第4話

文字数 1,240文字

 大学に入学しても、母親ファーストなのは変わらなかった。通学に片道1時間以上かけて実家から通う私は、授業を受けに行くだけでへとへとだった。奨学金を借りて一人暮らしをして、家賃や食費に充てている子もいた。私もそのようにしようと母親に相談したが、やはり却下された。私自身、母親から離れたい気持ちが特になく、実家から大学に通えて食費も浮くのであれば、教材費や学費に奨学金を全て充てられるから得だろうと考えた。思えばこの時には既に、母親には私がいなければダメなのだという思考に陥っていた。そんなことはなく、母親に依存していたのは自分だったという事実に気が付くのはもう少し先だけど。親からの小遣いはもちろんなく、奨学金は全て学費に充てていたため、教材や本を買うお金を稼ぐためにアルバイトをほぼ毎日入れていた。実家暮らしではあったが、日々の食費を請求された。
「沙織はもう大学生でアルバイトもしているのだし、一人暮らしだってできるはずでしょう。実家暮らしだからと言って甘えていちゃ社会でやっていけないわよ」
 「話が違うじゃないか」とは思えなかった。母親の言うことは気分で都度変わるし、私の母親は間違えたことを言わないから素直に従っていた。大学で使う教科書は古本屋で揃えた。10年以上前に刊行された教科書は、安いものだと200円くらいで買えた。浮いた金で他の授業の教科書を買った。最新版ではないので、授業でいざ使うと先生が読んでいるページが丸ごと無いことも多々あった。音読をさせられても読めないので、教科書を忘れたことにして隣の席の子に見せてもらった。授業後にコピーを取らせてもらった。そのうち学科内で気味悪がられて見せてもらえなくなると、先生から教科書を借りて自分で必死にノートに一字一句移した。
 アルバイトをいくつかかけもちした。通学やバイトの移動時間を含めると毎日3時間と眠れなくなった。1限に間に合わなくなり、出席日数が足りなくなってテストが受けられず再試の常習犯になっても成績は何とか維持し続けた。でも学費が足りなくなりそうで、休学を担任に相談したところ、担任が私の母親を大学に呼ぶことになった。もちろん拒否された。何とか母親を説得して大学まで来てくれたものの、「娘のやることに口出ししませんから」の1点張りで話にならなかった。休学したくなかったけど、お金がないのが不安でいっぱいで、その場でノートに今後の人生の金額計算をした。妹にもお腹一杯食べさせてやらなきゃいけないし、私と違って頭の良い妹は大学にも進学してほしい。休学してお金を稼ぐのは私の役目だ。実家に住まわせてもらっているのだから、これ以上迷惑はかけられない。食費と学費くらい自分で捻り出さなくてはとペンを走らせる横で母親は「時間の無駄ですし、仕事があるので」と帰っていった。担任は必死にメモを取る私を止めて「あんな人でも母親になれるのね」とひとこと言った。私は何故か分からないけど、涙が止めどなく溢れてきてわんわんと泣いた。
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