第4話

文字数 4,146文字

 前の章で、僕のこれまでのコンビニ人生の足跡と、実際に体験した数々の出来事とを合わせて、コンビニで勤務するとはどういったものかということを、少なからずご理解いただけたと思う。
この章では、僕のコンビニ人生の最後となる店舗での体験談を交え、コンビニ業界との決別までを語っていきたいと思う。

 志半ばの望まぬ形で店舗を辞めた僕は、しばらく休んだ後、次の進路をどう取るべきか熟考していた。
気分新たにまったく別の職業に就いてみようかと思う反面、コンビニ人生に対しての未練も少なからず残ってはいた。
考える日々を過ごした中で、もう1度だけコンビニに懸けてみようという結論に至り、ネット上で希望に合う店舗を探していた。
間もなく店舗が見付かり、早速面接の応募を取り付けて、その店舗での採用が決まった。
回復したとはいえ病み上りの身ゆえ、最初は負担のかからないように抑えめなシフトを希望した。
身体も心も慣れてきて、やっていけるという手応えをつかめれば、勤務日数を増やしていこうという考えからだった。

 僕は慣れ親しんだ深夜勤務、22時~翌朝6時の時間帯で週4日働くこととなり、10月の初め秋になろうかという頃から再び動き始めた。
その店舗は前後を小学校と中学校に挟まれるような形で立地していて、道を挟んだ斜め前には交番があるなど、夜間は静かな時が流れていた。
2人体制での深夜勤務で、リーダー格の40代の従業員以外は、深夜勤務の従業員は皆僕よりも年下の若い顔ぶれだった。
勤務の流れをつかむのにそれほどかからなかった僕は、勤務開始から2週間も経った頃には、ブランク明けの妙な緊張感と恐怖感も消えていた。
この店舗の深夜の客層は、わずかな数の常連客がほとんどで、それ以外は皆無に等しかった。
リーダー格のBの方針で、深夜勤務の基本スタイルとして、やるべき仕事を前半でちゃっちゃとすべてを片付けて、後は来客時のみ売り場に出て対応し、それ以外の時間は事務所でゆっくりと食事を取るなり会話するなり、店内の雑誌を読んだりするようにしようとなっており、これまで勤務時間内は常に忙しなく動いていた僕にとっては、若干拍子抜けだった。
かと言って新入りの僕があれこれ言うのも違うと思ったし、とにかく早くこの店舗の従業員たちと打ち解けて、自分の居場所を確保するようにと決心した。
まずはBをはじめとして、同じ深夜勤務の従業員たちとコミュニケーション取り打ち解けることから始めた。

