第十七話 裏当帰
文字数 3,006文字
次の日も、次の日も、水売りの屋台を出した。猫の集会に店を出せたのがよかった。虎之助の姿を見ると、妖怪たちが珍しさに、水を買ってくれた。
屋台に来る妖怪の中には話好きの妖怪がいたので、裏当帰の種 を聞く。
すると、割れ鍋に手足が付いた妖怪が知っていた。
「ああ、それなら、弁財入道様が作っているよ」
「何と、売っているものですけえ、いくらくらいですけえ」
「さあ、そこまでは知らねえ。ただ、弁財入道様は裏当帰を上方の妖怪に売りつけて結構に儲けているらしいねえ」
(そうか、これは銭を持っていけば買えるかもしれないな。でも、欲深い弁財入道のことだ。いくら吹っかけてくるかわからないぜ)
さて、どうしたものかと考えていると、おシマが現れる。
「虎之助さん、水を売っとくれ、砂糖三倍増しで」
「へい、ただいま」と砂糖を入れた水を出すとおシマが幸せそうな顔で水を飲む。
「ねえ、おシマさん、ちょっとお願いがあるんだけ、どいいけえ」
「人間が私に頼み事けえ? 中身によっては聞いてあげてもいいよ」
「地下御殿に弁財入道様がおるだろう。そこで、裏当帰を栽培しておるらしいんだ。裏当帰を買えねえだろうか」
「妖怪が人間に物を売るわけねえだろう、といいたいところだが。弁財入道様は変わり者。銀を持って行けば、裏当帰を売るだろうねえ」
「ありがてえ、なら、一緒に行って口を利いてもらってもいいけえ」
おシマは渋った。
「何で、私がそんな面倒なことをしなけれりゃならないんでえ」
「そこは、ほら、次に遭った時に砂糖三倍増しの水をタダにするからさあ」
おシマは目を輝かせて要求した。
「でも、一杯はないわ。砂糖三倍増しの水を十杯、いや、百杯は貰わねえと」
(随分と欲張ってきたな)
「なら、砂糖を渡すから間に入ってくれよ」
おシマは機嫌よく、さらに要求する。
「砂糖だけかい。渡すなら、油もほしいね」
(弁財入道も大概だがおシマも、欲深いねえ)
「油? 菜種油かい。天婦羅でも揚げるのけえ」
おシマは目を細めて嬉しそうな顔をする。
「私は猫舌だよ。油は舐めるのさ。美味しいよ」
(油を舐める? 妖怪の味覚は、よくわからんねえな)
「わかった、じゃあ、明日、砂糖と油を持ってくるから、裏当帰の買い出しに付き合ってくれよ」
「わかった、取引成立だよ」
明るくなって家に帰って、夜の準備をする。
まず、両替屋にいって小判一両を銀五十五匁に交換してもらう。
砂糖の壺と、油を入れる一升の徳利を用意する。
油屋に行くと、十種類の油が売っていた。
(何だ、油って、柄胡麻、椿、菜種、綿実油、魚油、鯨、獣脂と色々あるんだな)
「油屋さん、油を売ってくれ」
油屋の手代が愛想よく応じる。
「はいよ、料理用ですか? それとも行灯 用?」
「猫が好きそうな奴」
手代が不思議そうな顔をする。
「変わった注文ですな。猫にやるなら、安い魚の油で充分ですよ。ただ、魚の油は独特の匂いがあるので、料理にも灯用にも不向きですが」
「いいの、いいの。どうせ俺が使うんじゃねえから」
魚油を一升(一・八ℓ)買う。次に砂糖を一斤、買った。
(油が一升で銀十三匁と半匁。砂糖が一斤(約六百グラム)で銀五匁と半匁だから、間に入ってもらうシマへの貢ぎ物だけで、銀十九匁か、結構な出費だな)
翌日、シマへの貢ぎ物と籠を背負って、銀を準備して地価御殿に下りる。
「おシマさん、おシマさん」と呼ぶ。
待っていたかのようにおシマが現れる。
