中編
文字数 2,526文字
「――どういうこと?」
沈黙を破ったのは、また初穂だった。
「本当に?」
問い詰めるのではなく、信じられないといった口調だったが、美春は頷く。
「比喩的なことじゃなくて?」
殺人、という言葉のインパクトで初穂以外は言葉もなくただ顔を見合せ、美春に視線を戻す。
「――もう、ずっと昔」
美春の声は大きくなかったが、全員に届くには充分だった。
「たぶん、三才ぐらいだったと思うけど、親を――」
「待って」
一度言って歯止めがかからなくなりそうになっていた美春を、千奈津が止めた。
「そんな前のことが、どうして今?」
「ずっと――時々夢に出てくるの。今年に入ってから増えて、半年前から週に何回か、先週からはほぼ毎日」
晶子が息を呑む。
「じゃあここのトコずっと寝不足なのって――」
美春はゆるゆると頷く。
「ホントの父親じゃない、母親のカレシのお兄さんが逮捕されて、あたしは保護されたんだけど、原因――死因って言うの? は、あたしが包丁で切りまくったからじゃないかな」
生々しい独白に、誰も口を挟めないでいた。
「夢なのに、やたらリアルで、手に残ってる感じもあって、『親を殺したあんたが幸せになれるわけがない』とか『警察が迎えに来たよッ』とか聞こえて、うわあって起きて――」
ドアがノックされて、弾かれたように初穂が振り向いた。
何も言わずに出入口に向かい、呼びに来たマネージャーに「放送貸して」と言いながら楽屋を出る。
初穂が後ろ手にドアを閉めるのを見ながら、九華が自分のタブレット端末を取り出していた。
一瞬のハウリングのあと、館内放送が流れる。
『――今日は本当にありがとうございますっ。ごめんなさい、ミハルが落ち着くまでもうちょい待ってて! 絶っっっ対にあと三曲 やるから!』
数秒の間があり、それこそ津波のような笑いと歓声がどわっと湧く。
これは、何度かやっていることだった。
涙もろい美春はこれまでもたまに、アンコール前に感極まってしまうことがあった。最初は諌 められたものの、ファンの反応が非常なまでに好意的だったことと、ネット上でも『ミハルらしくて可愛い』という声が多数を占めた結果、毎回ではないものの許されるようになった。今回もネット上で『初のホールで、なるんじゃないか』と予想されていたことはマネージャーも知っている。
「――これ?」
その放送の間に、九華が検索していたものを皆に見せた。
『強盗刺殺で兄を逮捕、幼児保護』というタイトルで、記事の中には昭林 と、被害者の姓が書かれている。
「美春ってこんな名字だったよね?」
頷く美春に、他のメンバーもその記事を覗き込む。
初穂もこの輪に戻ってきて、タブレットの画面を見る。
「これさ、家にあったお金持っていったとか、この兄って人が自供したとか、子供は虐待されてたとか――」
ざっと読んだ美奈子が言う。本の虫で、読書量もそのスピードもメンバーいちだ。
「美春、どっちか言うたら被害者やん」
「でも、刺したり切ったりしたのはあたしだし――」
と、自分の手を見る。
「感触、覚えてるんだ」
「それでもさ」
千奈津は目を大きくして、口元に手を当てていた。
「本当にそうでも、時効とかってあるんじゃないの? そんなに前のことだったら」
「殺人の時効はないよ」
スポーツドリンクをひと口飲んで、九華は続ける。
「でもこの場合――傷害致死だとしたら二十年。美春のこの境遇なら情状酌量されてもっと軽くなる気もするし、そもそも今更自白しても再捜査されるかどうか」
九華が『クイズ番組NG』としているのは不思議キャラだからではない。
「じゃあ美春は今十八だから、長くてもあと五年ってこと?」
「――でも」
と、九華は首を傾げる。
「年、合わなくない? これ二十年前の事件だよ」
