第15話 慌てふためく

文字数 912文字

来る日も来る日も俺は働いた。食堂は朝から晩まで営業しており、この地域では人気のある方だ。そのため、ピーク時には列ができるほどの繁盛ぶりであり、俺と父だけではとうてい捌ききれない。猫の手でも借りたいぐらいだ。

今日も閉店を迎える頃には俺の身体は疲労感に満ち溢れていたが、なんとか食堂の大掃除を済ませて家に帰った。疲れから俺はすぐに眠りについた。明日は俺の数少ない休日だ。気がすむまで寝ていようと思い眠りについた。深い眠りの中、突然頭に声が響いた。

「大変じゃ、大変じゃ」

慌てふためく父の声で俺は目を覚ました。

「お父さん、そんなに慌ててどうしたんですか?」

明らかに動揺している父の姿がそこにはあった。父がこれほど慌てふためている姿を見るのは、いつ以来だろうか。父は震える唇と共に、小さな声で囁いた。

「アメリカ、イギリスと戦争になっちまった……」

俺はその瞬間頭が真っ白になった。俺の1番望んでいないことが起きてしまった。俺は言葉を失い、足が震え、なぜだか天井を見ていた。

「どっちから仕掛けたんですか?」

「日本が真珠湾を攻めたんや。奇襲攻撃やから大戦果を得たけど……
マレー半島にも上陸したらしい」

父がこれほど動揺していたのには理由がある。それは、父も俺と同じくアメリカには詳しいからだ。なぜなら、帝国大学時代にアメリカに行ったことがあり、アメリカの偉大さを直に感じた一人であるからだ。俺がアメリカに行くって言った日の父は嬉しそうだったのを思い出した。出発の日、父は俺にアメリカから少しでも多く学んでこいと一言だけ言った。おそらく、山本家はアメリカに敬意を抱く親米派だった。

「賢治、お前もアメリカに住んでたからわかるやろうけど、今回ばかりは厳しいぞ」

「はい……」

1941年12月8日、日本軍はアメリカの真珠湾に奇襲攻撃を仕掛けた。戦果としては十分だっただろうが、大東亜戦争で勝負の鍵を握る空母は停泊しておらず、無傷だった。一説にはアメリカは日本が真珠湾を攻撃してくるのを知っており、あえて空母を停泊させないでいたとも言われている。同日、マレー作戦も実行され大東亜戦争の火蓋が切られた。
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