第5話 商人の矜持
文字数 1,175文字
「旦那のお帰りだ!」
番頭のイデスが怒鳴り声をあげた。
店の中にいた者たちが手を止め店の入り口に体を向けた。
ヴィンセントはゆっくりと店を見渡しながら入った。店の者は頭を下げた。
店内はところせましと商品が並ぶ。日用品、石鹸やランプ、衣服に食器等々。訳の分からない大きな壺や絵画も飾られている。全て売り物だ。
「諸君、滞りなくなく職務にあたっているか」
ヴィンセントは店の奥に進みながらイデスの話を聞いた。
「旦那お帰りなさいませ。店の方は問題ねえです、全て旦那の言いつけ通りに、だろう!オメーら!」
店の者はまた頭を下げた。
「サリーナは?」
「事務所で電話対応中です」
「他の者は?」
「アルバートは今日も仲間を連れて反乱軍に指導を、昨日電報で戦局はまちまちだと。ユースは帝都近くの村で依頼料の件でひと悶着があったと連絡が、コレッティアはいつもどうりで」イデスは一通り話した。
「そうか、お前はどうだ」ヴィンセントは言い返した。
「いや、なんも問題ありませんよ。全て順調ですよ」鼻を擦りながら台に置かれた巨大な壺に手で寄りかかった。
「ほんと完璧、全て問題解決、俺に掛かれば全て順調…」イデスがすらすらと自慢気に話しているとヴィンセントはイデスに近づき顔を近づけた。
「…す、全て、順調…」イデスは目を反らそうとしたがヴィンセントの目を反らす事ができなかった。吸い込まれる。
「イデス、何もなかった」
身の毛もよだつ、全てを見通せられている。
「…その…あの…」
目に飲み込まれた。
「…わ、割りました」
「なにを」恐怖しか感じない
「こ、こないだ取り寄せた外国の大皿を手が滑り割りました」
「イデス」身も心も凍る様な声
「旦那!」
イデスは素早く土下座をした。
「すみません旦那!俺が不器用もんで、すみません旦那、許してくれ!」
イデスは頭を床に擦り付けた。ヴィンセントはゆっくりとイデスの肩に手をかけこう言った。
「イデス、誰にも間違えがある。大事なのはそこから何を学ぶかだ。お前は何を学んだ、さあ何を学んだ」
「旦那…俺は」イデスは泣きべそをかいた。
ヴィンセントはイデスの両肩を掴み立たせた。
「今すぐ答えを言わなくてもいい。時間をかけてもいい、自分の答えを見つけろ」
少し笑みを浮かべているが目が笑ってない。
「旦那…すみません」
ヴィンセントは事務所に向かった。
「気にするな、皿はお前の給料から差し引く」
「旦那ー!」イデスは泣き叫んだ。
「それからその壺代も差し引く」
イデスが寄りかかっていた壺が台から倒れ粉々に砕けた。
「旦那ー!」イデスは崩れ去った。