「ううん、合ってる」
美春は今度は、自嘲気味の笑みを伴って告白する。
「あたし、いま二十三才だから」
「えええええ!?」
五人の声が重なった。
「私と同い年!?」
自分と見比べて、千奈津が信じられないといった声を出す。
「計算的にはね。あたし、栄養状態悪かったのと保護されてからもしばらく拒食してたから」
再びタブレットに目を落としていた九華が当時のニュースから週刊誌記事へのリンク先に飛び、『推定 三歳のその幼児は、保護当時は三歳児の平均からは非常に下回る体重だった』という一文を見て口を押さえた。見開いた目からひと筋こぼれる。
「推定三歳――って?」
「うん」
美春は堰止めるものがなくなったような、どこか据わった眼差しになっていた。
「あたし戸籍ないから、推定なんだ」
誰も、声はなかった。
美春が乾いた喉を震わせて笑う。
「戸籍のことは、社長だけは知ってるはず。
あたしが生まれる前に本当の父親からお母さん、逃げたんだ。
だから学校も行ったことないし、病院も行けない――行ったら、滅茶苦茶お金かかるんだって」
「じゃあ、妙に薬に詳しいのって……」
どうにか絞り出した晶子に、美春が頷いて見せる。
「あと、口座作れないからお給料は手渡し、今住んでる家は事務所の名義、それに――」
「もういい」
千奈津が止めた。厳しい言い方ではなかったが、美春は自分に注目している五人に頭を下げた。
「――みんな、ごめんなさい」
美春の声は、さっきよりも湿っていた。
「こんな酷い隠しごと、許されないよね。やっぱりあたし――」
「みぃ!」
晶子が、美春を抱きしめた。
「それ言ったら怒るよ」
抱きしめられるままの体勢で、美春が目を丸くする。
「ありがとう、アキちゃん」
美春は、晶子のことをそう呼ぶ。
「もう、他にないのね? 私全部受け入れるよ」
「ん――ごめん、あと一つ」
晶子が他の四人を見ると、全員頷いて美春の言葉を待つように唇を結んでいた。
「何言われても驚けへんよ」
美奈子が促して、美春が口を開く。
美春の笑顔は楽しげなものではなく、自棄か自虐か、あるいは哀しげな色を湛えていた。
「あたし――男なんだ」
沈黙を破ったのは、また初穂だった。
「本当に?」
問い詰めるのではなく、信じられないといった口調だったが、美春は頷く。
「比喩的なことじゃなくて?」
殺人、という言葉のインパクトで初穂以外は言葉もなくただ顔を見合せ、美春に視線を戻す。
「――もう、ずっと昔」
美春の声は大きくなかったが、全員に届くには充分だった。
「たぶん、三才ぐらいだったと思うけど、親を――」
「待って」
一度言って歯止めがかからなくなりそうになっていた美春を、千奈津が止めた。
「そんな前のことが、どうして今?」
「ずっと――時々夢に出てくるの。今年に入ってから増えて、半年前から週に何回か、先週からはほぼ毎日」
晶子が息を呑む。
「じゃあここのトコずっと寝不足なのって――」
美春はゆるゆると頷く。
「ホントの父親じゃない、母親のカレシのお兄さんが逮捕されて、あたしは保護されたんだけど、原因――死因って言うの? は、あたしが包丁で切りまくったからじゃないかな」
生々しい独白に、誰も口を挟めないでいた。
「夢なのに、やたらリアルで、手に残ってる感じもあって、『親を殺したあんたが幸せになれるわけがない』とか『警察が迎えに来たよッ』とか聞こえて、うわあって起きて――」
ドアがノックされて、弾かれたように初穂が振り向いた。
何も言わずに出入口に向かい、呼びに来たマネージャーに「放送貸して」と言いながら楽屋を出る。
初穂が後ろ手にドアを閉めるのを見ながら、九華が自分のタブレット端末を取り出していた。
一瞬のハウリングのあと、館内放送が流れる。