「待っていたよ。砂糖と油は持ってきたけえ」
「へい、ここに用意しやした」
おシマは油の匂いを嗅いで顔を綻ばせる。
「ほうほう、これは鰯油だね。なかなか壺を心得ているね」
砂糖壺を渡すと、おシマは砂糖壺を見て、うんうんと頷く。
「入っている、入っている。これで当分、仲間と甘味と油を楽しめそうだ」
「ちゃんと貢ぎ物を渡したんですから、よろしくお願いしますよ」
「わかっているよ。従(つ)いておいで」
おシマが機嫌よく弁財入道の屋敷に向かって歩き出す。
おシマが素っ気ない態度で訊いてくる。
「それにしても、虎之助は裏当帰なんて妙な物を何で欲しがるのかね?」
「俺が欲しいんじゃなくて、薬問屋が欲しがっているんでさあ」
おシマの態度は素っ気ない。
「そうかい、私はどっちでもいいけどね」
「裏当帰って、どんな薬効があるんですかね?」
「あれは妖怪には毒だけど、人間には薬らしいね。ただ、何に効くかは、忘れちまったよ」
「妖怪には毒なんですか。よく、そんなもの作りますねえ」
おシマが興味なさそうな顔で教えてくれた。
「弁財入道にとっては、銀になればいいのさ。それに、輸出品だから私たちには、とんと関係ないし。価格も銀と交換されることは知っていても、いくらなのか知らない」
以前に来た弁財入道の屋敷の裏口に来た。
シマが骸骨の番士に何かを囁き、何かを握らせる。シマは振り返って告げる。
「ちょいと待っていな。今、裏当帰を買ってくるから」
「待てい」と男の声がする。空を見上げると大きな煙の塊が飛んできて、弁財入道になる。
弁財入道はぎろりと虎之助を睨む。
「また、お前か。今度は何をしに来た」
「へい、おシマさんの仲介で裏当帰を買いに気やした」
弁財入道がおシマを見ると、おシマがぽんと額を叩く。
「あちゃー、見つかっちゃいましたか。虎之助の話は本当でさあ。ちょいとばかし、裏当帰を分けてくだせえ」
弁財入道は、むすっとした顔で拒否した。
「駄目だ。あれは、人間には渡したくねえ」
おシマが下手に出て頼む。
「そこを何とか、お願いしますよ。弁財入道の旦那。虎之助もきちんと銀を払うと認めてやすし」
弁財入道が怪しい者でも見るかのように虎之助を見下ろす。
「おう、確かに銀は用意してきた。だから売ってくれよ」
「いくら用意してきた」と弁財入道が険しい顔で聞く。
(これは、俺が用意してきた銀を根こそぎ巻き上げようって気だな)
「それより、いくらなんだよ。先に値を教えてくれよ」
じっと睨み合いが続く。
(これは、先に歩み寄ったほうが負けかな。それとも、物凄く吹っ掛けてくるのか)
「束一つで銀六匁だ」
「ちょっと待ってくれ、一束って一口に言っても、薪みたいな束もありゃあ、芹のような束もある。一束の量を見せてくれ」
「おい」と弁財入道が裏門から覗いている赤鬼の下士に命じる。
赤鬼の下士が慌てて駆けて行き、乾いた草の束を持ってきた。
(これが裏当帰か、重さにして三斤(一・八㎏)か。これで、銀六匁か。果たして高いのか安いのか。でも、薬草って、高(たけ)えからな)
「どうした。品物を見せたぞ」と弁財入道がぎょろ目で訊いてくる。
「目方は充分だな。なら、これをあと四束くれ。代金は全部で銀三十匁でどうでえ」
「よし、本来なら小売をしないところだが、今日は気分がいいから売ってやろう」
赤鬼の下士が、すぐにもう四束の裏当帰を持ってきたので、銀を払う。
銀を払うと弁財入道の口端が笑った気がした。
