【ファンタジー・魔法】 キマグレアクマ 前編「威風堂々」

文字数 3,582文字

第一に己の研鑽。ここは英知を磨く場所。鍛錬すべし、励むべし。その魔術が人を救い世を(たす)く。

これは毎朝唱和している学校のオキテ。第十条までそらんじて言えるようにはなったけど、その内容は身についていない。オキテを要約すると「学んだ魔術は人のために使うこと」。教授たちの前ではわかったフリをしているが、「卒業したら己のために使いますがなにか」と反骨精神を抱いて机に向かっている。


俺は魔術大学に通う1年生で、魔術師見習いだ。見習いといっても、持ち前の器用さと才能を発揮して、モノの修復術や変身術など中級レベルの魔術ならすでに独学で身につけている。そして今、自分の天才性を証明すべく実験をしているところだ。今日の授業を終えて寮の自室に篭り、黙々と床に魔法陣を描く。準備を終えて召喚術を唱えると、魔法陣から白煙が立ち上り始めた。クラッカーを弾いたような乾いた音が響き、煙の内側に稲妻が走る。

「いいね。俺の才能に対する祝砲かな」

両手を腰に当て得意げにしていると、煙の中から声が響いた。

「自惚れるな。我の降臨を祝しているに決まっているだろう?」

コツンとヒールを打ち鳴らす音が響くと同時に、煙が瞬時にかき消された。姿を現した相手は、きちんとヒトの形をしていた。軍服風の衣装に身を包み、足元のレースアップブーツは5センチほどのヒールが印象的。濃紺の衣装に加えて漆黒のマントが重厚な印象を与え、全身から優雅な雰囲気を惜しみなく放っている。ゆるくカールのかかったボブレングスのブロンドの髪が顔にかかり、唇は艶をたたえて柔らかそうだ。召喚を試みたのは男性のはずだが、柔らかでやや中性的な面差しを見て召喚失敗の可能性が頭をよぎった。

「我が美しいのはわかっているが、初対面でそれは失礼であろう」

舐めるように観察してしまったらしく、眉をしかめて指摘された。それにしても、しっとりと落ち着いた声音が心地よい。床に光る魔法陣を見下して、相手は言う。

「こんな時代遅れな術式で我を呼べるとは。少しは褒めてやらないでもないぞ。名を名乗るがいい」

「あ、はい。アラタ・ライトフィールドです」

「では早速だがアラタ。要件を簡潔明瞭に申せ。我の時間は安くはないのだからな」

安くはないと言いつつも、こちらの話を聞く姿勢を見せてくれるのだから優しいのかもしれない。期待を込めつつ満を持して願いを伝える。

「アンタに」

「誰が"アンタ"呼ばわりを許した。我と接見する前に、一から教養を付け直した方がよかったのではないか?まったく、無礼にもほどがあるぞアラタ。よいかアラタ、我の説教を賜ることを許す。至極光栄であろう、心して聴けアラタ」

怒ると人の名前を連呼する癖があるのだろうか。上から目線でモノを言うわりに、感情がわかりやすくて可愛いらしいと思った。しかもその説教も簡潔で説得力がある。感心していると、いつの間にか説教は終了し、またこちらの要件を確認してくれた。やっぱりいいやつではないだろうか、俺は安心して要件を伝えた。

「テッペンを取ってほしいんだ」

「口のきき方を……まあよい。何のだ?」

「この世界!」

「なに?」

「この世界のです!」

「先と同じではないか」

「えっとじゃあ、明日の校内運動会で、我らがパッションレッドチームに勝利をもたらし、この世界を俺たちのものにしてください!」

「……」

相手は片手で顔を押さえてうなだれている。真剣に伝えたつもりだが呆れているのかもしれないと、諦めかけた時だった。

「見かけによらず面白い男よ。大望にこそ夢があるものだ」

顔を上げ堂々と胸を張るその様子に、胸の高鳴りを覚える。

「世界を手にしたいと言うのだな。ならばよかろう。このウィル・ブライト・シェリアナイトが加勢して進ぜよう。大船に乗ったつもりでおれ」

自慢げな表情で見下ろされていることなど気にならず、口にしたその名を聞いて驚かずにはいられない。破壊と再生の循環、そして永遠の成長を守護する最高位の悪魔ウィル・ブライト・シェリアナイト、魔術師なら誰もが知る超絶エリート悪魔だ。「最速」は補足能力に過ぎない。