『――今日は本当にありがとうございますっ。ごめんなさい、ミハルが落ち着くまでもうちょい待ってて! 絶っっっ対にあと
数秒の間があり、それこそ津波のような笑いと歓声がどわっと湧く。
これは、何度かやっていることだった。
涙もろい美春はこれまでもたまに、アンコール前に感極まってしまうことがあった。最初は
「――これ?」
その放送の間に、九華が検索していたものを皆に見せた。
『強盗刺殺で兄を逮捕、幼児保護』というタイトルで、記事の中には
「美春ってこんな名字だったよね?」
頷く美春に、他のメンバーもその記事を覗き込む。
初穂もこの輪に戻ってきて、タブレットの画面を見る。
「これさ、家にあったお金持っていったとか、この兄って人が自供したとか、子供は虐待されてたとか――」
ざっと読んだ美奈子が言う。本の虫で、読書量もそのスピードもメンバーいちだ。
「美春、どっちか言うたら被害者やん」
「でも、刺したり切ったりしたのはあたしだし――」
と、自分の手を見る。
「感触、覚えてるんだ」
「それでもさ」
千奈津は目を大きくして、口元に手を当てていた。
「本当にそうでも、時効とかってあるんじゃないの? そんなに前のことだったら」
「殺人の時効はないよ」
スポーツドリンクをひと口飲んで、九華は続ける。
「でもこの場合――傷害致死だとしたら二十年。美春のこの境遇なら情状酌量されてもっと軽くなる気もするし、そもそも今更自白しても再捜査されるかどうか」
九華が『クイズ番組NG』としているのは不思議キャラだからではない。
「じゃあ美春は今十八だから、長くてもあと五年ってこと?」
「――でも」
と、九華は首を傾げる。
「年、合わなくない? これ二十年前の事件だよ」
「ううん、合ってる」
美春は今度は、自嘲気味の笑みを伴って告白する。
「あたし、いま二十三才だから」
「えええええ!?」
五人の声が重なった。
「私と同い年!?」
自分と見比べて、千奈津が信じられないといった声を出す。
「計算的にはね。あたし、栄養状態悪かったのと保護されてからもしばらく拒食してたから」
再びタブレットに目を落としていた九華が当時のニュースから週刊誌記事へのリンク先に飛び、『
「推定三歳――って?」
「うん」
美春は堰止めるものがなくなったような、どこか据わった眼差しになっていた。
「あたし戸籍ないから、推定なんだ」
誰も、声はなかった。
美春が乾いた喉を震わせて笑う。
「戸籍のことは、社長だけは知ってるはず。
あたしが生まれる前に本当の父親からお母さん、逃げたんだ。
だから学校も行ったことないし、病院も行けない――行ったら、滅茶苦茶お金かかるんだって」
「じゃあ、妙に薬に詳しいのって……」
どうにか絞り出した晶子に、美春が頷いて見せる。
「あと、口座作れないからお給料は手渡し、今住んでる家は事務所の名義、それに――」
「もういい」
千奈津が止めた。厳しい言い方ではなかったが、美春は自分に注目している五人に頭を下げた。
「――みんな、ごめんなさい」
美春の声は、さっきよりも湿っていた。
「こんな酷い隠しごと、許されないよね。やっぱりあたし――」
「みぃ!」
晶子が、美春を抱きしめた。
「それ言ったら怒るよ」
抱きしめられるままの体勢で、美春が目を丸くする。
「ありがとう、アキちゃん」
美春は、晶子のことをそう呼ぶ。
「もう、他にないのね? 私全部受け入れるよ」
「ん――ごめん、あと一つ」
晶子が他の四人を見ると、全員頷いて美春の言葉を待つように唇を結んでいた。
「何言われても驚けへんよ」
美奈子が促して、美春が口を開く。
美春の笑顔は楽しげなものではなく、自棄か自虐か、あるいは哀しげな色を湛えていた。
「あたし――男なんだ」