その37

文字数 935文字

課長の 姿は見えなかった。

とりあえず残った仕事をこなす。
せっかく落ち込んでいる様に見えたのなら、そう装って今日は終わりまで過すことにした。

周囲で何かヒソヒソと始めの内は話していたが、みな毎日やることに追われているのと、なんだかんだと退社予定時間まで2時間を切っているので、いつの間にか普段どおりの社内になっていた。

課長も席に戻って、自分の仕事をこなしているように見える。

別に、逮捕されたとか事情聴取されたとかじゃないとわかったから放置して様子見になったのかもしれない。

その日も、いつものように残りの仕事を持ち帰る準備をして6時と同時に退社しようと席を立った。
流石にこの時間にもなると、わけのわからない動悸は治まっていた。のに、である。

珍しく、課長が気がついて「おつかれ」と声を掛けてくれた。

課長は、親切で声掛けしたのだろうが、みなさっきのことを忘れていただろうに、また思い出して一斉に僕の方へ視線を向けてきた。

僕はいたたまれなくなり、頭だけちょこんと下げて足早にエレベーターへと向かう。
もう、蒸し返さないでほしい。

エントランスにはもう受付の女性陣は居なかった。

彼女たちの仕事は、5時まででそこの近くに居たのは警備員と数人の人だった。

何となく、この会社っぽくない人が端の方に立っている ように思ったが、顔を上げて歩くような気分じゃなかったので、そこも更に足早に過ぎ去った。

駅の方に向かい、またいつもの喫茶店、と呼んでいるがシェアオフィスとコワーキングスペースの中間のような場所へと向かった。

いつも6時に会社を出て、何処にも立ち寄らずに向かえばたいていお気に入りの壁際の席を取れた。

窓に向かう席よりも、壁に付けられたソファーとちょっと可動できるテーブルがある席が、僕のお気に入りでそこに荷物を置き、パソコンを出した。

電源を入れて、その足で飲み物の置いてあるカウンターへと向かう。

飲み物はセルフサービスで、何杯飲んでもいい。

一応そこにスタッフが居て、補充したり誰かが席を立つと椅子やテーブルを拭いたり同じ向きに戻したりとなかなか忙しそうだ。

しかも今日は、まだ混んでいない時間に入れて良かった。

この前のように雨が降ると、ここは混みあう。
雨・・・そうか、5月31日はあの日だった。
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登場人物紹介

江尻甫(えじりはじめ)・・・このストーリーの主人公。都内の会社でSEとして働いている。ある日、警察から事情聴取を受ける。

浅霧・・・警視庁の刑事。少し風変わりだが優秀。自分の気に入った事件にはものすごく集中して動く。

結城・・・警視庁の刑事。浅霧の同僚。

御幸・・・なんでも屋。浅霧の大学の同級生。違法行為も行う。

三井・・・所轄の新人刑事

高橋・・・浅霧行きつけの喫茶店のマスター

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