(しまった、これは、思いのほか高く売りつけられたぞ)
気が付いた時には、既に取引を終えたので、帰るしかなかった。
屋台に来る妖怪の中には話好きの妖怪がいたので、裏当帰の
すると、割れ鍋に手足が付いた妖怪が知っていた。
「ああ、それなら、弁財入道様が作っているよ」
「何と、売っているものですけえ、いくらくらいですけえ」
「さあ、そこまでは知らねえ。ただ、弁財入道様は裏当帰を上方の妖怪に売りつけて結構に儲けているらしいねえ」
(そうか、これは銭を持っていけば買えるかもしれないな。でも、欲深い弁財入道のことだ。いくら吹っかけてくるかわからないぜ)
さて、どうしたものかと考えていると、おシマが現れる。
「虎之助さん、水を売っとくれ、砂糖三倍増しで」
「へい、ただいま」と砂糖を入れた水を出すとおシマが幸せそうな顔で水を飲む。
「ねえ、おシマさん、ちょっとお願いがあるんだけ、どいいけえ」
「人間が私に頼み事けえ? 中身によっては聞いてあげてもいいよ」
「地下御殿に弁財入道様がおるだろう。そこで、裏当帰を栽培しておるらしいんだ。裏当帰を買えねえだろうか」
「妖怪が人間に物を売るわけねえだろう、といいたいところだが。弁財入道様は変わり者。銀を持って行けば、裏当帰を売るだろうねえ」
「ありがてえ、なら、一緒に行って口を利いてもらってもいいけえ」
おシマは渋った。
「何で、私がそんな面倒なことをしなけれりゃならないんでえ」
「そこは、ほら、次に遭った時に砂糖三倍増しの水をタダにするからさあ」
おシマは目を輝かせて要求した。
「でも、一杯はないわ。砂糖三倍増しの水を十杯、いや、百杯は貰わねえと」
(随分と欲張ってきたな)
「なら、砂糖を渡すから間に入ってくれよ」
おシマは機嫌よく、さらに要求する。
「砂糖だけかい。渡すなら、油もほしいね」
(弁財入道も大概だがおシマも、欲深いねえ)
「油? 菜種油かい。天婦羅でも揚げるのけえ」
おシマは目を細めて嬉しそうな顔をする。
「私は猫舌だよ。油は舐めるのさ。美味しいよ」
(油を舐める? 妖怪の味覚は、よくわからんねえな)
「わかった、じゃあ、明日、砂糖と油を持ってくるから、裏当帰の買い出しに付き合ってくれよ」
「わかった、取引成立だよ」
明るくなって家に帰って、夜の準備をする。
まず、両替屋にいって小判一両を銀五十五匁に交換してもらう。
砂糖の壺と、油を入れる一升の徳利を用意する。
油屋に行くと、十種類の油が売っていた。
(何だ、油って、柄胡麻、椿、菜種、綿実油、魚油、鯨、獣脂と色々あるんだな)
「油屋さん、油を売ってくれ」
油屋の手代が愛想よく応じる。
「はいよ、料理用ですか? それとも
「猫が好きそうな奴」
手代が不思議そうな顔をする。
「変わった注文ですな。猫にやるなら、安い魚の油で充分ですよ。ただ、魚の油は独特の匂いがあるので、料理にも灯用にも不向きですが」
「いいの、いいの。どうせ俺が使うんじゃねえから」
魚油を一升(一・八ℓ)買う。次に砂糖を一斤、買った。
(油が一升で銀十三匁と半匁。砂糖が一斤(約六百グラム)で銀五匁と半匁だから、間に入ってもらうシマへの貢ぎ物だけで、銀十九匁か、結構な出費だな)
翌日、シマへの貢ぎ物と籠を背負って、銀を準備して地価御殿に下りる。
「おシマさん、おシマさん」と呼ぶ。
待っていたかのようにおシマが現れる。
「待っていたよ。砂糖と油は持ってきたけえ」
「へい、ここに用意しやした」
