総量

文字数 2,458文字

 誰にも何の印象も与えまいと存在を消す百果だったが、反対に百果の方では、対面する者の思考や情緒が自動的に己の中になだれ込んできては翻弄された。百果は人と接することにひどく消耗した。一層そっと放っておかれることを何よりも望んでいたのだ。
 そうして初めこそ誰にも気づかれずにうまい具合に集団に紛れ込むことに成功する百果だったが、次第にボロが出始める。ボロと言うにははばかられる、つまり百果側には落ち度はないのかもしれぬが、必ず百果を見つけ出す者が出るのだ。
 ただ百果は百果でいたいだけだった。しかし可能な限り大人しく、どれだけはみ出ないように心がけていようとも、百果は勝手に目をつけられ、追われるようになった。個人的に何かをしたとかされたとかではない、にも関わらず、憧れられたり憎まれたり、真似をされたり妬まれたりと、激しく執着する特定の者が必ず現れるのだ。
 百果はそれがたまらなく苦痛だった。それでなくとも対人関係の構築に困難を感じている百果は、不特定多数と広く浅く付き合うことが苦手だった。気を許した選び抜かれた少数の精鋭とだけ、交流を持っていたかった。そのように百果が苦心して築き上げた穏やかで心地よい調和を蹴破って侵入してくる視線や干渉は、脅威でストレスで嫌がらせ以外の何者でもなかった。
 何より百果は大変な恥ずかしがり屋だった。生きているだけで羞恥でしんでしまいそうだった。穴を掘り地中深く潜り込みたくなることはしょっちゅうで、地の底でうずくまる姿を上から覗き込まれることは拷問と同等だった。これほど恐ろしいことはなく、せっかく掘った深い穴が無駄になるどころか、百果は気が休まる時を失うのだった。
 さらに百果を悩ませるのは、あまりに疲れた時、百果がよく考える、伝家の宝刀が使えないことだった。すなわち、「あなたが考えているほど他人はあなたに興味がない」「誰もあなたのことなど見ていない」「気にしているのはあなただけ」といったものだ。
 社会的な生物であるヒトとして生まれたからには、人の波に揉まれずには生活できないが、百果はその波に乗り損ねて難破しがちだった。水を飲むだけ飲んで、もみくちゃにされ、溺れてくたくたになる。
 そんな時百果は、誰も私のことなど気にしていない、と考えては、気を楽に保つように心がけていた。他人の存在からは距離を置き、自分の世界の中で自分をよしとすることができさえすれば、起こったことを前向きに捉え、また社会に戻り、進んでいくことが容易くなるはずだ。その考え方をお守りのように、気持ちの切り替えに役立てていたのだ。
 ところが誰も気にしていないわけではないことが明らかになる。自意識過剰でも何でもない、事実気味悪くなるほど熱心に見られているのだ。常に監視され、一挙手一投足気が抜けない。百果は気が狂いそうだった。
 百果を悩ませたのはそれだけにはとどまらなかった。勝手に憧れられては勝手に絶望されることが追い打ちをかけた。どれだけ百果になりたくてたまらなかろうと、百果以外の者が百果になることなどできない。方向を間違えた努力が実るわけもなく、百果の目に映るのは無惨に砕け散った自棄の残骸で、それは醜く異臭を放ち、醜いものが嫌いな百果はそのことにもひどく苦しんだ。
 百果は憐れむことはなかったが、気の毒には思った。百果が百果であるだけで、傷だらけになっている者がいる。百果は救済の案を捻り出すほどには賢くなく、優しい誘導ができるほど器用でもなかった。本人の問題だと冷ややかに突き放すほど冷酷ではあったが、それで平気でいられるほど図太くはなかった。次第に百果は百果のできる回避策を模索し始める。
 百果はなるべく羨望の対象とならぬよう、みじめな自分という役割を演じるようになった。視界に入ったところで捨て置かれる、箸にも棒にもかからない見下される存在であるならば、注意を引くこともない。
 そうして自身を低く見積もられるように卑下しているうちに、百果はまるでそれが本物の自分であるかのように感じ始めた。生きている価値もないような存在、それが自分だと思い込むようになったのだ。
 目をつけられることを恐れ、殻に閉じ籠り、静かに生きていくことにより、百果は執着される苦痛からは解放されたかのように感じていた。しかしそれはつまらぬ生き方だった。自分がおもしろくないだけならまだしも、はからずも他人を犠牲にしたり巻き添えにしてしまったと省みることも多々あった。誠意を込めてフォローはするが、それでもしでかした過失に深く自己嫌悪に陥ると、救いようのない気持ちになった。生きているだけでも迷惑な上に、一層迷惑をかけるとは何事だ、と自分を責め立てるのだ。
 自己を責め続けていても建設的な未来は得られない。何の生産性もなく、誰の得にもならず、無意味で虚無的な愚かな行為でしかない。百果はここでも行き詰まる。一体どうしろというのだ、他にどんな方法があるというのだ、追い詰められた百果にふと浮かんだのは、総量、ということだった。
 百果は思い違いをしているのだ。誰かから憧れられたり妬まれたりすることの回避のために、幸せな姿を見せてはいけない、と考えるのはそもそも、百果が取った分、誰かの分が減ると思っているからである。独り占めにならぬよう、自分の幸せはセーブしなければならない。行き渡るように、取り分は遠慮しなければならない。つまりこの世にある幸せの総量が決まっていると思っているのだ。
 百果はそうでないことを思い出した。もともと知っていたはずだった。何よりそれが百果を百果たらしめていた要因だった。あまりに多くの人が思い違いをしていたため、うっかり忘れてしまっていた。好きなだけ受け取ればよいのだ。この世に幸せなどごまんとある。全ての人に行き渡ってもなおあまりある、いくらでも無限にあるのだ。
 もはや誰にも百果を止められなかった。恐れを知らぬ純真さで好きなだけ受け取る百果は、向かう先敵なしのエネルギーに満ち溢れていた。
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