「え!本当にシェリアナイト?!」

「"様"をつけろ。適切に敬うのだ」

彼は魔法陣の1ヶ所をブーツの爪先で指した。

「アラタが書いたのではないか。魔界最高で最速の悪魔を召喚したいと」

たしかに俺は、確実に勝ちを掴みに行くために最高最速で最高位の悪魔を呼ぶ魔法陣を準備した。召喚術はほんの数時間前に習ったばかりだが、教科書の例を参考にオリジナル術式を加えてみたところ、どうやら上手くいったらしい。つまり実験は成功、仮定どおりに俺は天才であると証明された。

すでに望む結果を得られたので願い事の存在が薄くなったが、一応説明しておこう。明日開催される校内運動会は、寮別に分かれての対抗戦となる。特に、最終競技の徒競走では毎年白熱したバトルが繰り広げられ注目度が高い。大逆転も可能な採点方式を取るこの競技を終えて、総合優勝した寮には最高の名誉が送られることになる。つまり「世界の掌握」だ。魔術大学とはいえ魔術使用が一切禁止のルールのもと、みな平等に汗を流してしのぎ合う。まあ、俺は正々堂々とルールを無視して悪魔を召喚したけれど。

小気味良いヒールの音を響かせ、ウィル様が近づいてきた。細身とはいえ190センチの高身長に間近で見下ろされると迫力がある。いわゆる「オーラの圧」が凄まじいためか、気づくと背筋が伸びていた。彼の落ち着きはらった声が響く。

「して、アラタ」

エメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐにこちらをとらえた。その瞳は透き通った海のように爽やかな印象を与える一方で、深遠な知性も感じられ情熱の炎も揺れている。ヒトには持ち得ない特殊な輝きがあった。

「答えよ。そなたはなぜ、悪魔を選んだ?」

「と、言いますと?」

「魔術師であれば、悪魔以外にも天使や神、光の霊なども召喚できよう。だがこの魔法陣は悪魔召喚専用。なぜ、悪魔を選ぶ?」

「そうですね。“悪魔”というより、“あなた”がカッコいいと思ったからです」

「ほう。進言を許す。詳しく聞かせるがいい」

彼は学習机の椅子を引き寄せ腰掛けて、優雅に脚を組んだ。こちらは立ったまま、彼に向き直って話を続ける。

「とある魔術書であなたのことを知りました。功績とか逸話とかが詳しく載っていて、一本芯の通った在り方がカッコいいと思って」

ウィル様はにっこりと笑って「それで?」と促す。そして内心、アラタを微笑ましく思っていた。

(アラタは見た目のわりに幼いな。本心を覗く魔術でもかけてやろうかと思ったが、こんなに瞳を輝かせながら語るなんて。わかりやすくて愉快愉快)

「普段は他人に憧れたりしない性分なんですけどね。だから、お願いするならウィル様だと確信したんです。もちろん勝負に勝つために"最速"のスキルも重要でしたけど、本当に呼べるとは驚きでした」

「そうか。では悪魔だから選んだ、という訳ではないのだな」

「ええ。なんかそういう悪魔とか天使とかいう区分は、正直どうでもいいです」

「それは結構。さて。本来、人間が我を呼び出すなど分不相応。詫びのしるしとして、それなりの対価を提示してもらわねば」

「ああぁ……ええっと……」

正直そこまで予測しておらず、言葉に詰まる。見切り発車するクセはどうにも治らない。

「早速いただくとしよう」

何を要求されるかヒヤヒヤしながらも、ウィル様の爽やかな笑顔から視線を外せなくなった。

「茶をもてなせ。我の口に合うスイーツもつけるのだぞ」

「へ?」

思わず気の抜けた声が出てしまう。相当のものを要求されるだろうと身構えていたが、かなりお安い用件だった。

「我の前でとぼけた顔は止めんかアラタ。ああ、まさかお前の命を要求するとでも思ったのか?益にもならないものは、献上されても受取御免だ」

彼いわくヒトの命は取るに足りないものらしい。なんとスケールの大きい男だろう。益々好きになりそうだ。

「聞こえなかったのか?茶だ、ティータイムだ。我を待たせるでない、アラタ」

「あっ、はい!!」

急かす割には満足そうな様子で悠然と窓辺へ移動していく。そして外を眺め、人間界の視察を始めた。他人にその姿を見られたら一大事、そう思って声かけをする寸前、彼は背を向けたまま言った。

「安心するがいい。召喚主のアラタ以外に、我を拝謁することは叶わないのだから」

胸を撫で下ろし「こちらにすぐ戻ります」とだけ残して、俺は売店へと走った。
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