 だがこの店舗では、それがいかに難しいことなのかということを身をもって知った。
というのもこの店舗は、身内贔屓が強烈だったからだ。
店長も兼ねているオーナーと、オーナーの母に姉と妹に息子を中心に、アルバイトやパートの従業員のほとんどがオーナーと以前からの知り合いなど、面識のある人物ばかりだったのだ。
オーナーの同級生の子供であったり、先輩後輩の家族だったり、オーナーの母や姉妹と何かしらの付き合いや接点がある人物で、日中のパート従業員も、夕方や深夜のアルバイト従業員たちも皆が皆そのようなつながりで採用されて勤務に就いていた。
かくいう僕はまったくつながりのない完全なる外様で、僕以外の従業員ではUという深夜勤務のアルバイト従業員1人だけが、同じくオーナーとまったく接点のない関係性だった。
それゆえ従業員間の結束というよりは、家族ぐるみのご近所付き合いや地域のコミュニティーのような独特のつながり、血のつながった人間のみで形成されている地方の小さな村のような、オーナーたち経営者一族を含めた従業員同士の奇妙な連帯感が色濃かった。
 店舗の業務における重要事項の連絡も、僕だけ伝えられなかった。
僕は未だガラケーを使用しているのだが、ラインができないこともあって、入社早々から蚊帳の外状態だった。
でもその気になれば電話もできるメールもできるお互いの状態なのに、オーナーたちから店舗や業務に関する連絡事項が届いたことは、1度もなかった。
いつも出勤してから初めて聞かされたり、ひどい時には何週間も知らないまま勤務していたことも頻繁にあった。
オーナーは基本いつも笑顔で、物腰の柔らかそうな振る舞いなのだが、僕に対しては目が笑っていない時や、明らかに他の従業員との対応とは異なる、強引で威圧的な態度を大っぴらには露見しない範囲で取ってきた。
オーナーたちが勤務時間外で、従業員たちと食事に行ったりお酒を飲みに行ったりする集まりにも、1度たりとも僕が声を掛けられることはなかったし、Uも同じような距離を置かれた立場にあった。
 そのようなオーナーたち経営者一族の姿勢が伝播しているのか、パートやアルバイトの従業員たちとコミュニケーションを取ろうにも、露骨な態度の差を事あるごとに見せつけられては、一向に距離は縮まらないし、やがて仕事上でも影響が出て来るようになった。
僕とそれ以外の従業員同士で満足な意思疎通ができていないのだからそれは必然で、どう対応したらいいのか頭を悩ます業務や、作業効率の著しい悪化に伴うミスも出てしまう。
業務上のミスを犯した場合でも、僕やUがミスを犯した時と、それ以外の従業員がミスを犯した時の事後対応は雲泥の差だった。
激しい叱責や責任の追及をされる一方で、「大丈夫、皆でカバーしていけばいいから」という慣れ合いじみた傷の舐め合いが展開されていった。
そのような日々が4ヶ月ほど続いたある日、Uが休憩中にタバコを吸いに行ったきり逃亡し、音信不通となって辞めた。
深夜勤務のシフトに空いたUの穴を、そんな時に限って皆でカバーすることなく、リーダー格のBとオーナーの話し合いで、ほとんど僕1人で埋めさせられた。
当初身体と精神のバランスが完全に復調した時に徐々に増やそうと思っていた勤務日数が、一瞬にして無確認で悲惨なものとなった。
夏の暑さが感じられるようになった頃には、すでに体力が底を尽いてしまった。
一緒に勤務しているBは自分の仕事だけしてさっさと休憩状態に入り、僕は孤立無援状態。
おまけにABという従業員が輪をかけるように、僕を手助けするふりを見せて、嘘の情報ばかり流してきて、僕をかく乱していった。
 もうこの店舗では、何が正しくて何が間違っているのかわからなくなった頃には、せっかく回復を見せていた僕の精神が再び崩壊していっていた。
判断に迷った時に冷静になれなかったし、作業を押し付けられて忙しい時などは、追い詰められて自分自身で感情がコントロールできないまま異常にカッカしてしまい、ミスを連発してしまう悪循環から抜け出せなかった。
それでも誰も助けてはくれなかった、完全なる自己責任と割り切ったかのように、冷めた目で見られていた。
 そして師走に入った12月初頭、発注が下手なアルバイト従業員と言い合いになり、もみ合った挙句に弾みで、僕はその従業員の名札を破損させてしまった。
勤務を終えて家に帰って間もなくオーナーから電話で店舗に呼び出された僕は、その際の防犯カメラによる録画映像を見せられながら一方的に責任を問われ、小1時間激しく叱責された末に、店舗の備品である名札を破損させたとして、同日付で解雇されたのだった。
もちろん僕とやり合った、オーナーの同級生の息子であるその従業員は、何のおとがめもなかった。
僕が何も悪くなかったとは言わないし、僕に何の責任もないとはまったく思わないが、やり切れない大岡裁きで突然職を失ったのだった。
面接時の条件を無視した急な勤務日数の増加による超過労働や、目に余る身内贔屓によるパワハラまがいな行動の数々など、この店舗やオーナー側を相手取ってしかるべき機関に訴えることもできたと、今は思う。
ただ当時の僕には、もうそのような体力も気力もまるで残っておらず、文字通りのボロボロの状態だったため、戦う意思はまったくなかった。
何より、これ以上コンビニで勤務することは無理だという虚無感や敗北感が、何より強く大きく感情の中にあった。
解雇通告を受けた帰り道、自転車を押しながら歩いた帰り道。
悔し涙と共に、様々な感情がとめどなく溢れていた。
2018年冬、僕のコンビニ人生はこうして終わった。
それは同時に、多くの時間と人生を捧げたコンビニへの決別も意味していた。

 コンビニ店舗とは、1つの小さな会社であり、社会の縮図だ。
サラリーマンなどの企業で働くのとは異なるため、なかなか実感が湧かないかもしれないが、フランチャイズ契約によるコンビニ店舗は、オーナーや店長を中心とした小さな企業と言えるだろう。
10数名の従業員から形成される小さな社会の中心に立つことで、ある者は権力を振りかざし、ある者は自己の利益のみを追求したりする、勘違いをするようになりがちだ。
フランチャイズ店舗は、良くも悪くも経営する人間によって、すべてが左右される。
一般常識的に社会の良識から見ればおかしなことも、小さな店舗という社会の中では正義であるかのように平気でまかり通る。
大事なことは、周囲に流されないこと。
コンビニで働きたいと思われている方々も十人十色、はっきり言って1つの正解を導き出すことは難しい。
ただ少しでも、これからコンビニで働いてみようと思われている方に言えることは、
〇自分の生活スタイルに合った店舗を見付けること(家事の空いた時間のパート、副業程度のアルバイト、遊興費を稼ぐためのアルバイトなど)
〇将来を含めたビジョンを持って店舗を探し働くこと(学生の期間だけの期限を決めたアルバイト、フリーターとしての専属・掛け持ち、将来自分でコンビニを経営するためのノウハウやパイプを得るためなど)
〇労働者としての正当な権利の主張と理不尽に屈しないこと(アルバイトやパートであっても、有給休暇の申請や労働基準監督署への訴えなど)
などが、僕のコンビニ人生で得た知識と経験から送ることができるアドバイスだろうか。
 万一ブラックな店舗に遭遇した時は、すっぱりと切り替えて切り捨てる勇気を。
約10年間のコンビニ人生での敗北からの、僕の最後の言葉だ。


 



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