第2話 砂漠とオアシス

文字数 1,997文字

「ここは、砂漠……」

 砂。

 ひたすら砂の平原。

 テレビなどでイメージされるそのままの光景に、健太は思わず『砂漠』という表現を使った。

「いったい、どういうことだ……?」

 夏希が不思議そうに口走った。

 無理もない。

 ついさっきまで、彼ら六名は火力発電所の施設内にいたのだから。

「き、きっと、何かのアトラクションに違いないぜ!」

 元気は気丈にふるまったが、声は震えていた。

「そ、そうだよ! 科学館の、別なスペースに出ちゃったのよ!」

 美羽も同様だった。

「果たして、そうでしょうか……」

 正彦が含みのある言い方でつぶやいた。

「ど、どういうこと……?」

 美羽がおびえた様子で聞き返す。

「さっきの地震で、その、世界が崩壊したとか……」

「――っ!?」

 正彦の意外な応答に、みんなは絶句した。

「正彦、あんた、なんてことを!」

 夏希がにわかにいきり立った。

「で、でも、状況からして、その……」

 彼女からの叱咤(しった)に、正彦はおびえた。

「せかい、ほうかい……? どうしよう……パパ、ママ……」

 美羽は体を震わせながら、しくしくと泣き出してしまった。

「美羽、落ち着けって! 大丈夫だから! 確かに強い地震だったけど、あれくらいで世界が崩壊なんてするわけないだろ!」

 夏希は必死で美羽を励まそうとした。

「そうだ、夏希の言うとおりだぜ! 正彦! 根拠もないのに美羽を不安にさせるなよ!」

 今度は元気が正彦に食ってかかった。

「す、すみません……そんな、つもりじゃ……」

 正彦は自責の念に(とら)われてしまった。

「みんな、落ち着いて! こんな状況で争ったら、元も子もないよ!」

 健太はなんとか、みんなをなだめようとした。

「落ち着いてなんて、無責任よ……」

 美羽のささやきに、健太はひどく打ちのめされた。

「あ、健太くん……ご、ごめんなさい……わたし、そんなつもりじゃ……」

 察した美羽はあわてて健太を気づかった。

「いや、いいんだ、美羽さん……」

 言葉とは裏腹に、彼は少なからず傷ついていた。

「もし、世界が崩壊したんだとしたら、みんな――」

 いままで沈黙を守っていた(かける)一言(ひとこと)が、その場の空気を切り裂いた。

「あんなところに、オアシスなんてないと思うよ?」

「……」

 翔の発言にほかのみんなは、その指差している方向を凝視した。

 砂漠の熱でゆがむ景色のむこうに、緑色に生い茂る木々(きぎ)が確かに見える。

「とりあえず、あそこへ行ってみたらどうかな?」

 翔の提案に一同は同意した。

 瓦礫(がれき)の山をあとにし、ほとんど駆け抜けるように、オアシスまで一直線に走る。

 果たしてそこは砂漠同様、テレビなどでイメージするようなオアシスだった。

 数は多くないとはいえ、大きな空間に天高く生えるヤシの木。

 彼らはやっと安堵(あんど)した。

「見ろよ、水だ!」

 元気の指差す方向には、ヤシの木に囲まれるように、水のたまった場所があった。

 それは池よりは大きく、湖よりはずっと小さいといったところだった。

「ああ、わたし、のどがカラカラだんたんだあ」

「砂漠の中、走ってきたしなあ」

 美羽と夏希が水辺に近寄ったが、

「待ってください! それって、飲める水なんでしょうか!?」

 正彦が二人を制した。

「どれ、オレが毒見してやろう」

「ああ、元気くん、ちょっと……」

 正彦の制止を振り切って、元気が水を手にすくい、一口飲んでみた。

「うっ……!」

「げ、元気くん……?」

「うまいっ!」

 一同は盛大にずっこけた。

「こりゃあ、すげえぜ! こんなうまい水ははじめてだ! 七宝町(しっぽうちょう)のわき水よりも、うめえんじゃねえのか!?」

 元気はリミッターでもはずれたように、水をすくっては飲み込んでいる。

「そ、そんなに、おいしいんですか……?」

 正彦もおそるおそる、その水を手にすくって口に含んだ。

「本当だ! 軟水(なんすい)とも硬水(こうすい)とも違う、こんなに()んでいておいしい水は、飲んだことがありませんよ!」

 彼も元気と同じく、おかわりを()かすように水を飲みはじめた。

「お毒見ご苦労、お二方。さ、美羽」

「うん! 健太くんと翔くんも!」

「そ、そうだね」

「いただくとしようか」

 彼らはわれを忘れたように、そのおいしい水をほおばった。

 ついさっきまで絶望感に打ちひしがれていたというのに、オアシスと飲める水の存在、元気の『コント』もあいまって、全員が(おだ)やかな気持ちになっていた。

 ひとしきり時間が経った頃――

「ういーっ、もう飲めねえぜ」

 元気はお腹をパンパンと叩いている。

「酔っ払いかよ、元気」

 夏希はすっかりあきれた様子だ。

「すっかり、のどが(うるお)いました」

 正彦も満足そうな顔だ。

「ああ、幸せだわ~」

 美羽も打って変わって笑顔をたたえている。

 世界崩壊うんぬんの話などまるで忘れたように、全員がすっかりくつろいでいた。

「こんなに水が、ありがたいものだったなんてね」

「まったくだね、翔く……」

 水辺(みずべ)のほとりに座る健太がふと顔を上げると、奇妙な光景が目に入った。
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