闇の奥

文字数 1,156文字

 支配与力の土井は三人の同心を従えて、吟味方筆頭与力の池田に、与左衛門からお梅の死の裏で暗躍した西門の権蔵とその一味の企みを説明した。真輔が言い出した、権蔵の子分のように見えた佐之助が、実は西門の権蔵その人かもしれないという話も付け加えられている。

 「ふむ。だが、河内屋が相手なら、西門の権蔵やら佐之助やらは端役であろう」

 池田の言葉に土井は頷いた。

 「確かに、佐之助では目的が見えませぬ」

 真輔が思わず問いを発した。

 「目的は何でしょうか?」

 与力の会話に口を挟んだ真輔を、大崎と萩原が驚いたように見る。構わぬというように、鷹揚に頷いた池田は、

 「何だと思う?」

 と逆に聞いてきた。

 大崎が「金か…」と呟くと、萩原が「店か…」と続けた。真輔も河内屋の店先を思い出して続けた。

 「得意先…。河内屋は幕府をはじめ、御三家、御三卿へも品物を納めていたはず。それらの御用達の看板が店先に出ております」
 「大名家、名刹(めいさつ)…。出入り先はそうそうたる物であろう」

 池田が言うと、土井が膝を進めた。

 「ご禁制の品でも、納入品に紛らせるつもりでございましょうか」
 「うむ。表立って納められない品を持ち込みたいのは確かだろうが、少量のものならこんな手間はかけまい。はっきりさせるには、やはり佐之助が手がかりになるな」
 「春庵たちから聞き取った人相書きが、こちらにございます。鶴屋のおかみの物が一番詳しいようです。春庵の物はかなりあいまいで、そこが不信なところです。佐之助の素性について何か気が付いてごまかしているのではないかと、我々は考えています」
 「ならば、春庵の出自から調べさせよう。だが、この件は隠密廻りを使う。殺された岡っ引きの寛一たちのことも、佐之助が殺したと言うはっきりとした証しを立てるのは難しかろう。深川廻りに首を突っ込まれるのも面倒だ。おまえたちは手を引くように。寛一殺しは、すでに相手は警戒している証しだ。これ以上は刺激するな」
 「はっ、承知しました」
 「それから、朝早くから河内屋のおかみと番頭が、お梅の遺体の引き取りを願い出て待っているぞ。吉左衛門と吉次の減刑嘆願もしているようだ」
 「お梅は昨日のうちに焼き場に運びました。後日、骨を渡すと伝えましょう」
 「そうしてくれ」

 池田と土井の話は終わり、ちらりと見えた闇の奥は、池田の命令で、また真輔の眼前から消えることになった。気落ちした表情を隠せない真輔の肩を、大崎が叩いた。

 「なに、隠密廻りの調べは糸口だ。その先は俺たちの仕事だ。悪人を捕まえられるのは俺たちだけだからな」
 「そうそう。これで仕事が終わりと思ってはいかんぞ」

 萩原にも励まされ、真輔は顔を赤くした。最後は、

 「おまえたち、さっさと春庵たちの入牢の手続きをしてこい」

 と、土井に尻を叩かれた。
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登場人物紹介

笠原真輔(旧姓:立花)…旗本の次男坊だが、縁あって八丁堀同心の家に婿に入り、亡くなった義父の後を継いで町廻り同心をしている。婿入りまで算学を学んでいた。妻の百合と心が通じ合えるようになってきている。

笠原百合…八丁堀同心の一人娘。父を亡くし、失意の中で真輔を婿に迎える。わけあって、真輔を受け入れられずにいたが、少しづつ心を通わせるようになっている。

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