第6レース(3)スリムとプレゼンス

文字数 3,716文字

「やるか、頼もしい返事だね」

 二人の返事に仏坂が満足気に笑う。嵐一が訝し気な表情で尋ねる。

「むしろ……止めなくていいんすか?」

「いやまあ、訓練の一環と思えばある意味願ってもない話だ。勝負事だから安易に勝ち負けについて話すのはともかく、ここでBクラスの連中よりも内容のあるレースをしたら、君たちの評価は間違いなく上がる。鬼ヶ島教官はちゃんと見ているよ」

「え、どこでですか?」

 炎仁が首を傾げて尋ねる。

「調教スタンドの上方で目を光らせているよ。眼鏡をキラーンとさせてね」

「も、もしかしてこれまでもですか?」

「そうだよ、この二か月半……ほぼ休みなしで君たちの騎乗ぶりを観察しているよ」

「おお……時折感じた鋭い視線はそれだったのか……」

 炎仁が身震いする。嵐一が笑う。

「嘘つけよ、『ビリッケツ』評価の奴にいちいち注目するか」

「わ、分からないだろう?」

「訓練などで目立った学生は主任教官室に呼び出されることが多いね」

「え……」

「……」

 仏坂のなにげない一言に炎仁たちが黙り込む。

「あ、あれ? どうかしたのかい?」

「俺たち呼ばれたことないですよ……」

「Cクラスは眼中無しってことっすか……」

「あ、いやいやいや! そういうわけではないよ。現にCクラスの学生も何人か呼び出されている……あっ」

 仏坂はしまったという表情で口を覆う。炎仁が詰め寄る。

「いるってことですね! 誰ですか⁉」

「そ、それは僕の口からは言えないよ……」

「何人かってことは少なくとも三人以上か……? 天ノ川とお嬢あたりは分かるが……もう一人はクラス長か? それともまさか……」

「く、草薙君、余計なことは考えないように! そ、それに鬼ヶ島教官に呼び出されたからといって、必ずしもそれだけで合格に近づくとは限らないからね」

「あ、そうなんですか」

 炎仁がいくらか冷静さを取り戻す。

「そうそう、もう一つ付け加えると、鬼ヶ島教官は受講した学生はほぼ必ず一度は呼び出すようにしているよ。Cクラスとか関係なくね」

「おおっ!」

「まあ、必ず褒めるってわけじゃないけどね……」

「えっ……」

「そ、それはともかくとして、今日は色々あって疲れたでしょう? 反省文を書いたらすぐ休みなさい。レースの詳細については明日話すから」

 そう言って、仏坂は自身の寝泊りしている施設の方に戻って行く。

「……俺らも戻るか」

「ああ、うん……」

 嵐一に促され、炎仁も部屋に戻る。翌日、Cクラスの教室で仏坂が説明する。

「コースは1600mの左周りのダートコースを指定してきているよ」

「1マイル=8ハロンか……」

 腕を組む嵐一に飛鳥が尋ねる。

「GⅠレースと同じ条件ですわね。これまで走った経験はございます?」

「距離は最長で6ハロンまでだし、ダートコースもこの学校入ってから本格的に走り始めたって程度だな」

「紅蓮君はどうかしら?」

「だ、大体同じ感じかな?」

「それはそれは……なんとも心細いですわね」

「もしかしてだけど……海ちゃん?」

 真帆が海に尋ねる。海は眼鏡をクイッと上げて答える。

「そのもしかしてです……真帆さん、この指定してきたコースはBクラスの太井さんと薄井さんがかなり得意としているコースです」

「Bクラスは並川教官の方針で、芝コースとダートコースのスペシャリストをはっきりと分けて日々の訓練を行っているから……太井君と薄井君、ともに侮れない実力者だと見て間違いないだろうね」

