二十七

エピソード文字数 2,757文字


「お待たせしました。こちらへおいでください」
 取次ぎを頼まれたのであろう、若い事務方の女性が二人を案内した。案内された部屋で二人が温かい茶をすすって待っていると、いかにも地回りの刑事らしく、あまり目立たない色のブルゾンを着込んだ仏頂面の男性が書類を携えて部屋に入ってきた。
「お待たせしました。わたくし、刑事課の佐々木と申します。今日はなんですか、新高瀬川の河川敷で亡くなっていたホームレスのことについてお知りになりたいとか……」
「ええ」
 谷口が口を開くより先、里中がことばを引き取って答えた。「自称ヨシダというホームレスなんですが、その後、なにか新しい情報が入っていないかと思いまして……」
「新しい情報といいますと……」
「たとえば、かつての職業や住所、親戚のひとの所在がわかったとか、彼を知っている人が出てきたとかですね」
「うーん。いまのところ、そういう情報は入っておりませんね」
「では、質問を変えましょう。新聞によれば、彼と一緒に住んでいたホームレスで、遺体の発見者でもあった自称村上真治というひとがいたとありますが、そのひとは、いまどこに住んでいるかわかりませんか」
「さあ、わかりませんねぇ。あれから暫くしてどこかへ行ってしまったんじゃないでしょうか。役所のほうでも、例の『ねぐら』といいますか、ガラクタ類を撤去処分にすることに決めたみたいで、何月何日までに引き取らないと、役所のほうで勝手に処分するというような警告文を貼っているはずなんですが……」
「そうですか。わかりませんか……」
 里中ががっくりした様子で、溜め息をついた。
 その横から、谷口が口を挟んだ。
「警察としては、その、なんちゅうんですか、ホームレスの保護いいますか、そういうのはおやりになってないんですやろか」
「そうですね。われわれは、事件と思われる事案についてのみ捜査する立場なものでございますんで、彼らホームレスの生活の面倒や、その後の動向までとなりますと……。ま、民生委員というんでしょうか、社会福祉関係のほうなどを当たっていただくとわかるのではないかと思うんですが……」
 つまり、ホームレスの行き先や勤め口の斡旋など厚生面について警察は一切関知しないというわけだ。では、あれが事件に相当する事案であった場合、警察は、どう対処するというのか――。里中は思ったが、敢えて口には出さなかった。
「で、例の吉田というホームレスの遺体ですが、一応は検死に回されたのでしょうか」
「ええ、回しました。目視ではありますが、身体的にはどこにも異常がないということで、寒波の中での自然死、すなわち凍死と判断されております」
「もちろん、解剖はなさっているんでしょうね」
「いや、そこまでは……」
 仏頂面の刑事は引き攣った笑みを浮かべて続けた。「変死と申しましても、身元の知れないホームレスのことでございまして……。引き取り手もおりませんし、司法解剖を依頼するにしても、それほどの事件性が感じられない事案でもございましたからねぇ」
「では、身体のどこにも、変なところはなかったというんですね」
「ちょっとお待ちください……」
 書類を開いて。「ええ、確かに検視所見ではそうなっておりますね」
 刑事は、見ていた書類から険しい顔を上げて言った。
「で、これについて、なにかご不審な点でも……」
「いや。これといって確証はないんですが、誤って川に落ちたとか、誰かに沈められたとか、人為による打ち身や、新しい傷の跡などがあったりしていなかったのかなと思いまして……」
「生憎ですが、そのような所見はございませんねぇ」
 刑事は書類を閉じ、さきほどまでの引き撃った笑顔をすっかり消して訊ねた。「里中さん、それに谷口さんとおっしゃいましたね。お訊ねの件は、以上でよろしかったでしょうか――」
「え。あ、はい……」
 里中は、咄嵯に意味が取れず、ワンテンポ置いて答えた。
 吉田に所持品があったのだとしたら、それからわかったことなどを聞いてみたかったのだが、刑事がいまのような木で鼻をくくった態度で畳みかけてきた以上、これより先へは進みようがなかった。
「わかりました――刑事さん」
 二人の間に暫しの沈黙が続いたあと、谷口が助け舟を出すようにして言った。「われわれは、これで失礼します。今日はお忙しいのに貴重な時間をお割きいただきまして、ありがとうございました。またなにか新しいことがございましたら、よろしくお願いします」
 このことばに釣られて、里中も挨拶を交わした。
 警察署を出ると、谷口が耳打ちするように小さな声で言った。
「あんなときは、素直に引き下がっといたらええんや。下手に突っ込むと、却ってなんも教えてくれんようになる」
「そういうもんかね」
「そういうもんや。何回も足を運ぶさかい、刑事も胸襟を開く。欲張りは禁物や。一挙にどーっと行っても相手にしてくれん。とくに京都では、東京弁を使う人間は嫌われるんや」
「ほう。なんでかね――」
「なんでかね、やあらへんがな。その、人を食ったような、しれっとしたものの言い方が、京都人の癇に障るんや」
「――そういえば、いつだったかにも、ぐっさんがそんなことを力説していたことがあったよね」
「素直さや――。京都では素直が一番。逆ろうたらあかん。詰問してもあかん」
 胸から取り出したタバコに火をつけながら。「京都人は気長うに見えても、中身はごっつ短気にできてるんや。あんたのやり方やったら、どっちゃが刑事かわからへん」
「確かに。ちょっときつく言いすぎたかな」
「今度は相手を立てるように。ことば尻も、もうちょっと丸うにして言うこっちゃな」
 谷口は、厳しい顔をして続けた。紫煙が、その口から風に沿って流れ出る。「京都っちゅうとこは、自分が一番やと思うとる。その一番を無視したものの言い方は、単なるよそさんの寝言に過ぎん。そんなもんに貴重な時間使われて堪るかいうこっちゃ」
「なるほど……」
 言いながら、里中は、谷口を連れてきてよかったと思った。
 そうでないと、自分はもっと、あの刑事の心証を悪くしていたことだろう。それが証拠に、自分が素人の推測を交えたものを言い始めた途端、あの刑事は豹変し、話の中断を切り出した……。
 京都人から重要な情報を聞き出すには、下手に出てしゃべるにかぎるのだろう。谷口がいうには、京都人に質問するときは、決して自分の感想や意見を交えてはならない。
 つまりは、京都人独侍の僻み根性がプライドを刺激し、話はそれ以上には進まなくなってしまうというのである。
 二人は伏見署を出ると、高架のある広い通りに出、ここなら拾えるだろうとタクシーを待った。
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