オデット・ノート (0)

文字数 807文字

《「きらきら星」あるいは「ねえママ聞いて」の主題による十二の変奏曲》
12 Variationen über “Ah, vous dirai-je, maman”


 パパとママはいつもけんかしてた。仲がよすぎて。それがふつうだと思ってた。つまり、よその家ではベッドルームを出て朝食のテーブルに向かうたびに大きな声で言いあったりはしないらしい、ということをあたしが学んだのは、だいぶ大人になってからだったということ。
「だからどうしてテオがあのカフスボタンをしてるの」
「おはよう、オデット」
「オデットおはよう。話をそらさないで、ディーディー。あれわたしがプレゼントしたカフスボタンじゃない、あなたの十七才の誕生日に」
「十八だ。きみが十七だった」
「覚えてるじゃない。いっしょにお店に行って選んであげたわよね」
「忘れた」
「うそばっかり。どうしてテオに」
 いちおう解説。テオドール叔父ちゃまはパパの弟で、パパとママはいとこどうしです。
「どうしてテオにあげちゃうのよ。何が気に入らなかったの」
「気に入らなかったね」
「自分で選んだのに」
「店を出た瞬間、きみは『じゃあね』ってあのカトンボ野郎と消えたじゃないか」
「カトンボ?」
「覚えてないんだな」
「誰かな。医大に行った子?」
「その前のやつだ」
「あ、そうか。えー、まさかそれで怒ってテオにあげちゃったの?」
「何年前の話だと思ってるんだ。いまごろ気がつくきみが悪い」
「まあそうね」
「だろ?」
「でもあれは、あなたがあの後デートで時間がないって言ったから」
「それはいいの」
 ねえ、パパ、ママ。あたしおなかすいたんですけど。朝ごはん、まだ食べちゃだめ?
 こういう両親に育てられた子どもがまともな人間に育つわけがないと、自分でも思います。どう見てもあたしはあたしの製造責任者であるあの人たちにそっくりで、しかもパパに似ればいいのにと思う所はママに似て、ママに似ればよかったと思う所はパパに似てる。

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登場人物紹介

オデット(愛称オディール)


・この物語の語り手。伯爵家の出身だが、8歳で母を亡くし、父ディートリヒに連れられて欧州各地を転々として育つ。ひとりっ子。
・黒髪、目は濃いブルー。
・ヴァイオリンの腕前はソリスト級。水泳も得意。
・叔父のテオドールと仲がよく、彼所有のヴァイオリンの名器を借りて使用している。
・服はほとんどが白か黒の二択。
・親しい人の前ではのびのびとふるまう反面、極端な人見知りで、外では別人のように不愛想。
・夢中になると前後を見失いがち(自覚あり)。

・人の顔が覚えられない(自覚あり)。

・初恋の相手は愛犬のティート(ゴールデンレトリバー)だった。

・ティート以降は男運に恵まれていない(自己申告)。

ディートリヒ(愛称ディーディー)


・教会音楽家(キルヒェンムジカー)。音楽全般に天才的な才能。楽器はパイプオルガンとピアノ。指揮、編曲もこなし、歌も歌える(バリトン)。
・紫がかった黒髪と黒目。
・幻の名作『白鳥の湖』の復曲にとり憑かれている。

・伯爵家の当主だったが、妻に先立たれてから弟テオドールに家督を譲り、欧州各地を気ままに転々として暮らす。音楽教師と調律の仕事で生計を立てている、ように見えるが、じつは経済観念にとぼしく家計はつねに赤字で、弟からの仕送りに頼っている。

・ひとり娘のオデットを溺愛。ジークフリートにも父親的な愛情を抱き、二人の結婚を画策する。
・つねに他人の予想のななめ上を行く言動で周囲を驚かせる。
・女にもてすぎるため過去にいろいろやらかしてきているらしい。

ジークフリート(愛称シギイ)

   

・バイエルン(南ドイツ語圏)地方に位置する小国の王太子。ひとりっ子。
・長身。髪は赤みがかった金茶色(母似)。
・読書魔でハイパー記憶力の持ち主。
・ピアノが得意。とくに即興と伴奏。
・趣味はバードウォッチング。とくに渓流の小鳥を偏愛。

・自己評価が極端に低く、本人はコミュ障だと思って悩んでいるが、じっさいは聞き上手で愛されキャラ。

・涙もろい。

・なんのかの言ってオデットにはひと目惚れだった(らしい)。

ゲン


・フルネームはシライ・ゲン(白井玄)。ピアニスト。東京出身。

・ベルリンでオデットの伴奏を受け持つ。

・留学は二度目。今回は伴奏ピアノに特化して短期で来ている。

・気配りのできる大人で都会人。オデットがいままで会ったことのないタイプ。悩むオデットを優しく見守る。

・少しずつ形の違う黒のハイネックを何枚も持っている。

・ふだんはメガネ男子。じつは視力はそんなに悪くない。

・じつは酒に強い。ほぼ底なし。

アンネ=ゾフィー


・オデットの祖母。オデットの母オディーリアの母。ヴァイオリニスト。

・早くに離婚し、夫のもとにオディーリアを残して、音楽家として独りで生きてきた。

・数年前から脚の病をわずらい、車椅子生活だが、演奏家としても音大教授としても精力的に活動を続けている。

・オディーリアとディートリヒの結婚を直前まで知らされなかったことに怒り、一時期は断絶するも、オデット誕生を機にあっさり和解。

・幼いオデットにヴァイオリンの手ほどきをした。

エリーザ


・ジークフリートの母。王太子である息子を摂政として支える。息子を溺愛しているが、全体にも気配りのきく、バランスの取れた賢夫人。
・小柄で色白。赤みがかった金髪(息子と同じ)。中年になったいまも絶世の美女。
・若い頃、ディートリヒにピアノを習っていた。
・天真爛漫で明るく、ひじょうに安定した性格で、周囲にとって「錨」のような存在。
・その一方、おちゃめで天然。つぎつぎと無邪気な発言を繰り出しては周囲を驚かせる。

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