「私が『喫茶カンヴァス』でジュン君と出会ったときのことって、分かりますか? あのとき私、友達と一緒に来てたんですけど」
「友達? ああ、あの……早奈美ちゃんがみきさんを見かけたときにも一緒だった子だよね。覚えてるよ」
どうして急にそんな話を?
……と思いつつ、早奈美ちゃんの言葉の続きを待ってみる。
わざわざ尋ねなくて、良かった。彼女はすぐに、わたしが抱いていた疑問への答えを聞かせてくれたから。
「彼女、
とはいえわたしはその言葉の意味をすぐには飲み込めずに、何度か瞬きをしてからようやく、
「似てるねえ」
とだけ、返事をすることができた。