 仏坂が真帆の説明を補足する。

「汚ねえなあ! 『勝負しよう、但し俺たちの得意なコースでな』ってか⁉」

「そうだ、全くフェアじゃないよ!」

 青空とレオンが憤慨する。

「……プロになったら、なにからなにまで、自分の思い通りっていう状況でレースに臨めるっていうことはまずないよ~」

 翔が寝ぼけ眼をこすりながら呟く。

「天ノ川ちゃんよ~そういう正論はここでは要らねえって!」

「皆に話を合わせる意味もないよ」

「ぐっ……」

「まあ、教官も昨日おっしゃった通り、訓練の一環と思えば悪くない話だ、なあ?」

「う、うん……」

 嵐一の言葉に炎仁が頷く。レオンが驚く。

「おおっ! 前向きだな!」

「奴らの得意なコースで勝てば、奴らのしょうもねえプライドを叩き潰せる……おまけに鬼ヶ島教官からの評価も上がるって寸法だ。面白くなってきたじゃねえか」

「おおっ、草薙の旦那、悪い笑顔だね~。炎仁、お前ももっと悪く笑え!」

「ええっ⁉」

 青空の無茶ぶりに炎仁が戸惑う。海がため息混じりに呟く。

「意気込み云々はともかくとして……対策を練った方がよろしいのでは?」

「それならダートコースを実際に走ってみたら……って無理ですよね」

 真帆が自分の提案を即座に打ち消す。この日は前日以上の土砂降りで、コースを使用する許可が下りなかったのである。仏坂が軽く頭を抱える。

「多少はマシになるみたいだけど、明日もほとんどこんな空模様らしいねえ。実際のコースに関しては明後日のぶっつけ本番に近いかたちになっちゃうね」

「むう……」

 仏坂の言葉に炎仁が顔を曇らせる。

「……やれることをやるだけです。教官、端末とモニターを使って宜しいですか?」

「あ、ああ、構わないよ」

 海が自身の愛用する端末と教室に置いてあるモニターに手際よく繋ぎ、画面に二頭のドラゴンを映し出す。

「……この焦げ茶色の竜体のドラゴンは太井さん騎乗の『スリムアンドスリム』、こちらの薄茶色の竜体のドラゴンは薄井さん騎乗の『ハズアプレゼンス』、どちらも先行抜け出しを得意とするドラゴンですね。ダートコースに慣れています」

「なかなか強そうなドラゴンたちだな……」

「素直な感想だな」

 レオンが炎仁に呆れた目を向ける。飛鳥が問う。

「ジョッキーのお二人は?」

「ともに群馬県出身の19歳。北関東のユース大会ではそれなりの成績を収められております。以前、ある地方競竜の騎手課程を受講したようですが、合格出来なかったようですね。年齢的にも今回の短期コースがラストチャンスに近いです」

「群馬出身か、同郷かよ……やたら絡んでくると思ったら……」

 嵐一が呆れる。海が説明を続ける。

「これはあくまでも噂話レベルですが、Bクラスでも今の所芳しい評価を得られてない模様です。その辺の焦りや苛立ちもあるのかと」

「なるほど……」

 真帆が頷く近くで飛鳥が首を左右に振る。

「だからと言って、Cクラスへの暴言は許しがたいですわ」

「あまり気分は良くないよね~」

 飛鳥の言葉に翔が同調する。

「そうだぜ! 旦那、炎仁、こんな奴らぶっ潰しちまえよ!」

「い、いや、ぶっ潰すって……」

 青空の言葉にレオンが苦笑する。

「……ただぶっ潰すだけでは飽き足りません。『完膚なきまでに』!」

「な、撫子さんまで便乗⁉」

「あ、あくまでフェアなレースをしてくれよ……」

 仏坂が慌てて皆を落ち着かせる。そんな中でも海が冷静に説明を続ける。

「では、当日の予想レース展開ですが……」

「海ちゃん、ブレない……」

 真帆が感心する。そして、二日が経った。

「へっ、よく逃げないできたな」

『スリムアンドスリム』に跨った小太り男、太井が嵐一に話しかける。

「弱え相手に逃げる理由が無えだろう」

「な、なんだと⁉」

「落ち着け、太井」

『ハズアプレゼンス』に跨った瘦せっぽちの男、薄井が太井をなだめる。

「嵐一さんもやめておけよ」

 炎仁が嵐一を注意する。落ち着きを取り戻した太井が再び口を開く。

「なあ、一つ提案があるんだが……」

「提案?」

「負けたチームは罰ゲームってのはどうだ?」

「罰ゲームだと?」

「ああ、万が一俺らが負けたら、俺らがCクラスに降級するんだ……」

「! ってことは俺らが負けたら……」

 嵐一の言葉に太井が笑う。

「察しが良いじゃねえか。そう、お前らが負けたら退学するんだよ。自主的にな」

「そ、そんな⁉ これはあくまで訓練の一環の模擬レースだ! しかもあんたたちが得意とするコースで走るって言うのに……一方的過ぎる! 話にならない!」

「良いぜ」

「ええっ⁉」

 嵐一の返事に炎仁が驚く。太井が笑う。

「へへっ、そうこなくっちゃな。じゃあ、レース楽しみにしているぜ」

 太井たちがスタート地点に移動する。炎仁が嵐一に詰め寄る。

「なんであんな話に乗るんだ!」

「それくらいじゃなきゃ面白くねえ……ってのは半分冗談だが、お前も結構退学を賭けた勝負をしてきたらしいじゃねえか」

「そ、それは……」

「その時、こうも言ったらしいな、『こういうところで勝てないようじゃどうせ先が無い』って、俺もそう思うぜ、持っている奴は結局勝つんだよ」

「ううむ……」

「まあ、大丈夫だ、クラス長の行ってくれたシミュレーションなどで奴らのレースパターンは完全に把握してある。心配は無え。ほら、スタート地点に行くぞ」

 嵐一の騎乗する『アラクレノブシ』が最内に並び、炎仁の騎乗する『グレンノイグニース』が、左右から『スリムアンドスリム』、『ハズアプレゼンス』に挟まれる形で並ぶ。スターターを務める並川教官が声を発する。

「……よーい、スタート!」

「⁉」

「なに!」

 嵐一と炎仁が驚いた。先行型の太井たちのドラゴンが前に行かず、嵐一とアラクレノブシを先頭に押し出すような形をとったからである。
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