おシマは油の匂いを嗅いで顔を綻ばせる。
「ほうほう、これは鰯油だね。なかなか壺を心得ているね」
砂糖壺を渡すと、おシマは砂糖壺を見て、うんうんと頷く。
「入っている、入っている。これで当分、仲間と甘味と油を楽しめそうだ」
「ちゃんと貢ぎ物を渡したんですから、よろしくお願いしますよ」
「わかっているよ。従(つ)いておいで」
おシマが機嫌よく弁財入道の屋敷に向かって歩き出す。
おシマが素っ気ない態度で訊いてくる。
「それにしても、虎之助は裏当帰なんて妙な物を何で欲しがるのかね?」
「俺が欲しいんじゃなくて、薬問屋が欲しがっているんでさあ」
おシマの態度は素っ気ない。
「そうかい、私はどっちでもいいけどね」
「裏当帰って、どんな薬効があるんですかね?」
「あれは妖怪には毒だけど、人間には薬らしいね。ただ、何に効くかは、忘れちまったよ」
「妖怪には毒なんですか。よく、そんなもの作りますねえ」
おシマが興味なさそうな顔で教えてくれた。
「弁財入道にとっては、銀になればいいのさ。それに、輸出品だから私たちには、とんと関係ないし。価格も銀と交換されることは知っていても、いくらなのか知らない」
以前に来た弁財入道の屋敷の裏口に来た。
シマが骸骨の番士に何かを囁き、何かを握らせる。シマは振り返って告げる。
「ちょいと待っていな。今、裏当帰を買ってくるから」
「待てい」と男の声がする。空を見上げると大きな煙の塊が飛んできて、弁財入道になる。
弁財入道はぎろりと虎之助を睨む。
「また、お前か。今度は何をしに来た」
「へい、おシマさんの仲介で裏当帰を買いに気やした」
弁財入道がおシマを見ると、おシマがぽんと額を叩く。
「あちゃー、見つかっちゃいましたか。虎之助の話は本当でさあ。ちょいとばかし、裏当帰を分けてくだせえ」
弁財入道は、むすっとした顔で拒否した。
「駄目だ。あれは、人間には渡したくねえ」
おシマが下手に出て頼む。
「そこを何とか、お願いしますよ。弁財入道の旦那。虎之助もきちんと銀を払うと認めてやすし」
弁財入道が怪しい者でも見るかのように虎之助を見下ろす。
「おう、確かに銀は用意してきた。だから売ってくれよ」
「いくら用意してきた」と弁財入道が険しい顔で聞く。
(これは、俺が用意してきた銀を根こそぎ巻き上げようって気だな)
「それより、いくらなんだよ。先に値を教えてくれよ」
じっと睨み合いが続く。
(これは、先に歩み寄ったほうが負けかな。それとも、物凄く吹っ掛けてくるのか)
「束一つで銀六匁だ」
「ちょっと待ってくれ、一束って一口に言っても、薪みたいな束もありゃあ、芹のような束もある。一束の量を見せてくれ」
「おい」と弁財入道が裏門から覗いている赤鬼の下士に命じる。
赤鬼の下士が慌てて駆けて行き、乾いた草の束を持ってきた。
(これが裏当帰か、重さにして三斤(一・八㎏)か。これで、銀六匁か。果たして高いのか安いのか。でも、薬草って、高(たけ)えからな)
「どうした。品物を見せたぞ」と弁財入道がぎょろ目で訊いてくる。
「目方は充分だな。なら、これをあと四束くれ。代金は全部で銀三十匁でどうでえ」
「よし、本来なら小売をしないところだが、今日は気分がいいから売ってやろう」
赤鬼の下士が、すぐにもう四束の裏当帰を持ってきたので、銀を払う。
銀を払うと弁財入道の口端が笑った気がした。
(しまった、これは、思いのほか高く売りつけられたぞ)
気が付いた時には、既に取引を終えたので、帰るしかなかった。